短編ログ | ナノ
ママのパウワウ

ママのパウワウは夏が苦手だった。
気温が高くなってくると、いつもぺろんと出ている舌をもっと伸ばして、ふうふうと息も荒くなった。わたしはそれが可哀相で、彼を庭に連れてきてはホースで水を雨のように降らしてやるのがわたしの夏休みの日課になっていた。それをすると、ママのパウワウはとても喜んだ。調子がいいと尾っぽを使ってボールで遊んだり、玉乗りの芸をして見せてくれる。わたしがパチパチと拍手をするとさらに喜んで他にもいろいろな芸を見せてくれるのだった。
わたしの夏休みの三分の二は、そうやってパウワウのために消費されていた。他の友だちは、ママのパウワウなのに構いすぎだと言ってきたが、わたしは何の気にもならなかった。次第にわたしは、パウワウ好きの女の子としてクラスの子に知れ渡っていったけれど、実はそのことがなんとなく誇らしかったのはわたしとパウワウだけの秘密だ。
それでも、パウワウ好きのわたしが大きくなってくると、ママのパウワウだけに使える時間が少なくなってきてしまった。パウワウは、相変わらず夏が苦手で、わたしが構えなくなるとモンスターボールの中(厳密に言えばダイブボールの中)にいることが多くなった。
それからしばらくして、ママがたくましさコンテストにパウワウと出場すると聞いた時は驚いた。なぜなら、水タイプのポケモンのコンテスト出場率は圧倒的にうつくしさコンテストが高かったからだ。しかしそれ以上に、暑いのが苦手でへにゃりと部屋の隅でとろけているママのパウワウの姿とたくましさが結びつかなかった。
たくましさコンテストにうちのパウワウで挑もうだなんて、我がママにしては無茶なことをするものだな、なんてわたしは思っていた。けれど、トレーニングを始めて、そのうちにママの水ポケモンとしての活躍が増え、以前よりも体が大きく丈夫になり、たくましくなっていった。
クーラーがついているとは言え、廊下はじんわりとした蒸し暑さなのに、のしのしとわたしのあとをお腹を引きずりながらついてくるパウワウの目を見た時、なんだかちょっぴり寂しくなったのは、この子には内緒だ。

会場に見に行った時のパウワウはわたしが知っている暑さにとろけているパウワウとは別人(というより別ポケモン)で、とってもたくましい荒海の覇者にさえ見えた。一緒に観に来ていたわたしの友だちも、その姿には目を剥いていたのでこの驚きがお分かりいただけただろう。
ママとパウワウは、かわいい見た目とのギャップを最大限に活用してぐんぐんハイパーランクまで登り詰め、とうとうマスターランクのステージに立った。その頃になれば、ママとパウワウにも熱狂的なファンが増えて、一緒に応援に来ていたパパが少し機嫌が悪くなっていたけれど、ママとパウワウは、見事たくましさコンテストのスターになったのだ。
パパはまたママのファンが増えるとぼやいていたけれど、わたしはママのパウワウがどこか遠くへ行ってしまったみたいで、嬉しいはずなのにちょっぴり寂しい不思議な気分で拍手を送っていた。
それからママとパウワウは、たくましさ部門のコンテストスターとしての仕事が増えて忙しくなった。パパはママのことが心配で、有休を取ってポケモンコーディネーターのママとパウワウの仕事に、まるで専属のマネージャーのごとくついて行った。
それに伴って、収入も増えてパウワウのためのプールがうちに増築されることになった。わたしの夏の日課はお役御免となり、家で一人でいることの方が多くなったわたしは、寂しさを振り切って進学のための勉強に専念した。
わたしの進学先は、自宅のあるミナモシティよりももっとずっと遠く離れた場所にある四つの島から成る南国で、たぶんうちのパウワウはその暑さでやられてしまうだろう。そんなことを考えながら、常夏の島国での生活をほんのちょっぴり楽しみに思い描いていた。
そこでふと思った。わたしのことを誰も知らない土地で、ひとりで生活するのはどんな気持ちなのだろうと。やっぱり寂しかった。
一人で行くのは少し、いやかなり心もとないので、友だちと一緒に背の高い草むらへ行ってジグザグマを捕まえた。友だち曰く、この辺りではマッスグマはよく見かけるが、ジグザグマはめずらしいらしい。くるんと丸い茶色の目がとっても愛らしいわたしの初めてのポケモンになった。
わたしがジグザグマを連れて帰ってくると、パウワウは最初とてもびっくりしたみたいだった。わたしがパウワウにジグザグマを紹介しようと思って床に下ろすと、ジグザグマは自分の尻尾を追いかけてくるくる遊び出してしまった。
最初はかわいいなぁと思って見ていたが、濡れた床で足を滑らせてパウワウのプールにどぼんっと落ちてしまった。バチャバチャと慌てているジグザグマを助けたのはトレーナーのわたしではなく、ママのたくましいパウワウで、俊敏な動きで見事な波乗りをすると、ジグザグマをプールの縁へと波で運んでくれたのだ。プールからわたしのいるところへと押し上げられたジグザグマはわたしの足にしがみついてきた。濡れた毛がちくちくと足に当たって冷たかった。
それ以来、ジグザグマはパウワウと一番の仲良しになって、わたしが知らないうちにジグザグマは技のなみのりが使えるようにまで成長していた。プールの近くで、わたしとジグザグマが技の練習をしていると、パウワウはそれによく付き合ってくれたし、ジグザグマのミサイルばりの的にさえなってくれた。(的になるのは、わたしがすぐに止めさせたけれど)パウワウは、ジグザグマにとって種族は違えどお兄ちゃんのような存在を担ってくれたのだった。
ねえ、パウワウ。
あなたは確かにたくましくなったんだね。けれど、わたしの中ではあなたはいつでもぺろんと舌を出した暑さに弱いかわいいパウワウなんだよ。ああ、やっぱりちょっと切ない。

20170403

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