短編ログ | ナノ
かぎづめ姉弟

うちにはニューラが2匹いる。
その子らは多分きょうだいで、上が目力のあるお姉ちゃんニューラ。
下は左耳がピンと長い弟ニューラである。
この弟の方のニューラは、しばしばお姉ちゃんの使い走りにされていて、わたしのカバンから、何かしらものをくすねていくのだ。
対してお姉ちゃんの方は、わたしのカバンから弟に取って越させたものを部屋のどこかに隠しては、自信満々にわたしへ見つけさせるゲームを仕掛けてくる。そのゲームに挑戦してやらないと、お姉ちゃんの機嫌が悪くなって暴れることもあったので、わたしはなるべくすぐその遊びに取りかかるようにしているのはここだけの話だ。両腕の先に隠している鋭いツメをブンブン振り回して迫られるのはもうこりごり。(部屋中のヒラヒラしたものをすべて取り替えることになったからだ)
弟のニューラは、ものを取ってくることがわたしに対して悪い行いだという自覚があるのか、いつもどこか申し訳なさそうな顔をしている。弟の方は、姉の命令で仕方なくわたしからものを盗んでいくらしい。きっと、気の強い姉には逆らえないのだろう。(と言っても、本来、野生のニューラは獰猛な性質をしていると聞く。つまり、このように気弱なニューラもめずらしいのだ)
そして今日も、弟のニューラがわたしの目を盗んで、ソファーの脇に置きっぱなしになっていたカバンからものを取っていった。わたしはそのソファーに座って夕方からの特番を見ていたのに、そのことにまったく気付かなかった。(わたしが思うに、弟の方は「わるいてぐせ」という隠れたとくせいなのだと思う)
わたしがカバンからあるものをくすねられたと分かったのは、番組が終わってしばらく経ってからだった。カバンを膝の上に引っ張り上げて、いろいろな道具を入れてあるポケットの中を覗いた時、午前中、たしかにそこへ入れたはずのものがなくなっていた。それは、知り合いの博士からいただいたもので、なかなか手に入らないレアものだった。
そういえば、と自分がテレビを見ている時にニューラたちがカーペットの上でじゃれて遊んでいたことを思い出していると、隣りの部屋から2匹の大きな鳴き声が聞こえてきた。その声の大きさには、つい顔をしかめてしまった。ちらりと時計を見ると、時刻は午後の九時を回っていて、この鳴き声はご近所迷惑になってしまうことは明白だった。
夜には騒がないと言い聞かせていたけれど、いったい何事か。もしかしたら、隠し場所についての喧嘩をおっ始めたのかも。でも、やや夜行性の気があるうちのニューラたちにしては、部屋が騒がしすぎるかもしれない。何かあったのか、と少し心配になる。それでも、うるさくしてはいけません、と注意をしなければ。わたしがそう決意してソファーから立ち上がると、勢いよく隣りの部屋の扉がバタリと開く音がして、わたしのいる部屋の扉がバンッと開いた。そして、黒い塊がわたしのお腹めがけてすっ飛んできた。その素早さと言ったら(ただでさえ素早い種族であるのに、)まるでスピーダーを使ったみたいだった。
お腹にすっ飛んできたニューラを落とさないように抱き上げてやると、耳の長さからしてこちらは弟の方だった。正直、鳩尾にクリティカルヒットで、効果抜群だったため、咽せそうになったけれど、なんとか我慢をして、どうしたのか、と声をかけてみた。わたしの背中に回った弟ニューラの手の先のツメが、地味に服の上から刺さって痛い。ちょっと涙目になる。
だが、それ以上に涙目なのは腕の中の弟ニューラだった。わたしにしがみついたまま、一生懸命に何かを伝えようとしている。何を言いたいのかさっぱりだった。でも、どうやらものを盗んだこと以上に、何か緊急の事態に隣りの部屋が陥っていることだけは伝わった。
わたしはニューラくんの背中をトントンとやさしく撫でながら、そのまま隣りの部屋に向かった。その部屋は真っ暗だった。しかし、徐々に暗闇に目が慣れていくと、部屋の隅にもう一匹のニューラがうずくまっているシルエットが何となく見えてきた。(暗闇に紛れるのが上手だからよく見えないけれど、お姉ちゃんの方もいつもと違ってとっても大人しい様子だった)ほんとうに、何があったのか。
わたしがそろりと、灯りを付けるスイッチに手を伸ばすと、いつもより甲高な鳴き声に制される。姉の声にびっくりしたみたいに、弟がギュッと抱きつく。わたしの背中にツメがさらに食い込む。
「わたし、目がよくないから何も見えないよ。こっちおいで」
そう言っても部屋の隅から動こうとはせずに、甲高い声で何かを訴えてくるお姉ちゃんニューラ。キャウキャウと甲走った調子で鳴いている。
弟ニューラにはお姉ちゃんの言いたいことがまるっと理解できるらしくて、さっきからわたしのシャツを涙で濡らしてきてる。涙は冷たいが、息が熱い感じがする。クウクウ鳴いているのは、わたしにごめんなさいと言っているのか。
「来てくれないなら、わたしが行くよ」
そう言って暗い部屋の中へ一歩、また一歩足を進めれば、お姉ちゃんニューラの鳴き声がさらに大きくなった。こっちに来ないで、と言ってるみたい。でも、逃げたり暴れたりしないのはなんでかな。(もしかして、怪我でもしてる?)
不安になりつつ、近寄れば、なんとなくそこにうずくまっているシルエットが、わたしのよく知るニューラのものではないことに気が付いた。もしや、と思って手を伸ばせば、パシッと腕で払われた。わたしは彼女にとって、いやなことを強行したのに、鋭いツメで払い除けなかったのはこの子のやさしさだ。
「ニューラ、」
もう一度、そっと伸ばした手は今度は払われなかった。今度こそ、わたしが触れたニューラの頭には、以前とは違ってハードな毛が立っていた。それでも指は通せる硬さだった。
「こわかったのね、ニューラ…」
頭の後ろまでをゆっくり撫で付けてやると、お姉ちゃんの方もわたしの胸に飛び込んできた。この子にとって、隠したものをわたしの手元に返す(わたしが見つける)までがゲームだったのだ。しかし、今回はもう、わたしが見つけ出さなければならないものは消えてなくなってしまった。つまり、弟に取って越させたものを、自分が無くしてしまったと思ったらしい。さらに、自分のからだの様子が変わってしまったことも、彼女を怯えさせるには十分だったのだろう。
「いえ、もうそう呼んだら失礼ね」
わたしの声色から、怒っていないことを感じ取ったらしい弟のニューラがそろりとわたしの肩から顔を上げた。そしてじっとわたしの顔を見つめてから、お姉ちゃんの体にぴたっとくっ付いた。
そろそろわたしの腕が限界なので、壁にもたれて座ることにした。二人はわたしの足の上に乗せて、それぞれの手で背中を撫でてやると少しは落ち着いてきたみたいだった。お姉ちゃんの方の硬めの毛がグシグシと顎や頬に当たって地味に痛かったけれど、そんな痛みなど構いやしないで、ゆっくりとやさしく二人を宥めた。
わたしは、弟ニューラに部屋の灯りを付けてくるように言って、足の上から下ろした。彼はわたしの命令通りに入口の方へ走って行って、パチッと電気を付けた。そこにはやっぱり、お姉ちゃんニューラはいなかった。
「やっぱり、思った通り…」
今回、弟がわたしのカバンから盗んでいったのは、するどいツメというものだった。ポケモンに持たせると、技が相手の急所に当たりやすくなるというトレーナーの必須アイテム。類似する道具にはピントレンズある。
一般的にはそう言われている。
しかし、ニューラに持たせると、それはまた別の役割を果たす道具だったのだ。
「あなた、進化したのよ。おめでとう、マニューラ」
わたしの正面、そしてお姉ちゃんの背後にある姿見には、丸まったマニューラの背中と心配そうな弟ニューラの横顔、そして笑顔の私が映っていた。

あの一件以来、マニューラは弟に指示してわたしのカバンからものを盗ませることはなくなった。そのかわりに、今度は弟の方が自主的にわたしのカバンを漁りにくるようになってしまった。それも白昼堂々と、わたしがいるその目の前で。
「どうしたのニューラ?」
クキュッと鳴いて、ツメ研ぎ石を引っ掻いくことに夢中になっているお姉ちゃんを指さした。どうやら、自分もお姉ちゃんと同じ姿になりたいらしい。するどいツメはどこかと、カバンに頭まで突っ込んで探しているのだからその思いは強い。
「残念だけど、もうあれはないの」
キュキュキュッとわたしを責めるように鳴いてくる。そんなに進化したかったのだろうか。それとも、わたしが姉マニューラのゴージャスな扇状のトサカを褒めたからか。(その可能性もなきにしもあらずだ)
もうずっと訴えられているが、あれは偶然手に入ったもので、さらにレアアイテムなのだ。もう次いつ手に入るか分らないものを、この子と約束するのはできなかった。いくら可愛いこの子の頼みでも、守れない約束はしないのがわたしなりの誠意だった。
「今のままでもニューラはかっこいいのに…お姉ちゃんと違って、ピンッと立ってる耳なんてとってもクールなのになぁ…」
溜息まじりの言葉は聞き入れられて、ニューラはポッと頬を染めた。(こやつ、照れておる。かわいいなぁ)そして、こうそくいどうと、でんこうせっかの合わせ技でソファーに座っていた私の上にやってくるとそのままの勢いでわたしに抱きついたのだった。

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20170402

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