短編ログ | ナノ
泉の砦

わたしのマスターは、ちょっぴり泣き虫。
でも、その泣き虫なマスターは、じぶんのことでは決して涙は見せないの。そんな強くて泣き虫なマスターが、わたしは好き。

彼女のまわりには、なぜか傷付いたポケモンが多くあらわれるの。まるで、マスターに助けてほしいみたいに、ひょっこり。たまに、ねらったんじゃないかって疑いたくなるくらい。それくらい、わたしのマスターは傷付いたポケモンとよく出会うの。

それに、わたしがマスターとはじめて会ったのも、わたしがまだ幼いイーブイだったころ、ケガをして動けなくなっていたのを助けられたときだったかしら。ええ、今でも忘れられないのは、やっぱりマスターの泣きそうな顔だわ。今でもその泣きそうな顔はよくするけれど。とにかく、マスターは、ケガをしたポケモンを見つけるのがじょうずよ。

今日もマスターと、なれたトウカの森の道を歩いていると、前脚にケガをしたジグザグマを見かけたの。そうしたらマスター、森や洞窟をぬけたさきの目的地なんて関係なしに、かばんから救急キットを取り出していたわ。(マスターはかならず外へ出るとき、きずぐすりを多めに持っていくの)はじめて出会ったポケモンにも、やさしく声をかけててあてをするのよ。いつもしているみたいにね。

ケガの具合をたしかめているとき、決まってマスターは泣きそうな顔で「痛かった?痛いよね」とつぶやきながら、傷付いたポケモンのからだに触れているの。わたしはいつもふしぎに思っていたわ。だって、マスターはじぶんがケガをしたわけではないのに、ほんとうに痛そうな苦しそうな顔をしているから。それも毎回。

どうしてマスターが、そんな苦しい顔をしなくちゃいけないのかしらって、幼いころ、まだわたしがイーブイだったころは、それがふしぎでたまらなかった。

てれびという、ひとが作った装置のなかで映し出されているひととポケモンは、なにかのための戦いをして傷を作ることが、当たり前のことで、まるでかっこいいことのように思っていて、そのポケモンはうけた傷を誇らし気にさえしていたのに。どうしてわたしのマスターはちがうのかしら。

わたしは、マスターが苦しい顔をする理由が知りたかった。だからこそ、少しでもマスターの気持ちが理解できるようにエスパータイプのエーフィになりたいっていう思いが強くなったのだわ。

わたしが今、エーフィとして、泣き虫な(実際は泣いていないのだけれどね)マスターといっしょにいるのも、わたしがマスターのことをもっとよく知りたいと思ったからね。

あさひを浴びて、エーフィになったわたしを、マスターははじめびっくりしていたけれど、額の石をよけてやさしくやわらかく、撫でてくれたあのあたたかい手の感触を、わたしは一生わすれたくはないと思うわ。

エーフィに進化をしても、ひとのふくざつな気持ちを理解するのはやっぱりむずかしいわ。でも、イーブイのころは気付けなかったマスターの心の強さとやわさを知ることができて良かったって思うの。

マスター、わたしがエーフィになったとき、ぽろっと一筋の涙を流したから、わたしはびっくりしちゃった。もしかしたら、わたしがエーフィになったのがいやだから泣いたのかもしれないって、一瞬じぶんのことを責めちゃった。でも、マスターはね、わたしをぎゅっと抱きしめて言ったわ。

涙にも、いろんな種類があるって。

わたしのマスターはね、じぶんが泣いている姿をほかのひとに見られることをいやがるの。だから今まで、なにかつらいことがあっても、すなおに泣くことができなかったんだって。

マスターは、幼い頃におかあさまと離ればなれになっているから、泣いてばかりいるじぶんが嫌になってしまったんだって、そう言ってたわ。だから、わたしたちの前でも、涙を見せなかったそうよ。

傷付いたポケモンがマスターのまわりに、なぜかたくさんいることは偶然だったけれど、ケガをしているポケモンを見るたびに、マスターは子どもだったころのじぶんを思い出して苦しんでいたみたい。でも、泣いているのをひとに見られるのはいやで、ずっとずっと、がまんしていたの。

でも、わたしの進化がきっかけで、涙の種類に気付いたんだって、うれしいときにも涙が流れるのだって、そう言っていたの。それってつまり、わたしがエーフィになったことで、涙のあたらしい意味に気付いたってことでしょう?

それって、すてきなことだと思ったわ。

わたしがエーフィになったのは、マスターが苦しい顔をする理由を知りたいという気持ちだけだったけれど、わたしが進化したエーフィに進化したことで、マスターは涙の種類に気付くことができた。それで、わたしもマスターの口から語られる過去のお話から、今まで知らなかったマスターのことが知ることができた。

わたし、じぶんの進化で、マスターの弱い部分を知って、あらためてマスターの強さとやさしさを実感したの。それがたまたまエーフィだったということになってしまうかもしれないけれど、あいかわらず、マスターの細やかな心の状況までは読み取ることはむつかしいけれど、でも。

わたしは、あなたのエーフィになることができてよかったって、そう心から思うわ。マスターもそう思ってくれてるって、わたし自信を持って答えられるの。これからも強くて泣き虫な、わたしの大好きなマスターでいてね。

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20161215
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