短編ログ | ナノ
せめて境界線までは手を離さないで

※学生松

「おじゃましまーす」

最近よく耳にする声が、玄関の方から聞こえた。ちょっとだけ、鼓動が早くなる気がする。でも僕は、平静を装って言う。

「いらっしゃい。名前ちゃん」

その声の主は、同じ学校に通う女子のものだった。
母さん同士が友だちで、自然と距離が近付いて行き、仲良くなった子。僕ら六つ子は、基本的に幼馴染のトト子ちゃん以外の女子生徒と特別親しい関係を持っておらず、その中でも、彼女は仲の良い部類に入っている女子で特別なポジションに位置していた。

「えーと、チョロ松?」
「そうだよ。僕がチョロ松」

名前ちゃんは、いまだに僕ら兄弟の見分けがなかなか付かないようで、今みたいに会話の前のワンクッションとして、名前の確認が入る。僕らは本当にそっくりな六つ子だから、仕方がないかもしれないけれど、そろそろ個人を特定して(覚えて)ほしいと思ってしまう気持ちは許されるだろう。

「てか、いいかげん覚えなよ。僕ら、何年の付き合いだと思ってんの?」
「いや、だってさ。家行くようになったの最近じゃん?」

頭の後を掻きながら、きまり悪そうに言う名前ちゃん。言い訳っぽい彼女の言い方に、僕はちょっとだけむっと唇を尖らせて言った。

「学校では顔合わせてるだろ?」
「そうだけど…」

両手で持っている手提げに視線を落とし、顔を俯かせながら口籠る名前ちゃん。もう少し丁寧に、僕らのことを教えて行く必要性を感じながら、彼女の旋毛を眺めた。上目に見つめられると、じわりと顔が熱くなる感覚に襲われた。だけど、次の言葉で、その熱はスーッと冷めていった。

「正直、一松以外の松は自信もって答えられない」
「はぁ?なにそれ…」

そこそこの時間を一緒に過ごしてきたはずなのに、名前ちゃんはこう言うのだから。どうして、一松は分かるのに、他の兄弟が分らないんだよ。腹立たしいのと、きちんと個人が認識されている一松が羨ましいのとで、僕は心の中がいっぱいになる。僕だって、名前ちゃんに見分けられたい、のに。

「…兄弟のうちで一番常識人っぽいのが僕でしょ?」
「うーん…微妙」

ちょっと拗ねるような口調になって言えば、苦笑しか返ってこなかった。

「あ、でも、最近十四松くんのことが見分け付くかも」
「ただい満塁ホーーームラン!!」
「ぐえっ!!」
「名前ちゃん!!」

せめて境界線までは手を離さないで

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20160130
title by サンタナインの街角で(http://santanain.xria.biz/)

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