短編ログ | ナノ
誰かを憎いと思う心を、いまこの時だけ罪として

これの続き
※学生松

「松野…聞いてる?」
「ぇ…あ、……」

ごめんなさい。正直、それどころではありませんでした。
なんて素直に謝罪の言葉を口にすることなんで、できるわけのない僕は、なるべく視線を合わせないように、彼女の肩とか首とかに視線を遣った。もちろん、自分の方に僕の意識を向けさせるために、ひらひらと揺らしている手も見た。白くて細い。僕なんかと全然ちがう。

「それで、これのことなんだけど、頼める?」
「…ん……ん?」
「元気が取り柄の十四松が出席停止になるなんて珍しいじゃん? で、体調崩したくらいからちょくちょく連絡取り合ってたんだけど、さすがに暇らしくてさ」

(え、なにそれ…僕聞いてない)

十四松って、苗字名前とどういったご関係なの!?
え、え、え!連絡を取り合うって、え、いつ連絡先とか交換したの!まさか、僕以外の兄弟と彼女はもうすでに連絡先とか交換してんの!?え、なにそれ!なにそれ!羨ましい!怨めしい!どうして僕とは、交換してくれないの?っていうか、なに、みんなして僕を仲間はずれにしたの?もしそうだったら、非常にキビシー。結構堪える。

(あぁ、僕なんてゴミクズにはNGなんですね。分かりました。)

心の中だけで涙していると、不意にしゃがんだ彼女が、僕の机の端に指先を置いて下から僕の顔を覗き込んだ。短く切り整えられた爪は、健康そうな桜色をしている。形もすげぇきれい。ってか、そんなことはどうでもいい!今、すごく見られてる。穴が空きそう。

「あ、十四松が言ってたけど、松野ん家は病人を隔離するのが決まりってほんと?」

声を落として、まるで内緒話をするみたいに囁く彼女。心なしか距離も近付いて。くりっとした大きい黒目の中に、怯えたような僕が映っている。目を合わせてしまった。体温急上昇。心拍数も跳ね上がる。背中の汗がすごい。息が苦しい。返事は声にならなかったけど、僕はなんとか渾身の力で頷いた。伝わっただろうか。

「あ、そうなんだ。うちと一緒だね」

へらりと笑った。また、笑った。
僕の拙い返事は、きちんと彼女に受け付けられた。しかも、笑顔でレスポンスが返ってくる。ああ、きっと。今日が僕の命日だ。お正月とお盆と、それに加えてクリスマスが一気にきたみたい。今年度はまだはじまったばっかりなのに、今年一年の福を、ぜんぶ使い切ってしまった気分。一日の二度も、おんなじ子から微笑みかけられるなんて。ああ、やっぱり今日、僕は死んでしまうのかも。

「ほんとは今日あたり見舞いに行こうかとも考えてたんだけど、そういえば今日って毎月恒例の部活の活動報告会じゃね?ってなって、持って行けなくなったから、これ、松野に託すわ」

よろしくね、と念押しされた。
ぼーっと、彼女が自分の席の方へ戻って行く後ろ姿を目で追ってしまった。彼女が席に着くと、待ってましたと言わんばかりの女子生徒たちが、彼女のところに群がってきゃあきゃあと何かを話し出した。いつの間にか、僕は周囲の視線から解放されていて、またいつもの日常に戻った。



あんなにはやくはやくと待ち望んだホームルームが終わっても、僕はしばらく教室の自分の席から動けなかった。彼女はさっさと荷物を片して部活へ行ってしまったし、教室に残ってるやつは僕を入れても数人だけだった。ぼんやりと、今日の出来事を思い出す。女の子とあんなに長く事務的連絡以外で話したのはいつ以来だろう。思い出せやしないけど。

机の横に引っ掛けたパステルカラーの袋は、彼女から託された十四松への物だった。受け取ったその袋の中には、十四松が好きそうな野球関連の雑誌だった。それで、その雑誌には付箋が張り付いていた。盗み見するような気持ちになったけど、好奇心には勝てなかった。黄色い付箋にオレンジのペンで『早く元気になぁれ なまえより』と、丸みを帯びた字で書いてあった。

ちりちりと、胸が痛くなる。もし僕が体調を崩して学校を欠席しても、彼女はこんなことをしたりはしない。というか、そんな人はどこにもいない。僕を心配してくれるのは、両親と顔の良く似た兄弟たちだけで、他人がこんな風に心配を形にするなんて、まずありえない。

あんなに舞い上がっていた心は、一気に沈下して萎んだ。ほんと、僕ってどうしようもないゴミクズだ。今だって、こんなにも胸が痛いのは、十四松が羨ましくて羨ましくて、大切な弟なのに、ほの暗い感情を抱いてしまっているからだ。

(さびしい…どうして僕には…。)

友達ができないの?

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20160108
title by ゾウの鼻(http://acht.xria.biz/)

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