短編ログ | ナノ
踏み込む執着、柔らかな拒絶

うちはナマエ。
それが私の名前。取り立てて特出した才能はない。あるとすれば、うちはに生まれ、写輪眼を得たことやその血筋故の身体能力の高さだろうか。

ああ、一つ特筆しておくことがあるのを思い出した。私は前世の記憶というものを、この身に宿して生まれてきた。それも、今の世界が漫画として存在する記憶だ。

だからこそ、今の環境に上手く馴染めず、父と母にはじめての我侭を言い一族の集落を出て平穏な一人暮らしをしている。そう、平穏に暮らせていたのだが、それももう過去形である。

「どうしてきみがここにいるんだ」
「理由がなければ、ここに来てはいけませんか」

目の前の自分よりも年下の少年は、いかにも『悲しいです』という表情を作ってその言葉を零した。

彼は、ナマエの実の両親よりも足繁くこの部屋を訪れているに違いない。ナマエは、溜息をひとつ。門前払いを喰らわすのも忍びないので、その少年を家の中へと招き入れた。

(お茶を一杯出したら、帰ってもらおう)

そもそも、この少年と自分は関わるべきではないのだ。
ナマエは、そんなことを思いながら、慣れたように半ば呆れたように少年を案内する。少年は、ナマエのすぐ後ろを大人しくついてくる。その表情が嬉々としているのを、彼女はこっそりと盗み見て、軽い頭痛を覚えた。

彼は、うちはイタチ。
うちはの神童また鬼才として名高く、平凡な私とは対極にいる存在。そしてサスケという、七つの年の差がある弟がいる。

私にとって、余りに危険過ぎる存在。だからこそ私は、彼とは関わるべきではないと思い、これまでずっと接触を避けてきた。それなのに、……

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「…ごみが片付いていませんが、」
「文句があるなら、もうここには来るな」
「おれは別に、そういう意味で言ったんじゃないです!」

だからおれを嫌わないでください。
お願いします。
ごめんなさい。

言葉の末尾は、すでに声になっていなかった。重たいよ、すごく重たい。彼は、私のことを一体どんな人間だと思っているのか。部屋のことを汚いと思われただけで、人を嫌う人間だと思っているのか。

「汚いものを汚いと思うのは当然だろう」
「ごめんなさい…」
「どうして謝るんだ」
「それは…おれがあなたに嫌われているから、」

廊下にある狭い台所と部屋とを区切っている扉に手をかけながら、私は吐き出すように言った。背後からの声は、今にも泣きそうになっている。私には、一体どうして彼が泣きそうになっているのかが全く理解できない。

「確かに、」
「…!」

「任務のない休日の訪問者ほど、鬱陶しい存在はないな」

私がそう言って部屋の中へと足を踏み入れると、今までついて来ていた足音がぴったりと止まった。後方からの雰囲気を敏感に感じ取り、またひとつ溜息を吐くと、鼻をすする音が聞こえた。

ぎょっとして振り向くと、予想外に大粒の涙を零して、彼は静かに泣いていた。そんな彼に、私は素の反応をしてしまう。

「なぜ泣く」
「…ッ、だって、おれは、ナマエさんに、きらわれちゃった!」

両目から、ボロボロと涙を零す少年は年相応に見える。いつも一族の大人達の前で見せる彼の姿と、今目の前で私に嫌われてしまった勘違いをして泣いている男の子は、本当に同一人物なのだろうかと、我が目を疑ってしまう。

「別に嫌ってない」
「嘘ですっ!」
「どうして嘘だと思う」

「…だって、ナマエさんは、玄関に出てくれた時ためいきを吐いたし、おれのことを、う、鬱陶しい存在だって言ったし、それに、今だって!…ためいき、がまんしてるでしょ?」

「それなら、溜息我慢しない」
「…えっ、」

涙で潤う黒目をこれでもかと大きく見開いた少年は、ガグリと肩を落として大きな溜息を吐く私の姿をじっと見つめている。そして、みるみるうちにその両目は涙でいっぱいになった。

お茶を一杯だけ出したら帰ってもらおうと思っていたのに、これじゃあ多分私が家まで送ってあげなくちゃならない時間まで、この子居座るぞ。ぼんやりとそんなことを考えている自分が、心の片隅にいたことも事実だ。

けれど、いたいけな年下の男の子の涙を、野放しに見捨てておくほど、私の人間としての情は落ちぶれてはいなかった。

「私はきみが嫌いだから、溜息を吐くんじゃない」
「…ほん、とう?」
「それに、私はきみのことを嫌ってなんかない」
「…ほんとうに?」

片付いていない部屋に、嫌いな人間を上げられますか?

「私の場合、答えはノーだ」

片付いていない部屋を、自分の嫌いな人間に晒すことなんて死んでも嫌だ。なんとなく、弱みを握られたような気分になる。私はそういう人間だ。

「だから、安心しろ。お茶、持ってきてやるから取り敢えずその辺座って待っとけな」

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この少年に、いつか絆されてしまうのではないかと私は危惧している。

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20140720
20170928修正

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