短編ログ | ナノ
私は何もかも捨てたかった、

そうしてあなたに手を握って欲しかった

『私は何もかも捨てたかったの。』


急にどうしたんです、と貴方はこちらを向いた。貴方には、黙って聞いていてほしい。
その旨を伝えれば「わかりました。黙って聞いていてあげましょう。」貴方はそう言う。

ありがとう。私は貴方のそういうところが好きだった。彼の傍に寄って手を握った。
「…それは、どうも。」と貴方は私の手を握り返しながら言う。そういうところも好きだった。


『いいえ、事実だもの。私は貴方が好きだったの。』


貴方になら、分かってもらえるって、私は思ってた。家のこともこの血のことも。
ようやく分かりあえたと、そう思ったのに。現実は甘くない。いつもいつも、私の邪魔をして…。

神様はいつも意地悪ね。私の幸せを、いとも簡単に、あっさり、すんなり、かっ攫って行くんだから。
私がこの幸せをどんなに望んでいたか、どんなに心地良いものだと感じていたか知らない筈がないのに。


『貴方の為なら、何もかもを捨ててあげたかった。家族も家も財産も、わたしのこの命でさえも…。』


そういえば、貴方は焦る。「君までもたった一つしかない大切な命を捨てる必要はない。」と言って。
それならば、どうして貴方は!『どうして貴方は、その命を捨ててしまうのですか?』なんて言えない。

私が彼の計画を知っている、なんてことは言えない。言ってしまえば、彼はとても困ってしまう。
それに、彼にこのことを言えば、私は。私は、『ここで一緒に生きて』と、彼を引き止めてしまう。


『私は何もかも捨てたかった、そうして貴方に手を握って欲しかった。望みはそれだけなのに…。』


どうして、こんなにも。こんなにも上手く行ってはくれないの。ねぇ、意地悪な神様。どうしてよ!
今度は私から、彼を奪って、その次には一体何を攫って行くと言うの?目からは涙がほろり、落ちた。


私は何もかも捨てたかった、そうして貴方に手を握って欲しかった。
だけど、今わたしの両手を包む、彼のこの温もりも。いずれは、神様の所有物となるんだ。


(レギュラス、私は貴方のことが大好きだったの。)(本当に本当に。)
(だから、貴方を私の我侭で困らせたくはないから、名残惜しいけれど、)

(さよなら、ね。)


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20110805
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