籠屋本編 | ナノ

三.菊花百景
114.



「羽鶴、羽鶴〜?」

 柔らかな布団に包まれてふかふかと心地の好い眠りを堪能していると、聞き慣れた雨麟の声が聞こえる気がする。もぞり、と縮こまって身体を丸めるに留まった羽鶴に、声の主はしばらく黙り込んだ後短く詫びて布団を一気に剥ぎ取った。

「すまン! 羽鶴!!」

 室内とはいえ秋の澄んだ空気に身体が震え、飛んで行ってしまった片方のふかふかを求めて手を伸ばしながら起き上がった羽鶴は、寝ぼけ眼のまま前髪の長いピンク頭を見つめる。

「羽鶴、朝!!」
「……………………おはよう……雨麟……」
「おはよう!! 羽鶴!! ガッコ!!」
「………………雨麟、今何時……?」
「すまン、九時!! なンと全員寝坊したンよ!」
「完全に遅刻!!」

 青ざめながら目覚めた羽鶴は勢いで顔を洗い制服に着替え適当に鞄を詰めては持ち、申し訳なさが眼に出ている雨麟と顔を見合わせると部屋を出て一気に階段を駆け下りた。一階に出ると香炉がちんまりとした風呂敷包みを二つ両手に持っており、小さな声で何事かを呟く。

「ごめん、はつる……おはよう……朝飯と、お昼……」

 香炉までもが珍しく夜着である。白一色で寒そうに映るが風呂敷包みを受け取る際に触れた指先は温かく、ほっとしたのも束の間時間に追われていることを思い出した。

「ありがとう香炉! 雨麟! いってきます!!」
「いってらっしゃい……」
「おう、いってらっしゃい!」

 急いで靴を履き玄関を出た羽鶴は駆け出して和の町並みを抜けていく。
 起こされずとも朝の目覚めは良い方であるのだが、何故だか寝過ごしてしまった。考え事をしすぎたせいだろうか。それもいつもばっちり決まっている雨麟や香炉でさえ寝過ごしたなど。何か関係があるのだろうか。
 息が上がってきた。運動は好きでも得意でもない。授業にあるからやる、という程度である。可もなく不可もなく、そこそこの走りをすることしばし。道順の半分以上は走れただろうか、ぜえぜえと上がる息の中、残りは早足で向かうこととする。
 香炉の持たせてくれた風呂敷の片方にはおにぎりと竹の水筒が入っていた。ありがたくお茶を流し込んで、おにぎりを頬張る。塩昆布だ、美味い。

(籠屋も寝坊することあるんだ……なんか安心感が……いやいや、そうじゃなくて。昨日の引き寄せ刀の嗤い声と関係あるのかな……? 昨日、あの辺にいたってことだもんな……)

 しかし寝坊と何の関係が。考え過ぎか、寝起きの頭で考える事柄でもないような気さえする。思えば観光地を制服で全力疾走した後に歩きながらおにぎりを頬張るのもなかなかに滑稽な気がするのだが、幸い人影もまばらなので二つのおにぎりを美味しくいただいて校門まで辿り着いた。

「寄宮、遅刻とはいい度胸だな」
「補習でどうにか……」

 教室でややしょげながら机の横に鞄を掛け椅子にもたれると、榊が小さく畳んだ紙きれを寄越した。

「おはよう羽鶴、いつもより遅いな」
「おはよう榊、最高に寝坊した」

 笑う榊とメモ上の短い会話をして心が落ち着いてきた羽鶴は、授業の間に対引き寄せ刀についての情報をしたためようとノートを一枚破るのだった。





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