部屋を出た後、特に雨麟と会話がなかったのも頭が休まらない原因の一つなのだが、どうも考え込んでいるのは同じなようで、声を掛けるのが憚られたのである。自分よりもずっと頭の回転が速い雨麟であるから、何か良い案が浮かんでいそうなものであるが……これではすべて人任せではないか、と湿った頭をわしゃわしゃと掻き乱し、羽鶴は小さな溜息をついた。
(こう、オカルトパワーでやっつけるくらいしか思いつかない……)
何だオカルトパワーって。魔法少女か、特撮ビームか。そもそもそちら方面の知識が殆ど無いから考え込んでも悩むばかりなのだ。悩む角度が違うのではないか、そう思うと更に迷宮に踏み込んだ気がする。
(大瑠璃と宵ノ進に一体ずつ引き寄せ刀が付き纏ってて……片方が見ちゃダメで……嗤い声は聞いたけど……あれが宵ノ進が嫌がってた声なら、たしかに嫌だな……そうじゃなくてええと……)
一人じゃどうにもならない気がする。幸い、大瑠璃は引きこもりだし宵ノ進は一人で出かけるのが禁止になったのだし、籠屋にいれば安心だと思うのに、何故だか胸の隅がざわつく。
何故だろう、考えても考えても思い浮かばずに、とろりと眠くなる自分に任せて布団に潜り込んだ。
引き寄せ刀。あれはどうして、二人を追い回す。片方は、咲夜の夫の兄で、母まで巻き込んだとも言っていた。もう片方は――。
(あの、嗤い声)
覗き込んだ世界で――かつての宵ノ進が見ていた世界で響いていた嗤い声。先程の声と酷似していた。あれらが宵ノ進を追い回す引き寄せ刀であるならば、目的なんてまた、――。
羽鶴は口元を押さえた。込み上げる不快感を、柔らかな布団に潜ることで振り払おうともがいた。衣擦れと、居心地の良い匂いにじわりと目の奥が痛んだ。
鉄二郎は言っていた。呪いのようなものじゃないかと。確かにそうだ。追い詰めて追い詰めて、衰弱させている。あれらはそれを嗤ったのだ。
(絶対に、負けるものか)
あのように諦めた顔など、させるものか。
(大瑠璃の、方は……)
硝玻の兄。目的がはっきりと浮かんでこない。あの全身を黒い包帯で覆った姿を思い出してはぶるりと身が震えた。あれは大瑠璃を手にしていた刀で刺した。命、だろうか。何故だかしっくりこない。あれは、命の他に何を望む?
相容れない気がした。根底から理解し合えぬ気がした。そもそも、引き寄せ刀は奇声を発しはせど、言葉が通じるかもわからない。虎雄と大瑠璃は、引き剥がすのに髪を使った。髪、本人の一部を。自分が与えられたらどうだろう。追う者の髪を手に入れて、それで満足するだろうか?
(しない、僕から気を逸らしてくれたんだ……)
次第に欲が増していくのではないのか。髪の次は、と。大瑠璃はけりをつけると言っていたが、だいぶ危ない状況なのではないのか。
籠屋の住人は、いつも助けてくれてばかりだ。
羽鶴は潜った布団の中で深呼吸した。良い香りが心地好かった。この布団も誰かの気遣いの塊なのだ。
挨拶を交わして、食事をして、なんでもない話をしたりして、寝具に身を預けて眠りにつく。その一切を踏み荒らさせてはいけない。
(そうだ、ツツジさんに……雨麟が、聞いてみるって……僕からも、お願いして……)
うとうとと、重い瞼が下りると何も浮かばず眠ってしまった。
[6/38]
[前|次]