■それは薬では治せません


 全く、と幸鷹は温厚な彼にしては珍しく呆れていた。

 「どうしたらこんな怪我を負うことになるのですか、貴女は」
 「ご、ごめんなさいー…」

 階に腰掛けた花梨はしゅん、と項垂れて肩を竦める。花梨より低いところに立った幸鷹はふう、と溜息をつく。

 朝内裏に出仕した際、見送ってくれた幼妻は確かに今日は東寺に遊びに行くと言っていた。今日は朝から東寺に市が立つのでイサトに案内してもらう予定らしい。妻となる前から京の都を歩き、ときには走り回っていた彼女の性格をよく理解していた幸鷹は、そんな花梨を止めることも諌めることもなかった。ただ穏やかに微笑って頷き、しかし「私は本日は昼過ぎには帰れると思いますのでそれまでには帰ってきて下さい」とお願いしただけだった。花梨は笑顔で「はい」と頷いた。

 言葉通り幸鷹は午の刻過ぎには戻ってきた。花梨も約束通り幸鷹が帰宅する前に帰ってきていた。

 だが現在、幸鷹の目の前には小さな膝小僧に大きな擦り傷を作った花梨が座っていた。

 小さくもないがさして大きくもない幸鷹の自邸である。門をくぐったところで庭の方から騒がしい声が聞こえると思ってそのまま回ってみたら、困り顔のイサトとそのイサトに階に腰を下ろしながら何かを必死に頼み込んでいる花梨がいた。「ただいま戻りました」と声を掛けたら二人ともあからさまに驚いた様子で幸鷹へ振り向いた。そうしておもむろに花梨を見やると、その膝に怪我を負っていたのである。

 イサト曰く、「東寺で親を亡くした子供を預かってんだけど、その子供達と花梨が妙に気が合っててさ。子供らが花梨に一緒に遊ぼうって誘ってきたから、えーと…昔とった杵柄? オレには意味わかんねー言葉だけど、まあ花梨がそう言って蹴鞠をし始めたんだよ。まあ貴族様みたいに大層な用意もねぇから布をぐるぐるに丸めたもんを鞠代わりにしたんだけどさー。そうしたらある子供が蹴った鞠が遠くに行っちまって、花梨もそのままにしたらいいのに妙な負けん気見せてよ、その鞠を走って追いかけて蹴り返そうとしたんだよ。そしたら見事に滑って転んでさ。この有様」と。

 そのイサトは先ほど帰らせた。彼にも寺の仕事があるのだ。

 そうして幸鷹と花梨の二人きり、冒頭に戻る。

 「奥方さま、新しい布をいくらかと水を張った桶をお持ちしましたが…まあこれは殿、お帰りなさいませ」

 邸の奥から布と桶を持った女房が花梨の元へとやってくるが、帰宅している邸の主を目に止め、すかさず廂に両膝をついて頭を下げる。

 「怪我の手当てに使うつもりだったのですか?」

 幸鷹は女房の持った水と布を一瞥して花梨に問い掛ける。花梨はおそるおそる上目遣いで幸鷹の様子を伺いながらこくり、と頷く。

 幸鷹ははあ、と再度溜息をつき、「桶と布はそこに置いて下がりなさい」と女房に命令する。主の言葉に女房は素直に頷き、桶と布を花梨の傍らに置いてしずしずと邸内へ戻っていった。






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