「こんなことなら典薬寮で擦り傷に効く薬草を貰ってくるべきでした」

 「今日はちょうど典薬守殿に会いに行ってきたばかりだったのに」幸鷹はそう言いながら桶と布を手にし、花梨より数段下の階に腰を下ろす。ちょうど花梨の膝が手に取りやすいその位置に桶を置き、布の一枚を水に浸して適度に絞る。「沁みますよ」と一言断って、その布を花梨の傷口に当てた。

 「痛っ…」花梨が顔を顰める。幸鷹は無表情のまま、しかし丁寧に傷口に付着した血と土を拭っていく。何度か布を洗いながら傷口が粗方きれいになったところで汚れた布を傍らに退き、新しい布を小さく折って傷に当てる。さらにもう一枚の布を口に咥え、勢いよく裂く。ちり、とかけた眼鏡を止める鎖が揺れる。
 幸鷹は布を最後まで裂くことはなく、段になるように交互に裂いていく。一枚の布が細長い、まるで包帯のようになる。それを傷に当てた布の上から花梨の膝へ巻いていく。花梨の負担にならないようにと片手で花梨の脹脛裏を支え、片手で器用に巻いていく幸鷹の様を花梨は居た堪れない様子で見つめていた。

 幸鷹はきゅ、と少し強めに布の端と端を結ぶ。「応急手当ですが」と花梨の足をそっと下ろす。「ありがとうございます…」と花梨は呟くように小さい声で礼を述べた。

 幸鷹は桶を持って一度立ち上がり、汚れた水を庭の隅に捨てて戻ってくる。花梨はそんな幸鷹をおずおずと見上げた。

 「…あの、幸鷹さん。怒ってますか…?」

 普段優しく微笑んでいることが多い幸鷹が、手当ての最中は無言で、無表情であった。それに耐え切れなかった花梨は怒られることを承知で幸鷹に問い掛ける。

 「怒ってはいませんよ」やはり幸鷹は表情を消したまま、しかし突き放す風ではなく、やんわりとそう言った。先ほどと同じところに腰掛け、空になった桶に使った布をまとめて入れる。

 「ただ、貴女が傷を負って痛みを感じるのが、決して貴女自身だけではないということをもう少し理解して頂きたいですね」

 幸鷹は目線が上にある花梨を見上げ、小さく苦笑した。花梨はう、と言葉に詰まる。ずるいと思う。怒っていると思っていたのにいきなり優しい声で困ったように苦笑されると本当に悪く思って何も言えなくなってしまう。

 そして幸鷹は、そう言いながら花梨に決して外に出るなと言わないのだ。本当は言いたいのだろうに、花梨が嫌がったり困ったりすることは絶対に口にしない。

 優しい、優しすぎる自分の半身に、花梨はただただ居た堪れなくなる。

 「以後、気をつけマス…」
 「はい、気をつけて下さい」

 花梨の反省している気持ちが伝わったのか、幸鷹はさっぱりと微笑った。

 「明日きちんとした薬を内裏からもらってきますね。それまではこれで我慢して下さい」

 幸鷹は再度脹脛裏に手を添えて花梨の足をそっと持ち上げる。

 そうして、包帯を巻いた傷口に小さく口付けた。ち、と幸鷹の唇が鳴る。

 ぱちくり、と瞬きをした花梨は、目の前の状況に頬を赤く染めた。
 何だか、すごく、艶めいてない?
 そう思うと更に顔に熱が集中してくる。

 「ゆ、ゆゆゆゆ幸鷹さん?!」
 「おや花梨さん、顔が赤いですよ? 風邪でしょうか」

 「典薬医には風邪薬も処方してもらわねばなりませんね」と幸鷹は少々意地悪く微笑い、立ち上がる。

 花梨は目元まで赤くさせて、きっと幸鷹を睨み上げた。

 「これは薬じゃ治せませんっ!」





〜終〜





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怪我の手当てって何か色っぽくないですか?(笑) それを普段生真面目な人がからかい交じりでやってのけると色っぽさが更に増加すると思うのは果たして私だけだろうか。
遙か2を書き始めてからもう数年と経ちますが、未だにED後幸鷹の花梨ちゃんの呼び方が、『殿』付けなのか『さん』付けなのか呼び捨てなのか迷うところです( ̄▽ ̄;)




H21.11.19



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