朝起きたら身体が透明になっていた。
「冗談……じゃ、ねえよなあ……」
 鏡の中には人物は誰も映っていない。色がくすんでしまっている壁をバックによれたTシャツとスウェットが人間の形を作り小さな鏡全面に広がっていて、その壁と鏡に間にいるはずの静雄の服の下はうっすらとも見えない。
 視線を下に落とせばちゃんと静雄の目には身体が見える。顔を上げて下げて、何度繰り返しても現実はちっとも変わらなかった。鏡には映らないけど見える。とりあえず歯を磨く為に洗面所に来たので歯ブラシを取ってチューブを捻ったのはいいが、鏡の中ではふよふよと歯ブラシやら歯磨き粉が宙に浮いていて妙な光景だ。
 驚いてないわけじゃない。ただ、現実に見えるのがこの光景なら動揺しても仕方ない。静雄は目に見えるものはとりあえず信じる主義だった。なので面倒なことになったな、と思いつつも歯を磨き続けた。
 鏡の中では空中に静雄の開いた口の中の様子が再現されていて、そこはかとなく気持ち悪い。唾液混じりのそれが見えるということは身体自体が透けているということなのか。しかし胃液やら血液は見えてるわけじゃないので、歯磨き粉と混ざっているから目に見えるようになったのかもしれない。
 考えれば考えるほど難しいので、静雄は考えることをやめた。口をゆすぎ、タオルが空中で舞うという奇妙な様子を一通り眺めたあと居間兼寝室に移動すると、安っぽいカラーテーブルの上に放り投げておいた携帯電話を手に取った。
 コール先が出るのにさほど時間はかからない。待たせたら静雄のイライラが増して物理攻撃に出られるかもしれないからだ。付き合いも長く慣れた態度を見せるが、その実、気安さからか力加減の調節も間違える。それは電話口の相手もよく知っていた。
「もしもしー?」
 こちらの状況を知るわけもないので暢気に聞こえる声に、がしがしと髪の毛をかき回しながら告げる。
 痛んだ金髪が爪の先に引っ掛かって抜けたが、指をかざしてひらりと揺れる髪の毛も静雄には見えるが鏡には映らないのだろう。
「新羅よお……てめえ俺に何か盛ったな?」
「もう疑問じゃないよね、それ。完全に私だって断定してるよね?」
「あ?じゃあ違うのかよ?」
「違わないよ」
 すぐに私に電話してきたのは良い判断だ、と、電話越しでもわかるくらい楽しそうな口調で話している男を受話器の先から引っ張り出して張り倒してやりたい。
 今度会ったら殴ると決意しながらも、盛られた薬の情報を仕入れないことには下手に動けない。
「これ効果はどんぐらいだ?」
「ちょっと待って。その前にどうなってるんだい?」
 どうなってるも何も、自分が盛った薬なんだからわかっているだろうに。
「身体が消えてんだよ。あー、っつーか見えるけど消えてる」
「それって静雄くんの目には見えるってこと?」
「ああ。鏡には映らねえ」
 ふむふむと面白そうに頷いているのが目に見えるようだ。こういうときの新羅は静雄の怒りなども全部スルーしてしまい、好奇心が勝ってしまうらしい。
 こうなると新羅談、愛しのセルティしか止める術がない。
「うん、成功だね!今日に合わせて作った透明人間になる薬!」
「成功だね、じゃねーだろ!透明人間だあ?」
「そうだよ?効果は多分明日の朝くらいまでかな。あ、怒らないでよ?臨也に頼まれて仕方なくなんだから」
 そこで吸おうとしていた煙草を、ぽろっと落とす。火を点ける前でよかったが、それよりも聞き捨てならない名前に表情が歪む。
「……臨也ぁ?」
「君に透明になる薬飲ませてくれって。もー、作るのだって大変なのにバレないように飲ませるのも一苦労だったよ。都合よく昨日君が来てくれなかったらどうしようかと思っちゃった……って、おーい静雄くーん?」
 無言で聞いていたがそこまで耳に入れると、まだ話している新羅をよそに通話を一方的に切った。そして部屋を出ようとして足を止める。
 静雄の目には普通に見える自分の身体。しかしさっき鏡に映ったことを考えればこのまま外に出るのは危険なのではないのだろうか。服は見えてしまう、ということはだ。
 鏡の前まで戻りひとまずシャツを脱いだ。すると映っていたシャツも鏡から消えて床に落ちている。やはりというかなんというか、こういうことかと思い逡巡したのは一瞬だった。全ての衣服を脱ぎ、何も持たずに家を出る。煙草を吸ってからにすれば良かったなあとも思ったが、これから行くところには静雄のあまり見ない銘柄の煙草もストックが置いてあるので平気だろう。
 煙草さえあれば特になんの問題もない。新羅はそういう点で嘘を吐く人間じゃないのは長い付き合いでわかるので、明日の朝までは大丈夫と静雄は全裸で新宿へ向かった。

 秋といっても気温は高いままなので全裸でいてもそんなに寒さは感じない。外へ出て最初に人に遭遇して反応がなかったのをきっかけに、さほどなかった羞恥心は完全に消え去った。
 開き直ると電車に乗るときも改札を越えてしまえばお金も払うことはないし、だんだんと便利に思えてくる。そうこうしてる間に着いた新宿のマンション。ここに住んでいる人物を呼び出しロックを解除させてる間も、静雄に薬を飲ませた張本人であるこの恋人は上機嫌だった。
 それはモニター越しに静雄の姿は見えないのに声は届くという状況から自分の思惑が上手くいったことを悟ったせいだろう。子供のように弾んだ声で「すぐ開ける!」と返事をすると、言った通りにロックが外れたので上へとエレベーターに乗り込んだ。
「わー!本当にシズちゃんここにいるの?うわっ!ちゃんと触れるねえ!よしよし」
「何がよしよしだ、こら」
 中に入った静雄の身体をぺたぺたと触りながらその感触を確かめている。終始笑顔の臨也は、静雄が玄関のドアを開けたときから自動で開いたように見えることに興奮しきりでずっとテンションが高いままだ。
「とりあえず煙草よこせ」
「ちょっと待って」
 いつまでも身体を触っている臨也を押し退けるとソファに腰かけた。クッションが沈んだことでそれを察知したのか、迷わず煙草と灰皿を静雄が座る目の前のローテーブルに置かれたのを自然に手に取り、煙草を吸う為の一連の動作をこなす。
 その間も向かいに座ってひとしきり感嘆している。静雄の目には普通に見えても臨也には煙草が勝手に浮き上がり火が点いてるようにしか見えないわけで、それも仕方ない。
「てめえ……なんだこれ」
 このままじゃ、いつまで経っても話が進まない。まずは、原因究明だ。
「なにって……シズちゃんが透明になっちゃったこと?」
「新羅に聞いたぞ。なんでこんなことした」
「うーん……」
 少しだけ視線を泳がせながら口元を隠すように手をあてている。ときどき止まる視線の先に何があるのか確かめようとしたら、遮って注意を引かれた。
 何かあるな、とは思ったものの、一先ず話を聞くことにする。
「俺達はさあ、池袋では有名じゃない?」
「知らねえ」
「知らないのはシズちゃんだけだよ……有名なの!だからまともに……デートだってできないじゃないか」
「……はあ?」
 ──デート。デートと言えばあれか、外で二人で会って飯食ったり手繋いで歩いたりする……あれか。
 それはわかったが、臨也とデートという単語が結びつかなくて理解が遅れる。言った臨也は、ごにょごにょとまだ口の中で何か言葉を濁していて、らしくなく頬まで紅潮させていた。
「俺だって……たまにはデートしてみたいとか思ったって悪くないだろ……」
「いや、悪くはねえけどよ……」
 たまにはどころかデートなど一度もしたことがない。臨也となんとなく甘ったるい関係になってからも、なる前も、全くそういうことには縁がなかった。
 考えなかったわけじゃないが、こうして互いの家でのんびり過ごすことの方が大事なことに思えていたので、そんなに気にしていなかったのだ。二人だけでいるときは臨也も素直で、大の男に言うのはなんだが可愛いところばかりが目につく。絶対に言わないけども。臨也にしたって言われたくもないだろう。
 今日も仕事は休みで、朝からこんなことになってなくともここに来てごろごろしながら、抱きしめたり、いかがわしいことをする予定だった。静雄の中では。
 しかしこうして言われてみれば、それも案外いいのかもしれない。何より相手がしたがっているなら、それを叶えてやりたいと思うのが男だろう。その為の手段は選ばないような恋人だとしても。
「……今すぐ出るのか?」
 朝といっても休日だし遅い時間に起きたおかげで、新宿に着いてやっと今時計をチラと見れば、もう昼を回ろうとしている。
 静雄の言葉を了承と受け取り再び笑顔に戻ると、まーだ、と言って立ち上がる。
「シズちゃんはちょっとそこで昼寝でもしてて。今日はあったかいから寒くないとは思うけど、ブランケット出しておくから。裸なんでしょ?」
 さっき触ったときにわかったのだろう。ぺちんと胸元を軽く叩かれ、柔らかいガーゼで作られたブランケットをソファに片膝をつきながら腰にかけられた。その仕草が色っぽくてうっかり反応しそうになるのを臨也も気付いたのか、艶然と笑いながら静雄に唇を重ねてくる。
 見えない部分は手で輪郭をなぞり、ずれることもなく吸いついた唇は舌を少し絡めただけですぐに離れていく。
「あとでね?」
 そのまま身を翻すと、何やらダンボールなどが置いてある奥の方へと歩いていった。
「くそっ……」
 煽るだけ煽られてお預けを食らったのは面白くないが、臨也が楽しそうなのでまあいいかと思う。ごろんとソファに長身を埋めると、陽気が誘うままに目を閉じた。
 遅く起きたので眠気はなかなかやってこない。それでもそうしているうちに、うとうとと気付いたら眠ってしまっていた。


 目が覚めたときにはもう夕暮れで。大きな窓から差し込む日差しは茜色を濃くし、床に伸びる影は長い。もうすぐ日没だろう。
 随分と長い間寝てしまった。そんなに眠くはなかったはずなのに、これでは休日を無駄に過ごした気がしてもったいない。そう、仕掛けた張本人の姿が見えないな、と思い身体を起こして辺りを見回すと、足元に不思議な塊が。
 いつもの黒コートで見慣れた姿のはずなのに、腕を枕代わりにして突っ伏す頭にはぴょこんと耳が生えている。いや、もともとの耳はあって、それとは別に頭から黒いフサフサとした耳が生えているのだ。
 そして座り込んだコートの裾からは同じ色の尻尾が出ている。ここまできたらさすがにわかった。また変なことを始めたんだろう。
「……んんー……シズちゃん起きたの……?」
 その耳じゃなく最初からついてる人間の耳を撫でていると、首を竦めながら目を覚ました。上げた顔には違和感の欠片もなく頭部の耳が馴染んでいて、今度はこっちの耳を引っ張る。
「いたっ!ちょっと引っ張んないで!」
「……いてえって……なんだこれ」
 まさか痛覚があるとは思わなかったので力を入れて引っ張ってしまったのだ。びっくりして手を離すと、臨也は上の耳をおさえて本当に動物にでもなったかのように尻尾を逆立てている。
 その尻尾を掴むと、静雄が透明なせいで動きを予測できないのか軽い悲鳴が上がった。
「ひゃっ……!」
「こっちも本物かよ」
「シズちゃんが透明人間だから俺も狼男になったの!今日はハロウィンだよ?」
「これ、狼っつーよりかは犬だろうが。あーハロウィンなー」
 お菓子くれないとイタズラするってやつだろ、と言うと、知ってたんだと少し目を見開いて横に置いてある服を押しつけられる。だぼっとしたダークグレイのワークつなぎで、私服として外に着ていってもおかしくないようなデザインだ。
 だいたい、透明人間だからと無理矢理そうした人間に言われても困る。静雄がこの状態なのは臨也のせいだというのに。
「顔とか手にはこれ巻いて」
「なんでだよ。めんどくせえ」
 包帯を渡され渋っていると、奪い返されどうやら巻いてくれるつもりらしい。なんの目的かわからないまま仕方なしに言う通り服を着ると、すかさず包帯を巻かれる。くるくると器用に巻かれた包帯はきつくもなく緩くもなく、試しに手をきゅっと握りこんでみても指先まで巻かれたそれに違和感は全くない。
 口と目の部分だけ避けて顔にも包帯が巻かれ、仕上げにつなぎのフードを被せられた。自分では多少窮屈だが、臨也にとってはこれではっきりと肉眼で形だけは見えるようになったせいか、どことなく安心した表情で。まあこれで良かったのかもしれない。
「元が透明だからこうしてもシズちゃんだってわかんないね。よし、出掛けようか」
「どこにだよ」
「今日はハロウィンだよ?みんなで騒いでイタズラする日。だから……俺たちがデートしてたっておかしくない」
 そんな風に茶目っ気たっぷりにおどける。そのくせやろうとしてることは、ただのデートなのだ。これだけ手間をかけて。折原臨也が。ただのデートに。
 そう思うと頬が自然と緩んで、わからないと思ったそれも巻いた包帯が笑みを形づくり気付かれる。
 早く、と、急かす臨也の頬までうっすら染まっているのは指摘せずに、ぱたぱたと早足で進む揺れる犬耳の後を追った。

 静雄はハロウィンというものをそんなに重要視していなかったので忘れていたが、毎年この時期は確かに街が騒々しかったように思う。実際に意識して出てみるとさすがに知らなかったのがおかしいレベルの様相で。
「変な格好のやつばっかだな」
 聞けばどうやらハロウィンの日にこうして仮装して街中を歩きまわる人は年々増えているらしく、普通に歩いている者もいれば、パレードっぽく集団で歩き、そこかしこでグループを作って写真を撮ったりはしゃいでいる。
 それを遠目に見ながら、ただ臨也に連れられるまま一緒に来たが結局何をするでもなく二人並んで公園の中にある柵に腰かけて、煙草を吸ってボーッとしていた。
 途中で軽く食事を済ませていたので、煙草もやけに美味い。こんな格好をしてても入れる店は多いもので、適当なファミレスに入ってもウェイトレスの多少冷やかな視線を浴びた程度で済んだ。まあ、中を見渡して同じようにハロウィンで仮装している人が何人かいたので先に前例があったせいだろう。
 そしてそれから少し離れた公園に移動する間もあちこちで声をかけられながら二人で歩いた。池袋の街を肩を並べて歩くのはとても新鮮で、臨也にばかり声がかかることを見ても、やはり誰も静雄には気付いてないようだ。
「ああ気分がいいなあ!誰も気付かないねえ!」
「当たり前だろが。……満足したかよ」
 どんどん夜も更けていき騒いでいた人も散り散りに、公園に残っているのは僅かで。街灯が照らすところから外れている位置にいるので、いつもの喧嘩のときのようにぽつんと二人ぼっちでハロウィンの余韻というか初デートの感傷に浸っていた。
 人目がないのをいいことに、ずれてきていた手の包帯をくるくると外して自由になった指先を開いたり閉じたりしながら煙草を吸う。片手で煙草を持ったまま顔に巻いていた包帯も外した。口と目は覆われていないのにずっと付けてるとやはり息苦しい。
 耳と尻尾しか変化が特にない臨也は何人かに見とがめられていたが、静雄がバレないのをいいことに途中からはべったりだった。今も静雄の肩にこてんと頭を預け、そこから生えた耳もぴょこぴょこと忙しなく動いている。
 明日には、いや、今頃は情報屋の折原臨也が仮装して男といちゃつきながら歩いていた、という噂が広まっているだろうに暢気なことだ。
「えーどうかなあ?シズちゃんはどう?楽しい?」
「んなわけあるか。見せもんじゃねーんだよ」
「シズちゃんはバレてないから今回は見せもの扱いされてないよ。むしろ俺じゃん?」
 言う臨也はケラケラと笑っているが、それすらも静雄は面白くない。そう、さっきから静雄はイライラしていたのだ。それは携帯灰皿の膨らみ具合が象徴している。
「それがムカつくんだろ」
「へ?」
 間抜け面で見上げてくる顔に指をかけ、その苛つきをぶつけるように唇に噛みついた。緩く歯をたてながら口を開かせ舌を触れ合わせると、はっはっと短い吐息が口内に流れ込んできてその温度が気持ちの温度も上げていく気がする。
 全部閉じ込めようと斜めに傾けた唇で吸いつき、さらに密閉させると、熱くなって増えた唾液がどちらのものかわからない。
「んう……は、んん」
 鼻から息を抜くこともままならず苦しげに、少しだけ口端をずらして空気を取り込もうとする、それすらも塞いだ。薄目を開けているので顔を真っ赤にして耐えている臨也がよく見える。静雄だって見えないだけで顔はきっと、赤い。でも見えないことにほっとしてしまうのは昔から臨也には弱みを見せたくない変なプライドのせいだろう。
 そんな自分の気持ちを誤魔化そうと痩身が崩れそうになるのを腕で抱えて支えて、そのついでに後ろでピンと張ったり弛んだり忙しい尻尾をすっと撫でた。途端に手の中で毛が逆立ち、連動して身体もぶるっと震えて差し込んだ舌を噛まれる。痛くはないが苛めたい気持ちが増して舌を噛み返す、と、きつく瞑った目尻に涙が滲んで気分がいい。
 昼から随分と待たされた。好きにさせてやったのだから、今度は静雄の好きにしていい番だ。
 逃げようとくいくい手の中で動く尻尾は毛がつるつるしていて触り心地がよく、ついついずっと撫でてしまっているが、ふと、付け根がどうなってるのか気になった。臨也は普通に服を着ている、ということは、この尻尾はどうやって出ているのか。
「うわっ……!ちょっと、場所考えてくれないかな」
「うっせえな。てめえが騒がなきゃ誰も見ねーよ」
 コートをずり上げズボンに手を突っ込んで確認すると、どうやらわざわざ生地に穴が開いていてきちんと尻尾用にしているようだ。事務所でちらっと見たダンボールは、これや静雄が今着ているつなぎが入っていたのだろう。相変わらず変なところに手間と情熱をかける男だ。
 しかし、と、付け根をくるんと円を描いてなぞりながら考えた。付け根は違和感なく滑らかに肌に馴染んでいて、もはや皮膚の一部に感じる。そんなことより。
「もう、ほ、ほんとに、さ……ぁ」
 下着はどうなっているのか。ズボンには穴が開いてるからいい。けれどこうして付け根が触れるのに──。
 疑問はすぐに解けた。
「ひもパンか」
「ちがう!いや、違わないけど……シズちゃんの想像とはちが……」
「違わねーだろ。ほら」
 指先で引っ掛けた紐を引くと、紐というよりきつめのゴムだったようでするっと指から外れてしまい、パチン!と音を鳴らしながら尻の谷間に戻っていった。
 声が出そうになるのを堪えて恨みがましい視線を向けられる。それなのに、その目の奥が期待と迷って揺れているのがわかったので、期待へと傾かせようと強引に動く。
 後ろ手に尻の谷間を上下に何度も摩る。くすぐったい、微かな刺激に一番に反応した尻尾が目先でくるんと丸まって震えている。
「しっ、ずちゃん……!ここ、外っ……んぅっ」
 注意して制そうとする素振りが見えたので、先手を取って逆に封じる為に臨也の開いた口に指を入れてやった。二本の指はすぐに熱い舌に絡まり、ぬとりとした感触が直接腰に響く。どうしてこう粘膜の感触というものは性欲を促すのだろう。
 ぬめる生き物のような舌を弄んでいると、だんだん力が入らなくなってきたのか口がだらしなく開いたままになって本当に犬のようで。なのに見えた歯列を指で辿っても犬歯は何も変わりなく、あの幼馴染の詰めの甘さを実感した。
 どうせこの耳も尻尾も新羅の薬に頼った結果なのだろう。いくら新羅だとしても、臨也が自ら行ったことだとしても、それはあまり気分がよくない。
 誰であれ、臨也を変えられるのは面白くない。これを変えてもいいのは自分だけなのだ。
「も、くるひ……んん」
 唾液が零れるのを止めようと思ったのか、啜りあげると反射で静雄の指にきゅうと吸いついた。何度も溢れる唾液を飲み込むたびに口内が窄まって、ちゅ、ちゅ、と鳴る音にどうしてもいやらしいことを連想させる。
 下半身はすでに重く、こんな不安定なところに腰かけて触れているのももどかしい。じんわりと期待していたせいか、簡単に流されて腰砕け状態になっている臨也を軽く抱えて立ち上がった。



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