Una rosa per te.










コツコツと、皮靴がリズムを刻む。
燦々と照りつける太陽は、心地がいい。
天候がよくて、何よりだ。
赤い煉瓦の上を足早に歩き、左腕につけた時計をちらりと見ながら進む。
あの角の、緑と白の建物の角を右に曲がれば、待ち合わせ場所に着く。
着いた先には大きな噴水が鎮座していて、毎度毎度、そこがマルコとの待ち合わせ場所になっていた。
「新しいスパイクを買いたいから、付き合ってほしい」と言われてとりあえず頷いたものの、正直な話貴重な休日は可愛い女の子とデートをしたりして過ごしたいものだ、と思い今更ながらため息をつく。
待ち合わせの時間より急ぎ過ぎたのか、5分早く着いてしまって、どうしようと思いつつも噴水の淵に腰をかける。
周りにはカップルが大勢いて、どうにも居心地が悪いが、道行く人々をのんびり観察するのも悪くはない。
ぼんやりと眺めているといきなり、目の前が真っ赤に染まった。
なんだ?とわけもわからず眉間に皺を寄せて観察していると、それが薔薇の花だということが分かった。


「ジャンルカ!遅くなってごめん。」


その声は薔薇の向こう側から聞こえた。
聞き覚えのある声―マルコだ。
あまりにも顔の前に出された薔薇でまったく見えないが間違いないと思う。
普段嫌というほど聞いている声を、聞き間違えるわけがないのだから。
ただでも、その、目の前の薔薇は一体何なんだ。


「マルコ、何も見えない。」


そう正当な文句を言ってやると、慌てて薔薇を下げた。
その向こうにはやはり、予想通りのくすんだ色のロッソの髪。
ふんわりと手触りのよさそうなそれに、申し訳なさそうな顔が覗く。
座っていた噴水から立ち上がると、少しだけ、違和感を覚えた。
マルコは手に、赤い薔薇を携えていて。


「いや、ごめん。花売りの女の子と話してて、遅くなっちゃってさ。」
「いや、まだ待ち合わせ時間にはなってない。あと少しだけ、聞きたいことがあるんだけど。」
「え?何?」
「なんだ、その格好。」


ストレートに聞くときょとんとした顔をされてしまった。
いや、これは正しい質問だと思う。
服装は黒のジャケットに、白いシャツ、細身のこれまた黒のパンツ。
それを軽く着崩して、まるで女の子とデートにでも行くかのような格好をしている。
普通男同士で買い物に行くだけなのだから、もう少しラフな格好でもいいんじゃないか?
しかし目の前のとぼけた男は、とんでもないことを口にする。


「いや、デート、だろ?」


さも当たり前で、そのつもりだったよね?と言いたげな顔である。
いや、デート、じゃないだろ。
そもそも俺たちはそういう関係でもないし、同性同士だろう。
あまりに自然に言うので、何も言えずにいるとあ、とマルコが小さく声を上げた。


「これ、あげる。」


そう言って差し出されたのは先程の薔薇の花束で。
確かに俺も女の子とデートするときには花を贈ったりするけれど。
そうか、これはマルコにとってはデートなのか。
と内心でようやく理解する。


「赤い薔薇ってさ、ジャンにそっくりだよな。高貴で、儚くて、綺麗。」


そう言って笑うマルコの顔のほうがよっぽど綺麗で、思わず見惚れてしまった。
そして褒められたことを理解して、不覚にも頬が紅潮する。
柄にもなく慌ててしまった俺を見て今度は可笑しそうにマルコは笑った。
そしてその薔薇を手渡されたので受け取ると、少々、邪魔であった。
今度から女の子とデートするときには花束を贈りつけることはやめよう、と心の中で誓う。
そのまま、薔薇を持っていないほうの手を取られる。


「おい、マルコ!」
「だって、デートだろ?これくらい普通だろ。」


自分より幾分小さいマルコに手を引かれるなんて、デートというよりは寧ろ、引率かなんかだろ、と思うがそれは言わないことにする。
マルコの手は子供体温なのか、異常に温かい。
手を引かれ、先程のコツコツという音がふたつになって。
手ぶらだった手には今両手に抱えきれないものが。
薔薇の花束と、マルコの手。
なんともいえない感覚に戸惑う。


「ジャン、今日はどこ行きたい?」
「…スパイク、買いに行くんじゃなかったのか?」
「そんなの口実に決まってるだろ!」


悪びれもなくそう言ってのけるマルコにもはやため息すら出ない。
なんだかんだで流されてる自分には、ため息は出る。
マルコは酷くご機嫌で、鼻歌を歌いながらどんどんと俺の手を掴んで歩いて行く。
その手をじっと見つめてしまう。
自分より少しだけ小さな手は、でもしっかりと、繋がっている。


(……デート、か。)


デートの意味を反芻する。
恋人同士、もしくはそうなるべく男女のすることだ。
そう思っていたけれど。
急にぴたり、と止まるマルコに合わせて、止まる。
そして振り向いて、俺の手を両手で掴んで、笑って、言うのだ。


「愛してるぜ、ジャンルカ。」


ムードもへったくれもないけれど、素直で、ストレートな表現に、何とも言えない。
普段は女の子に言いまわっているその言葉だって、自分がいざ言われると、どうしようもない。
どうしようもないかわりに、マルコのそのくすんだロッソを数回、撫でてやると嬉しそうに笑うので、俺もつられてついつい、笑うのだった。




***

「酸素。」の瑛壱さんへ8000打記念に。




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