Novels/Crescent Winter
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 生まれる前からずっと一緒で、産まれてからもずっと、私たちはいつも一緒で同じだった。顔も髪も、体型も、何もかも。それを見て大人たちはひどく嬉しがった。小学校に入る前は出かける度に、一緒で可愛いという知らない人の言葉。それに見分けがつかなくて困ると言いつつ喜ぶ親。同じ格好をして、同じことをして、同じ感想を言えば周りの大人が、親が喜んだんだ、私たちは同じ人間として扱われることに慣れてしまったんだ。
 私たちを違う人間として認識して、違うんだと言い合えるのは私たちだけだった。本当は全然違うんだ。誰も気付いてくれない、気付いても認めてくれなかったけど。
 本当は、好きなものだって全然違う。綾香(あやか)と明香(さやか)、私たちが好きなものは実は違うんだ。綾香がクマのぬいぐるみが好きだった。綾香はウサギのぬいぐるみが好きだった。でも、それぞれが好きなものを選んだ時、双子なのにと、一卵性双生児なのにと、理由にもならない理由を並べて、誰も認めてくれなかった。残念がっても、違うことを喜んでくれる人はいなかったんだ。
 幼いころの私たちは、それが怖くて仕方なかった。捨てられると思っていたんだと思う。ありえない話だけど、それでも怖かったんだ。捨てられないために、期待を裏切らないために、私たちが傷つかないために、お互いに示し合わせることにした。
 見た目だけじゃなく好みまでの同じ双子の姉妹、私たちが作り上げた虚像を、喜ばれるイメージを作り上げた。それがこんなにも重荷になるなんて思ってなかった。

Mirror Image:鏡像、左右対称の像

 大学入学を目前に控えた高校三年生、この年まで「一緒」を続けていると一つ一つ示し合わせなくても、お互いにどうするのかわかるようになっていた。
自分の将来を大きく左右するであろう進路はお互いの行きたいところに行こう、そんな風に話していた矢先のことだった。
私たちの進路は私たちが同じ学校に行くことを前提で話が進んでしまったんだ。進路の先生も担任も、親さえも私たちが同じ学校に行くと信じていた。
高校生になってから少しずつ、自身の言いたいことを言えるようになってきたから、違う大学に行くこともできたんだ。
でも、習慣っているものは恐ろしい。何度も何度も私たちで話し合って別の進路に行くのだと結論を出しても、結局は人の顔を伺いながら、進路すらも決定してしまった。それから二か月、三か月と過ぎて、無事に受験戦争も終えて同じ大学に入った。
人の顔を伺ってばかりではだめだと、わかっていたはずなのにできなかった。これ以上、都合の良いイメージ通りのままだとダメなんだ、そう思うようになっていた。

四月、無事に大学に入学。大学に入って一番に喜んだことは「クラス」という閉鎖的空間がなくなったこと、次は、人が多くて双子がいるくらいで騒ぐ人もいないこと。高校までとは違い、クラス全員が私たちを知っているということは起こりにくい。互いの好みをひた隠し、同じようにすることに限界を感じていたから、「綾香」「明香」として生活してみようと思ったんだ。
大学生活一日目を終わってから考えたことを話してみた。
「ねぇ、明香。私ね考えたんだけど上手く誤魔化しきれれば双子ってばれないんじゃないかなって」
「そうだね綾香、クラス制度もないし、グループワークで一緒にならない限り意識する人も少ないんじゃないかな?人によって取ってる授業も変わってくるし、やってみても良いかもね。」
それからいくつか話し合って、親や高校の時の友達に聞かれても答えられるように一つ共通させたサークルを決めた。あと兼部という扱いで自分の好きな、やりたいことができるサークルに入ることにした。

一応一つ同じサークルに入って、それぞれが別のサークルに入った。
同じサークルは部員数の多いボランティアサークル、私、明香はファッションサークルに、綾香は料理サークルに入った。綾香は昔から人と一緒にいるのが好きで、人に喜んでもらえることで嬉しそうにしていた。料理をもっと上手くなりたいなんて言っていたから丁度いいサークルを見つけることができたみたい。
私はファッションサークルに入った、どちらかといえば一人でいる方が好きで、裁縫が得意だから被服関係の仕事をやってみたいと思っていたら、ファッションサークルの勧誘を受けた、部室に行ってみると華やかな人だけでなく、地味な格好の人もいて少し驚いた。話を聞いてみるとファッションサークルは、ファッションに関係する活動をしているけど、多くは自分で服を作ってみたり、バックを作ってみたりしているらしい。部室にいた先輩の一人が即席で薄いハンカチに刺繍をしてくれた。このサークルで自分のできることを極めてみたい、やりきってみたいと思ってその場で本入部届を書いて提出した。

 授業は極力同じ授業を取らないようにしてみた。その方が目立つことも少ないし、それぞれの人間関係も広がると思ったから。結果としては、お昼を一緒に食べられるぐらいの友達がそれぞれ作ることができた。
 私、明香は、一人で過ごしている時間が楽な方だから、授業を少し前の方で受けていた。綾香は別の授業に行っていた。
 授業が始まる二分前、もう少しで先生も来るだろうし、ノートの準備だけでもしておこうかと鞄の中を動かしていたとき、すいませんと声をかけられた。青い眼鏡で、髪はブラシで梳かしただけような人がいた。
「お隣良いですか?」
「あ……はい、どうぞ。」
正直、他にも席は空いていたしなぜ私の隣に来るのかわからなかった。しかも、この隣に来た人は私が教室に入った時は後ろの方にいたはず。なんで今頃移動してきたんだろうと不思議に思っていると、顔に出ていたのか、
「最初は後ろに居たんですが、ほら後ろの方って騒がしい人集まるでしょう?うるさいから前に来ちゃいました。こっちは静かでいいですね。」
笑いながらだったけれど、前に来た理由を説明をさせてしまった。流石に初対面で失礼だったなと、曖昧な返事をしていると、相手はそういえばと、話を切り出した。
「あの、確か同じ学科でしたよね。私、川北萌乃です。よろしくお願いします。」
「笹本明香です。同じ学科なのかな?ごめん、あまり見てないものですから。」
「たぶん、同じ学科だよ。オリエンテーションの時に後姿だけど見たような気がしますし。」
こんな人いただろうか、オリエンテーションの時の記憶を遡ってみるけれど、該当しそうな人が思い出せない。試しにオリエンテーションの話を振ってみると、食いつきが良く、話の内容から確かに同じ学科のようだった。
そのまま盛り上がってしまい、気が付けば始業時間を過ぎていた。担当の先生は五分遅れでやってきて、授業が始まった。

 隣に座っているのが綾香じゃないということは珍しいから不思議な感じがした。横目で隣を見てみると、ぐらぐらと揺れながら寝ているようだった。
五分後くらいに起きて、小さい声で、「ごめん、ノート見せて」と言ったので、少し笑いながら見せてあげた。今まで気にもしていなかったけど、私の人間関係の範囲って狭かったんだなと感じ、今までにない経験が楽しくなってきた。
 授業の後、綾香と待ち合わせをしているわけでもなかったから、お昼を一緒に食べないか誘ってみた。
 川北さんも特に食べる人がいなかったようで、一緒にお昼を食べることになった。
お昼ご飯を食べつつ、出身学校の話や、何が好きかなどしゃべった。色々としゃべって気づいたことは、萌乃はよく笑って、はっきりとした口調に話すこと。入る予定のサークルは手話サークルと点字研究会なんだそう。
「二つ兼部するんだ。なんか、大変そうだよね。サークルなのに覚えることと多そう。」
「そうだね、手話に至っては方言まであるからね。なんで、方言作ったのかすごく疑問。でも、うまく聞こえなくて、話せないなら手話で会話をすればいい、見えなくて、読めないなら点字を付ければいいのよ。誰でもしゃべりたいことはあるよ。公平な社会であって欲しいなら、見えている人が、聞こえている人が努力を放棄しちゃいけないのよ。そりゃ誰も彼も手話をやって、点字を読めるようになれ、なんて言わないけど。少なくとも私は、自分から触れに行く努力は忘れたくないのよね。」
そういって萌乃はニッと笑ってみせた。
 こんなに自分の考えをはっきり持っていて、それを実行に移せる人っているんだな、と思ってみたり、萌乃ちゃんを大学生とするなら、私は何なんだろう?やりたいことやっていかなきゃ後悔するなと思った。
 お互いに話を面白かったし今後も、二人でご飯を食べようという話になった。二人だと寂しいかもしれないので、綾香に連絡を取ってみると、綾香も二人でお昼を食べたようで、そこでも似たような話になったらしい。私と萌乃ちゃん、綾香と綾香にできた友達らしい日和さんと四人食べることになった。


 一人で授業を受けるのは初めてだなぁ、なんて柄にもなく考えてみた。明香は新しい友達できたかな? 大学に入って今までとは違う環境にどうしようかななんて思いつつも楽しんでいて、「一緒」っていう前提がない時点でこんなにも楽になれるんだなって思ってみたり。
 机の上に筆箱とルーズリーフ、スマホを眺めて先生が来るのを待つ。スマホを開けば、できたばかりの学科のグループラインがひっきりなしに動いて、教室はどこ?受けてる人いる? と自分で確認もしないで質問してる。時間を見れば、授業開始まであと二分、今から教室聞いて間に合うのかな?
 スマホの画面を見ていると、前の教室のドアから先生が入ってくる。バタバタを教卓の上に資料を出して、配り始めた。一番最初の授業だからオリエンテーションだけで終わるらしい。早く終わるなら、綾香に連絡取っておこうかな。
 流石に説明位はきちんと聞かなきゃと思って聞いていた。
「では、今日はオリエンテーションだということで、もう終わるんですが、時間がね。まだ三十分経ってないんだよね。これで終わったら流石に文句言われそうなので、少しグループワークでもやってもらおうかな?はい、じゃあ近くの人とペア組んでください。」
 教室の後ろの方から不満の声が上がっている。早く終わると思ったのに、終わらなかったことが不満らしい、この人たち他の授業でどうしてるんだろう、授業受けてないのかな? 不満を言い立てるだけの騒がしさに、戸惑いつつもペアの人を探そうと周りを見渡す。三人グループの女の子と、ずっと貧乏ゆすりをしている人、穏やかに微笑んでる、アルカイックスマイルの女の子。本当にアルカイックスマイルの人っているんだ、と失礼なことを考える。
貧乏ゆすりをしている人に話しかける勇気はないし、三人グループの中に入っていくのも気が引ける。知らない人に話しかけるのは苦手だけど、アルカイックさんなら大丈夫そう。
「あの、すいません。おひとりですか?」
「あ、はい。そうです。あ、お願いしても良いですか?」
「すいません、こちらこそよろしくお願いします。」
 どうにかペアを作ることはでき、教室も大分落ち着いてきた。先生はペアができたところから自己紹介してください、と言ってから黒板に何かを書き始めてる。
「じゃあ、自己紹介しますね。心理学科一年笹本綾香です。よろしくお願いします。」
「堂本日和です。同じく、心理学科一年です。あと、ボランティアサークルのエトアルに入りました。よろしくお願いします。」
「えっ、本当ですか? 同じ学科なんですね。私もエトアル入ったんです。」
「えっ、そんなんですか?そんなこともあるんですね。そうだ、明日の部会行きますか?自己紹介するみたないメール入ってましたけど、人数多いですしどうしようかなって思ってるんですけど?」
「私は行こうかなって思ってます。あの、もしよければ敬語やめません?同い年ですし、もしよければですけど?」
「じゃあ、やめよう。私、敬語苦手なんだよね。でも、良かった、同じサークルの人見つかって。えっと、綾香ちゃん、よろしくね。」
「よろしく、日和ちゃん。」
 大学に入って初めての授業で知り合いができたのは良かった。日和ちゃんとは初めて話したけど、普通に話すことができたし、同じサークルだからサークルで明香以外知り合いがいない、なんてことにならなさそうで安心した。
 先生を見ると黒板に書くことは終わっていたようで、教室内をうろうろし始めていた。
黒板を見ると今後のスケジュールのようで、学会のため休講といつ補講を行うかが書かれていた。日和ちゃんと趣味についてや好きな食べ物についておしゃべりしていたら授業はそのまま終わりになった。
鞄に荷物を仕舞った人から順に教室から出ていく。綾香とは連絡も何も取っていなかったのでお昼を一緒に食べる人がいない。どうしようかなぁ? と思いつつルーズリーフを鞄にしまっていると、既に片付けを終えた日和ちゃんが、私のところに来た。
「そういえば、綾香ちゃんってご飯だべる人決まってるの? 私、知り合い居ないからできれば混ぜてほしいかも。」
「じゃあ、一緒に食べようよ! 私も食べる人いないんだよね。ほら、入学前の集まりみたいなのあったじゃない、あそこでできたらしいグループで固まっちゃてて上手く話しかけられなかったんだよね。」
 肩掛け鞄の中に荷物を入れ終え、日和ちゃんの方を見ると、少し目をキラキラさせて、すごくそれわかる、とさっきより元気な声で言った。

 入学してから少し経った。初めて私と明香、日和ちゃんと萌乃ちゃんと初めて四人でご飯を食べたのが、少し懐かしくなってきて来た。
初めて四人であったときに、萌乃ちゃんは、ドッペルゲンガーを割と本気で疑ってた。私たちが面白がって同じ服にして、髪形も同じにしてみたから当然といえば同然かな? あの時の反応が面白くて、今でも話のネタになるときもある。
『えっ、ドッペルゲンガー?明香死ぬの?えっ、戦うの?戦うの?』
『萌ちゃん、落ち着いて。ドッペルゲンガーにあったら死ぬって話は聞いたことあるけど、基本的に戦いはしないと思うよ。右がさやちゃんで、左があやちゃんだよね。』
『ひよちゃん、正解!』
『えっ、そうなの? てか、ひよりん、よくわかるね。』
『うーん、何というか、雰囲気?が違うんだよね。あやちゃんはキャピッって感じだけど、さやちゃんはピシッって感じ。』
 こんな具合な会話をしたものだから、何かあった時は、戦うの?戦うの? を言う空気ができた。本人は笑いながら「やめてよ〜」なんていうけど、言わなかったら言わなかったで、「言わないの?」と言ってくるから、ネタとしては自分でも気に入っているんじゃないかな、と思ったり。
 大学に入ってから、意外とそっくりと言われることに抵抗感がなくなった。きっと、やりたいことをやりたいようにやれているからかなって思っている。明香もこの前から、スカート作ったり、ミシンで何を小物を作ったりと楽しそうだし、私は現在進行形で全力で卵白を泡立ててる、オーブンは百度になったことを教えてくれた。さて、上手くいくかな?初挑戦のお菓子は。


 ボランティアサークルの活動もあり、授業もありと忙しくなってきた六月、日頃来ていない人とも関わりたいという要望があったらしく、飲み会が開かれることになった。私は別にいかなくてもいいかなと思ったけど、綾香とひよちゃんが行くと言っていたから、ついて行くことにした。綾香と違い、私は早いうちから、あまり活動していないから、どちらかといえば日頃来ていない人枠に入っているようだ。
 久々にエトアルの部室に入る。日頃から人が多くいるサークルだから、狭い部室に六人、七人が暑いといいながらしゃべっていた。どちらかといえば、暑いというより空気が悪いが正しい気がする。
「あれ?明香ちゃん、どうしたの忘れもの?」
 私に気づいた先輩が話しかけてきた。
「明香の方です。お久しぶりです。綾香来てたんですね。次の飲み会の出席表あるって聞いたんですけど?」
「あー、間違えちゃった。ごめんね。出席表は、ちょっと待ってて、確かあのファイルの中に入ってるはずだから。今回、明香ちゃんは参加する?今までで一番人多くなりそうだから、いろんな人に会えると思うんだよね。」
「今回は、参加しようかなって思ってます。友達も行くみたいですし、たまには参加したいなと。」
先輩は、それはありがたいね、楽しもうね、と言いながらピンクのファイルの中から紙を取り出した。
「はい、出席表。別のファイルの中に入ってて見つけるのに時間かかっちゃった。ここに名前と学科と学年書いてね。来週当たりで参加予定の人に一斉送信かけるから、料金とか詳しいことは待ってて欲しいな。あっ、でも、三千円以内には確実に収めるから大丈夫だよ。」
 出席表に名前を書いて、先輩に漏れがないか見てもらい、部室を出た。ひよちゃんと綾香と飲みに行くと考えれば楽しそうだなと思う。多くの人と話すのはつらいけど、たぶんあの二人がどうにかしてくれるだろうと考えて、少し人と関わることが楽しいと感じていることに気づいた。今までは、そんなことなかったのに。少し頬が緩む、楽しいことが増えたような気がした。

 飲み会は三十名を超す人数で行われることになったようだ。幹事の人の流石に頭を抱えていた。三十人分の予約を入れてくれるお店もなく、幹事の人がお店と交渉を繰り返し、お店の席のほとんどを予約し、ほぼ貸し切り状態にしている。
「悪いけど、人数多いから来た順に奥行って座っちゃてね。笹本姉妹は間に堂本さん入れて座っていいよ。流石にそのまま横並びだとあれだから。」
 人の誘導に幹事さんは声を出し続けている。お疲れさまだな、大変そうだと思いつつ、早々に席に着く。もたもたした分だけ幹事さんの負担が大きくなりそうだ。
「三十人で飲み会とかってやるんだね。」
「会社とかだったらやるのかもしれないけど、サークルってなるとあんまり話は聞かないよね。」
「会社とかでやってるんだったらお店選びで困ることないよね?結構、大変そうだったけど?」
「本当の飲み屋街でやるのはちょっとってなったらしいよ。ほら、このサークル女子率高いから。」
「なるほどね」

 どうにかこうにか人も入りきって幹事さんが、飲み物の注文を取ってと忙しくしている。しゃぶしゃぶのお店なのでスープを選んでおいてと指示が入った。
 メニューを見ると、豆乳、キムチ、柚子の三種類、辛いものは得意ではないので、できればキムチ以外にしたいなぁ。
 テーブルには、私と綾香とひよちゃん、それから三年生の先輩二人に、一年生が二人、先輩二人については何となく顔に覚えはあるけれど、一年生らしい人の名前は知らないし、こんな人いたんだ、状態だ。
 そもそも部室にあまり来ていない人にも会うための飲み会なものだから、正直それぞれがそれぞれの顔を知らず、会話を始めようにも、ぎごちない空気が流れている。それを、打破してくれたのはひよちゃんだった。
「えっと、スープは豆乳とキムチと柚子の三種類みたいなんですけど、どうしますか?」
「ごめんなさい、私、辛いの苦手なんです。キムチはなしの方向でいいですか?」
 ひよちゃんの呼びかけに続いて、綾香がキムチを選択肢から外してくれる。
 こういう時、綾香はすごいなって思う。私は知らない人しかいないときは必要に迫られないと会話を始めようともしないから。
「そしたら、豆乳と柚子かな。どっちにしても外れることはないけど、柚子が無難な気がするけど、どうかな?」
先輩の一人が柚子を提案して、豆乳がいいという人もいなかったので、柚子に決定となった。
運ばれてきたスープをお鍋に移すと、柚子の優しい香りが広がった。良い香りだねぇ、とひよちゃんが言って、笑った。確かに良い香り、これから野菜とお肉がそうだから、楽しみだな。
 ここのテーブルは、日ごろ部室に来ていない人がきれいに集まっているようで、会話が始められない。とりあえず、名前がわからないのもどうかと思うので、自己紹介をすることにした。
「私、部室にほとんど行かないので名前わかる人少ないと思います。笹本明香です。よろしくお願いします。」
「堂本日和です、よろしくお願いします!」
「笹本綾香です。料理サークルと兼部してます。よろしくお願いします。」
 綾香が挨拶をしたころで、今まで話していない先輩が、あれ、という顔をした。
「二人とも名字一緒なんだね、珍しいね。顔もそっくりだし、もしかして双子?」
 そうだと答えると、その先輩は、双子を初めて見たといい始めた。ひよちゃんが、意外と双子っていますよ、と話題を逸らそうとしてくれたけど、その先輩としては珍しかったのか、服をシェアするのか等々聞いてくる。
「あまりないですね、お互い好みも違いますし、同じにするのは限度がありますし。」
「えっ、でも双子って好みも似るっていうじゃん、違うと驚かれたりしない?二人とも顔もそっくりじゃん、似たような顔が目の前にいるのってどんな感じ?」
 質問には穏やかに答えていた綾香の顔も引きつってきた。最後の発言にはとくに。私たちがずっと周りからの目を気にしてきて、やっと自分らしくできるようになってきた矢先の発言だったから、苛立ってしまう。
 文句の一つでの言ってやろうと口を開きかけたとき、
「あっ、私、兄いるんですよ。よく似てるって言われるんですよね。先輩はご兄弟はいらっしゃるんですか?」
 ひよちゃんが、話をきって、兄弟の話にした。
「上に兄がいるよ。堂本さん、お兄さんいるんだ。」
「はい、先輩のお兄さんはどんな人ですか?体格とか似てるんですか?」
「まぁ、大体一緒かな、でも俺、結構外で色々やってるんだけど、あいつずっと家の中にこもってパソコンいじってんの。堂本さんのお兄さんは?」
「兄も大学生なんです。先輩、体格同じなんですね。服とかシェアするんですか?ご兄弟でも性格が似るってよく聞きます。性格が正反対だなぁって思ったんですけど、兄弟なのにって周りの人から驚かれません?」
 ここまで来たら全員、ひよちゃんが話題を変えた真意はわかってしまう。返答に困る先輩をよそにひよちゃんはいつもの穏やかな笑みを浮かべて、さらに質問を重ねていく。
「兄弟も、双子も似たようなものですよ。同じ両親から生まれたにすぎないんです。双子だらかって同じっておかしいじゃないですか。違って当たり前なんです。」
 ひよちゃんの、穏やかな声がとどめの一言を放った。質問攻めにあっていた先輩は引きつった笑顔を浮かべてるし、一年生は空気の居たたまれなさにスマホの画面を凝視している。
 綾香の方をみて苦笑いした。綾香も同じように苦笑いした。
 この空気どうしよう、そう思っていると幹事さんが、飲み物来たよ!、と声をあげ、リレー方式で飲み物が運ばれてくる。そこで何となく緊張感はなくなって、そのあと届いたお肉と野菜をひたすらに食べ続けることになったけど、ひよちゃんの言葉がずっと胸に残っていて、嬉しかった。自分たちじゃ、今までずっと言えなかったことを言ってくれて嬉しかった。


 月曜日、少しわくわくしながら学校へ行く。私は胸元くらいある髪を肩くらいまでバッサリ切った。綾香は、腕が疲れるといって、肩掛け鞄からリュックに変えた。
 別々の授業を受けるため、途中で分かれる。
 教室に入って、前方に筆箱とかを広げて手話の本を読んでいる萌乃に、おはようと声をかける。
 おはようと言いつつ、本から顔を上げた萌乃は少し驚いてから、ニッと笑った。
「らしくて良いんじゃない?」
 つられて、私も笑った。
 私たちは、ひどく似ていて、全然違う、いっそ対照的なほど、でもそれが当然、私たちが違うんだから。

Mirror Image:よく似ているが対称的なこと
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