「さ、さっき…、変な感じがしてっ……」

「変な感じ?」

密着した体を少しだけ離して、まとまらない頭で経緯を喋る。要領よく聞き取った恋人は苦い顔で頷いた。

「それ、祟りの一種かも」

「たっ……」

ただでさえ精神が崩壊しそうな時に、そんな脅しをかけられては自我が保てない。ぽろりと涙を溢した遥に、あ、と気づいた湊が慌ててフォローを入れた。

「ごめん、怖がらせるつもりじゃなくて――とりあえず、ここじゃまずいな。かといって…」

湊が何を悩んでいるのかは朧気ながら理解できる。既知の事実として別荘は友人の家族のもので、ベッドや浴室を始め、邸内にそういった行為の痕跡を残すわけにはいかない。しかし海水浴場のシャワー室は順番待ちで、車で安寧の地を探すとなれば友人たちにも相応の事情は話さねばなるまい。完全に八方塞がりだ。腹の中で燻る熱は、ただ吐き出せば済むようなものでもなかった。
煩悶する遥の腕を引いて、飲み物のボトルとタオルを携えた湊が力強く言い切った。

「大丈夫だから。俺が必ず何とかする。泣かないで、ついてきて」

ラッシュガードの裾をきっちり押さえて、よろよろと砂を蹴る。向かう先はあの洞窟――と思いきや、C型の岩肌を今度は陸側から回り込んでいく。

「ルシが昨日、飲み屋で話してただろ。この地域の雑な伝承」

相槌を打つことすらつらいだろうと、遥の表情を窺いながら一方的に湊はまくし立てる。

「実はあの続きを検索したんだ。今朝、ご飯作りながら片手間に。子供が増えて飢饉になったから腐ノ神様は同性愛を推奨して人口増加は収まった。でも今度は継ぎ手がいなくなって村は滅びかけ、その怒りを村人は腐ノ神にぶつけた。それからどうなったかというと、腐ノ神はある呪いを村の男たちにかけたんだ。産めよ増やせよってことで、同性でまぐわっても子供ができるような呪いを」

「子供…」

唖然とする遥に、湊はやや呆れた口調で続ける。

「生物学的に考えて、どこまで本当だか知らないけど。内容としては強制的に発情するよう仕向けて、別の男に子種を注いでもらえば解けるって話らしい。選ばれたのは腐ノ神お気に入りの美青年ばかりだったとか。低俗な要約をすると、中に出してもらって子供を作れば発情の呪いから解放されるってこと。遥が見た祠ってのはそのクソ神様――とか言うと俺までやられるな。そいつが祀られてたんじゃない? 気に入られちゃったんだよ、かわいいから」

今は慰めにも褒め言葉にも聞こえなかった。子種?妊娠?何をふざけたことを。猛烈な怒りが湧いてくるが、その余波であらぬ所まで熱を孕んでしまう。
ぐるりと陸側から洞窟の外側を回っていくと、岩肌と砂の接地面に小さな隙間があった。肥満でなければ大人でも四つん這いで潜れるだろう。湊は周囲を窺い、先に体を滑り込ませた。おいで、と手を伸ばされる。何とか這っていくと、壁を越した先は歪な形の狭い空間だった。上には青空、下には砂と草。周りは背の高い岩に囲まれ、海側には洞窟の出口と思しき穴も見える。

「さっき、貝を拾ってる時に立入禁止の場所を覗いたんだ。岩が崩れて内側からは外に出られなくなってるけど、先の方は明るかったしここに小さな穴があるのも見えた。ひょっとしたら浜辺の方から来られるんじゃないかと思って、夕方にでも誘うつもりだったんだ。ちょっとでも、二人きりになりたくて」

湊は手近な岩を転がして、くぐってきた入口をしっかりと塞いだ。これなら岩の壁をよじ登らない限りは誰も侵入できまい。洞窟側から微かに風が吹いてくる。遥をそちらの日陰に誘導して座らせ、もう大丈夫、というように湊は抱き締めた。

「全部、任せて」

頭が混乱しているせいだ。そんな言葉が憎たらしいほどに頼もしく聞こえるなんて。

***

あつくて、何も考えられない。
欲には溺れ、熱には浮かされる。息を止めたり吸ったり、忙しないにも程がある。
どうでもよかった。彼が自分だけを見据えて、愛を施してくれるならば。

「や………っ」

唇が腫れぼったくなるほど執拗に口づけられ、胡座をかいた彼の上に腰をひょいと乗せられる。首筋を何度も吸われながら、ラッシュガード越しに胸の尖りを探られて身悶えた。彼はジッパーを噛んで引き下ろし、露わになった乳首に迷わず舌を伸ばす。

「っひ、んぅ………っ」

器用な舌先で転がされ、彼の頭を抱き込むようにして耐える。甘噛みされるとびくりと背が撓り、舌が這うたびに熱っぽい吐息が漏れた。腹の奥はずくずくと疼き、ジッパーを下ろしきった手で下腹部を撫でられれば堪らない感覚が奥底から突き上げてくる。濡れた瞳を見つめて湊は微笑んだ。

「はやく、って顔してる」

意地の悪い台詞だが声色は充分に優しかった。が、膝丈の水着のウエストに手を差し込むなり湊は驚愕する。

「は!? なんでインナー着てないの!」

水着の下に付けるぴっちりとしたやつだ。防御力も上がり、かつ衛生的で、水着が脱げてしまっても安心、という優れもの。プイと遥はそっぽを向いた。

「あんなきついの履けるか」

常日頃から肌にフィットする衣類を避けている遥だ。湊から渡されたものの、足を通すのは絶対に嫌だった。しかし洗濯係の湊にバレては面倒なので、未使用ながら昨夜は洗濯機に放り込んでおいたわけだ。もちろん今は海鳴荘の部屋にある。

「もー! 確かにさっき遥がえっちなとこ見せつけてきた時に『あれ? ずいぶん膨らんでるな』とは思ったけど! いてっ!」

「うるさい!」

どうにかしてくれと恥を忍んで状態を知らせただけで、決して見せつけてなどいない。

「んんっ」

水着に潜り込んだ手のひらが、芯を持った中心をゆるゆると扱く。昂りを捏ね回すように五指であやされ、駆け抜けた快感に腰が引けそうになった。

「脱がすよ」

ゴムのウエストがずるりと腰を滑り、片脚から抜き去られる。真夏の太陽のもとに晒されたそこは体液で光り、刺激を欲するように揺れていた。口づけられ、にちにちと動く手に翻弄される。と、背中を抱えるように腰の位置を前方にずらされた。

「ふ、あぁ………っ」

唐突に尻の狭間を摩擦されて身悶える。洒落たロゴのインナーから飛び出したものでぬるぬると擦られ、襲いかかってきた飢餓感に思わず彼の背を強く打った。体の奥はただひたすらに、その熱が欲しいと訴えている。

「急かしてくれるのは嬉しいけど、ちょっと待ってて」

「んぁっ、あっ……!」

二人の体に挟まれたものをまとめて扱きながら、後ろに回った指が入口をそっとつついてきた。ぬめりをよく塗り込めてからつぷんと挿入され、腰を落とすようにして呑み込もうとする。

「焦らないの。ゆっくりね」

苦笑しつつぐるりと奥まで掻き回し、抜け出た指が倍になって隘路を押し広げてくる。久しぶりできついはずなのに、優しい指先がじわじわと境界を溶かしていく。与えられる快楽を体が思い出せばしめたもので、腹側の粘膜をわざとらしく撫でたり、健気に窄まる入口の縁を引っかけたり、弱いところをさりげなく責めればびくびくと腰が跳ねた。


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