「ん、んんっ……」

安心させるように何度も唇を重ね、ほぐれた場所に熱を押し付ける。

「ゆっくり腰下ろして」

うまく宛がわれたものめがけて遠慮がちに自重を乗せれば、濡れた音を立てて嵌まり込んでいく。収縮する筒をぞろりと撫で上げる感触に身震いして彼にしがみついた。

「んっ、あっ……」

疼く奥まで満たされると充足感に涙がこぼれる。腹底から熱した蜂蜜のような甘みが下肢に広がり、中心がじんじんと痺れた。
すっかり高ぶっているのに、欲したものが得られた今なら放てなくても、終わりがなくてもいいとすら思えてしまう。無論それは己に限っての話で、彼にはすべてを注いでもらわねばならない。そのためだけに、体内は浅ましく蠕動している。

「久しぶりだから、つらかったら言って」

粘膜の歓待に耐えかねてか、既につらそうな表情で湊が呟く。ゆるゆると下から突き上げられ、彼の耳に甘ったるい吐息を吹き込む。体勢的にそうせざるを得ないのと、煽った方が早く済むだろうという誰にともない言い訳とで、遥は目をつむった。陽光の真下で紡ぐ背徳を直視したくなかった。

「っは、ん……っ」

「あっつ……」

欲の滲んだ声が波の音に混じって生々しく響く。きつく合わさった肌はどちらも汗ばみ、深く繋がった場所は摩擦で焼き切れそうだ。座位では大して激しく動けないとわかっていても、体の位置を変えるために抜き出されるその一瞬を惜しんでしまう。――が、さすがにお預けが長かったので恋人も我慢の限界らしい。

「ごめん!」

ひと言叫ぶなり体をひっくり返され、柔らかな砂に膝を落とす格好で腰を鷲掴まれた。

「ぅ、あぁ……!」

背後から打ち付けられ、進路を塞ぐ前方の岩にすがりつく。表面の凹凸がラッシュガードの上から肌を擦り、胸の尖りが押し潰されると咥え込んだものをきゅっと締め付けた。

「! ん、ぅっ…ん……っ」

思わず手のひらで口許を覆う。岩壁の向こう側に違いないが、幼子と母親の朗らかな会話が耳に届いた。波音で掻き消えるだろうとの油断はできない。聞こえているのかいないのか、彼は余計なことを喋りながらお構いなしに腰を打ち込んでくる。

「ここ…、いつもより、すごく素直だよ。脚は日焼け止め、塗らなかったの? 膝、水着の下から日焼けがくっきりしてる。まぁ…俺の方がそうだろうけど」

言われてちらりと振り返れば、挿入の都合で彼の水着が僅かにウエストからずり落ちていた。引き締まった腹筋は焼けているが、下腹部から陰部までの肌はある程度の白さを保っており、明瞭な境界線が妙にいやらしく感じられる。
ついつい凝視していたせいか、彼はしたり顔で小突いてきた。

「遥のえっち」

「っ、別に見てな……っんぁ…!」

「ほら、集中して。早く欲しいでしょ?」

お前のせいだと詰りたいのを堪え、心とは裏腹にぬぷぬぷと沈み込む楔を抱き締める。久々に与えられた彼そのものに興奮している様を、知られたくなどなかったのに。
熱くて、気持ちよくて、満ち足りていて。自ら腰を突き出してねだるのも、全て忌まわしい呪いのせいにしなければ気が済まない。

「素直でかわいいよ」

憎たらしい褒め言葉もそこそこに、がくがくと腰を揺すられて腹の奥まで振動する。遥のものはろくに触れられないにも関わらず、持ち主の動きに合わせて砂に蜜を撒き散らした。

「後のことは考えなくていいから。心配しないで」

「んぁっ、も、それ、やぁ………っ」

浅く深く、弱点を繰り返しノックされる。優しく腹を撫でられると、内側がぞくぞくと期待に戦慄いた。

欲の種を搾り取ろうと収縮する粘膜へ、強かに熱を浴びせられた瞬間。無意識に腰をぐっと押し付けたまま、絶頂の高波に浚われていた。

***

小舟の上で月夜を揺蕩っていたはずの遥は、頬に打ち付ける雨ではっと目を覚ました。ゴオオ、と嵐を呼ぶ低い海鳴りに皮膚が粟立つ。
身を起こすと空はどっしりとした黒雲に覆われ、あれほど静謐だった海は今や荒れ狂う波々に乗っ取られていた。
暴風で小舟は激しく揺れ、反り立つ波の上を滑るようにしてついに転覆する。放り出された遥は、ひっくり返った小舟に無我夢中でしがみついた。その腕は――いや前足は白い毛に覆われ、先端の蹄は二つに割れていた。波のノイズが入った海面には紛れもなく羊の己が映し出されている。
そして、暗い海底でゆらゆらと蠢く巨大な女の影。髪を振り乱した化け物は、大きく裂けた口を開けて不気味に笑った。

『やめろ! 離せ!』

にょきにょきと伸ばされたイソギンチャクのような触手が羊の腹にまとわりつく。蹄で千切ろうにも小舟から前足を離すことはできず、後足でもがいても水の抵抗が大きいので短い足は容易に絡め取られてしまう。引っ張られたら海底まで一直線に沈んでゆくだろう。
触手がツノにも及ぼうとしたその時、漆黒の翼が頭上を旋回した。烏だ。
海面すれすれを勢いよく飛びながら、鋭いくちばしが触手をブツリと食い千切った。海底から耳をつんざくような悲鳴が振動と共に轟く。烏は尚も飛び回り、羊に絡んだ大小の触手を慈悲もなく噛み切り続けた。化け物は恐ろしい唸り声を上げて激痛に悶え、ついには羊の後ろ足に食い込んでいた触手もずるりと滑り落ちていく。
化け物もろとも海の奥底に消えゆくと、猛烈な時化がぴたりと止んだ。波は緩やかに鎮まり、雲間から徐々に日の光が差し込んでくる。
烏と協力して小舟を元に返し、濡れた体を引き揚げた時には穏やかな海がそこにあった。
ぐるっと周囲を円く飛んだ烏が、安全確認を済ませてひとつ鳴いた。小舟の舳先に留まり、黒い瞳をそっと遥に向けてくる。まっすぐで、慈愛に満ちた双眸を。

『ありがとう』

上擦った鳴き声で礼を告げると、烏はてちてちと甲板を進んで羊に身を添わせる。陽光をたっぷりと吸った黒い翼は温かく、一匹と一羽は爽やかな空を見上げたまま静かに寄り添っていた。

めでたしめでたし。
夢と気づいたところで目が覚める。

(まだ夕方か…?)

窓からは夏らしい暮れなずむ海が見え、ふあ、と欠伸を噛み殺す。日が長いだけで、時刻はとうに夜を迎えている。
陸側の車庫で物音がしたのち、玄関横の階段を恋人が軽快に上ってきた。佳奈子たちを今宵の酒処へ送り届けてきたのだろう。

「ただいま。お腹減った?」

湊は手持ちのコンビニ袋を掲げて微笑む。

「ご飯にしよっか」

――あの後。
暑さと疲れで瀕死の遥は海鳴荘まで車で搬送され、シャワーを浴びてからベッドでひたすらに眠り込んだ。
他の面々には熱中症なので休ませると説明したようで、佳奈子たちは帰宅するなり代わる代わるベッドを覗きに来てくれた。夕食の相談も兼ねたようだが、出掛けられるほど体力は回復していなかった。

『やっぱり外で食べるのはきつい? ごめんね、あたしたちだけでいいもの食べて。明日のお昼は遥ちゃんの食べたいものにしようね』

よって、湊と二人でコンビニ飯となったわけだ。これはこれで気を遣わなくていい。
二人きりならば広々としたダイニングに移動することもない。無精にもベッドに腰かけたまま、ナイトテーブルに大小のパックを並べる。

「あれ、置いといたのわかった?」

冷やし中華をずるずる啜り、咀嚼の合間に湊が割り箸で遥のベッドを示す。ベッドヘッドボードには充電中の遥のスマホと、見慣れない小瓶。遥は左手を伸ばして小瓶を掴む。

「昼間、拾ってたやつか」

浅瀬で潮干狩りに勤しんだ彼の唯一の成果、桜貝。遥はまだ人間の爪に見えて仕方ない。
ごま稲荷をひと口で放り込み、湊は力強く頷く。

「お守りにもなるんだよ。これできっと、さっきみたいな邪気は近づかないって」

魔除けにしても、神様を『魔』扱いしていいものか。まぁ散々な目に遭ったのだから許されるだろう。今夜はありがたく見守られるとしよう。
食べかけのとろろそばから目線を上げる。忙しなく食べ進める彼の黒髪が、時折空調で揺れていた。紫外線ダメージなど何のその、濡れ羽色は今日も健在だ。

小瓶の中でキラリと光る貝を一瞥して、心の中で笑う。そういえば烏は光り物が好きだった、と思い出して。


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