流水落花 | ナノ
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 コカゲは地区内の空き家に一人で暮らしている。
 族長らが父親の男に世話をするようにと命じたため、食事や身の回りの面倒は見ているとのことだが、実際に世話しているのは男の妻だ。

 班が解体になったトウリは、木ノ葉警務部隊へ転属になった。
 うちはの忍はアカデミーを卒業したあと、忍の基礎を学ぶため最初の数年は正規部隊に所属している。
 特別な理由がない限りは、中忍に昇格した者から徐々に、警務部隊へ移るのが定石であった。早い者は下忍になって数年も経たず、そのまま警務部隊へ入ることもある。
 中忍になったトウリが警務部隊へ移るには、まだわずかではあるが猶予は残されていたはずだった。周囲を見るに、あと一年ほどは正規部隊に籍を置いていられる――思っていた矢先に、班の解体直後に異動の通達が届いた。
 唐突の知らせを、メイロやケイセツ、キンセに伝える暇もなく、トウリは正規部隊から遠ざかることになった。
 予定より早い転属はトウリだけではない。トウリより遅くアカデミーを卒業し、まだ中忍に昇格していないうちはも、男女問わずほとんどが警務部隊に移ってきた。
――何故このような急を要した配置移動があったのか。トウリには答えがすぐに分かる。
 うちは一族が警務部隊へ移る慣習は、表向きは人材確保が目的であったが、警務部隊という箱に入れて、外部との縁を作らせぬ意味でもあった。
 血系限界を持つ一族は、大なり小なり婚姻相手を吟味する。一族の血や能力を引き継いで産まれる子を余所へ、間違っても里外へ連れて行かれぬよう、きちんと囲える相手でなければならないと考える者は珍しくなく、うちはにおいてはそういう者が大半だ。
 先日のコカゲの一件を重く受け止め、族長らは改めて締め直さねばならぬと考えたのだろう。うちはの考えそうなことだと、トウリはうんざりしながら、まだ慣れない警務部隊の本部に通っている。



 木ノ葉警務部隊は、その名の通り里の警務業務を引き受けている。
 忍や非戦闘員に限らず住人を取り締まり、日夜問わず里の治安維持に努めており、部隊に所属する証として徽章を忍服の腕に縫い付ける。
 トウリは主に内勤業務を担当している。用意された事務机の前に座り、日々届き積まれる書類を決まった手順通りに捌いていく。警邏で外に出られる日は週に二日あればいい方だった。
 幼い頃から、遊ぶ相手はおらずとも外に出るのが好きだったトウリにとって、混凝土の分厚い壁で建てられた箱の中、天井の照明で足された明るさは物足りない。
 何にも遮られることなく注ぐ日光を浴びたいが、そんな要望を口に出すことも憚られ、溜まる書類をなくすことだけを考えて作業を続けている。

「トウリ。今日は六時上がりだったよな」

 午前の警邏から戻ってきた、トウリより一つ年上の少年が声をかける。
 彼とは、同族として顔と名前は知っていたが、言葉を交わしたのは警務部隊に転属になってからだ。顔を合わせた初日から、暇を見つけてはよくトウリに話しかけてくる。

「そうだけど」
「なら、終わったら飯食いに行かないか。美味そうな店、見つけたんだ」

 恐らく警邏中に目に留めた飲食店があったのだろう。任務とはいえ里を出歩けることへの羨ましさと、なぜ自分を誘うのかという疑問で、すぐに返事はできない。

「トウリ? もしかして、予定が入ってるとか……」
「予定は、別に……」
「じゃあ行こう」
「……うん」

 断る理由も勇気もなく、言われるがままトウリは少年の誘いを受けた。少年は警邏の班の仲間の下へ行き、そのまま彼らと昼食を食べに再び外へ出る。
 本部の外へ続く戸が閉まって、思わずため息をつく。机を簡単に片付けて、弁当を持って休憩室へ入った。
 トウリは毎日母から弁当を持たされているので、店へ行って食べることはない。同じく弁当を持参した人たちと、日当たりがそう悪くない部屋で食べて、少し休んで、それからまた午後の仕事を始める。
 弁当はいらないと言おうと思ったことはあった。ただ、母が弁当を持たせる意図を察するに、無駄に終わると考えて言ったことはない。
 包みを解いて弁当の蓋を開けると、トウリの好物である甘辛い肉団子が入っている。これも毎日だ。
 せめて好物を詰めてやることで、窮屈な環境が少しでも和らげばという母の配慮だろうか。
 夫におもねる従順な妻だが、トウリは母の愛情に飢えたことはない。だから弁当を突っぱねることもできず、毎日食べて空にするしかなかった。



 終業の時間になり、トウリは荷物を持って席を立った。食事に行く約束した相手とは、本部の正面出入り口の近くで待ち合わせている。
 自宅へは『同僚と食事をして帰る』と、警務部隊の忍犬を借りて伝えている。職務外での忍犬の使用は規則違反だが、度が過ぎなければ処分が下ることはなく、私用禁止は形骸化している。
 少年は本部を出てすぐ脇の花壇に腰を下ろしており、トウリを見つけるとすぐに歩み寄り、向かって右を指差した。

「行こう。ここからちょっと歩くけど、いい?」

 行くと決まった以上、いまさら了解を取られても困るが無言で頷き、歩き出した少年の後ろについて続いた。
 少年はちらちらと振り返りトウリを見て、速度を落として隣に並ぶ。

「そういや、嫌いなもんとかある?」
「特には……」
「じゃあ好きなもんは?」
「甘いのとか……」

 少年の質問に、トウリは返し続けた。
 同じうちは一族で、互いに身元はそれなりに分かっている。彼が訊ねるのはそれ以外の、例えば警務部隊の前にいた班のことや、班での任務のこと。内勤の仕事はどんなものなのか、昼はいつもどうしているのかなど、トウリ個人に関することばかりだ。
 一応答え続けてはいるが、一方的に詮索される状況はただ気まずい。かといってトウリから少年へ訊ね返す気にもなれず、早く店に着いて腰を落ち着けたかった。
 陽が沈み、道はどこも電気の明かりを点している。里のほぼ中心部に当たるここは、賑わいも他の通りより活気があり、歩く人にぶつからぬよう気をつけなければならない。
 やっと着いた店は小奇麗な飲食店だった。里の雰囲気とはややずれて、周りから浮き上がって見える。
 格式高いというわけではないが、慣れぬ店に入るのは勇気がいる。少年が扉を開けて中へ入店してしまったので、諦めてついていった。
 店内は観葉植物があちこちに点在し、どこに目を向けても緑が飛び込んでくる。無垢材の机を配したテーブルは十を越えているのに、どこもほとんど埋まっていた。
 運よく、空いているテーブルを一つ見つけ、二人向かい合って座る。四人掛けの席だったので、トウリは出入り口が見える席に余裕を持って背を預けた。少年に手渡されたメニュー表には、見慣れぬ単語がいくつかある。
 味の想像がしやすそうなものを選んでいると、店の戸が開いて新たな客が入店するのが視界の端に見えた。男性のあとについて現れたのはシスイだった。

「シスイ!」

 名を呼ぶと、トウリの声に気づいたシスイがこちらを見た。目が合い、シスイはゆるく微笑んで手を上げ、トウリの席へと歩み寄る。

「久しぶりだな。元気だったか?」
「うん。シスイも元気? 怪我とかしてない?」
「ああ、何ともない」

 シスイの体には包帯や手当てのあとは見当たらない。シスイの無事を知れて、トウリはほうっと息をついた。

「シスイ、どこも空いてないみたいだ。今日はやめとこう」

 連れ立って入店した男性がシスイに声をかける。木ノ葉のベストを羽織り、眼鏡をかけた男性はシスイより年上のようだが、小柄なのか、身長はシスイとあまり変わらない。

「今日は、って。本番は明日なんでしょ?」
「そうだけど……座れないなら仕方ない。時間もないしな」

 ここでの食事を諦めるつもりの男性にシスイがそう言ったが、男性は腰につけた時計を確認し、待つことはできないと告げる。

「よかったら、ここ――あっ……えっと、あの……」

 四人掛けの席はあと二人分空いている。困っているならと相席を持ちかける途中で、自分一人ではなかったことに気づく。
 向かいの少年に目を向けると、明らかに戸惑った表情を返された。同席している者がいるのに、勝手に相席を許可することはできない。
 シスイもそのことに気づいたらしく、少年へと目をやる。長い睫毛の先端と視線が向けられると、少年はグッと口を閉じ見つめ返した。
 共に同じうちは。同世代で際立って優秀なシスイの顔を知らぬわけもなく、年上への敬意を払ってか座ったまま会釈する。

「いいか?」

 快活に微笑み、シスイはテーブルを指差し、相席の了解を取る。

「あ、はい」

 呆けたように少年が受け入れたことを確認したあと、シスイは男性にこちらへ来いと呼び寄せ、そのままトウリの隣に座った。
 男性は残りの空いている一席、端へとずれた少年の隣に腰を下ろす。

「悪いな、デートの邪魔しちゃって」
「デート……?」
「あれ? 違うのか?」
「いえ。ご飯を食べに来ただけで……」

 座って開口一番に男性がトウリや少年に謝った。トウリにしてみれば、デートのつもりは一切ない。いい店があるからと誘われたから共に食事に来ただけ。それだけだった。

「あー……そうか。うん。いや、本当、すまない」
「そんなことより早く頼まないと。トウリは何を注文したんだ?」

 苦笑する男性に反し、シスイはトウリの知る彼らしく、トウリの持つメニュー表を覗いて明るく問う。まだ決めていないと返すと、これがよさそうだ、あれは何だと、一つのメニュー表を隅から隅まで眺めた。
 四人全員が注文を終えたところで、各々の品が運ばれるまでの空白の時間に、シスイが先ほど言っていた『本番』とはどういう意味なのかトウリが問うと、シスイではなく男性が答えた。
 男性曰く、明日は意中の女性とこの店で食事をするつもりで、下見に一人で行くのは心許なく、シスイに頼んでついてきてもらったらしい。

「そうだったんですか。頑張ってください」
「ああ、ありがとう。そうだ。よかったら女の子の意見をくれないか」

 食事を終えるまでの間、男性はトウリに『女子と話すにはどんな話題がいいか』『女子は男にどんなメニューを頼んでほしいのか』などと何度も訊ねる。
 今日はやけに質問責めの日だなと思いながらも、可能な範囲で、トウリの答えを返していった。

「美味しい大福を売っている店があるんだが、つぶあんとこしあんはどっちを選ぶべきだと思う?」
「美味しいならどちらでもいいんじゃないですか?」
「いや、失敗は許されないんだ」

 眼鏡のレンズ越しに真剣な顔つきで男性が言うが、大福の中身の重大さがいまいちトウリには理解できない。

「トウリはつぶあんだろ」
「うん。シスイはこしあんだよね」
「つぶあんも美味いけどさ、舌に乗せた感じはこしあんの方がいいんだよなぁ」

 互いの好みを覚えていること、昔から違わぬことに、トウリの口元は笑みの形を作る。

「その人の好みが分からないなら、二つ買ったらいいんじゃないですか?」

 第三の答えを返したトウリに、男性が「そうだな」と力強く頷く。その会話の直後に盆が運ばれ、四人はそれぞれ食事を始めた。



 全員が食べ終わり、会計はこの場で最年長の男性が支払った。相席への礼と、トウリへの相談料だといい、店の前で別れた。
 明日の武運を祈りつつ見送ってから、トウリたちは三人揃って帰宅の途につく。
 帰る場所は皆同じ。わざわざ分かれる理由もなく、トウリを真ん中にして、店に入る前より深くなった夜の里を進んでいく。
 道中、会話といえば、トウリとシスイの二人が主に口を開いていた。
 シスイがトウリに話を振り、トウリが返す。
 その逆もあり、たまにシスイが少年にも話しかけると、少年はいきなり話を振られた動揺を隠せないまま、つっかえながら返した。
 うちは地区の門を通って中へ入ると、シスイが足を止める。

「トウリ。もう遅いし家まで送る。おばさんも祖父さんたちも、一人で帰ってくるのは心配だろうから」
「いいの? ありがとう」

 夜であってもうちは地区はトウリにとって気楽に歩ける場所であり、これまでも任務で遅くなり、夜中に一人で帰ることはよくあった。
 けれどシスイの申し出は、少しでも共に居られる時間が長くなると純粋に嬉しく、素直に甘えることにした。

「じゃ。気をつけてな」

 シスイが少年に声をかける。少年の家は東の方にあるので、トウリの家とは反対の道を行く。

「さようなら。また明日」
「……ああ。また」

 手を振ると少年も手を振り、踵を返して歩いていく。トウリたちも、トウリの自宅へと爪先を向け、並んで進んだ。
 夕飯も済んで、早い者ならば床に就いている時間。
 夜の帳が落ちた道はしんと静まり、外灯の明かりには虫が集まっている。

「あの人、明日うまくいくといいね」

 店の前で別れた男性の、明日のことを祈った。初めて会った相手だが、質問に答える形で彼に協力したトウリとしては、真剣な顔で大福の中身を問うほどに相手との縁を繋げたいと思う男性の熱意を応援したくなった。
 話しかけたつもりだったが、隣からは相槌すらも返ってこない。

「シスイ?」

 不思議に思って隣を向くと、随分と高い位置にシスイの顎先があった。
 背丈はこんなにも高かっただろうか。広く開いた縦襟の中心に通る首の筋がやけに目につく。
 ハッと気づいたように、シスイはトウリの方を向いて「なんだ?」と問う。聞こえていなかったのならば、と思い、トウリはやんわり首を振った。
 互いの足音だけが響くこと数秒。

「警務部隊はどうだ?」

 沈黙を断つようなシスイの問いに、

「ほとんど内勤だから、できればもっと外に出たいかな」

トウリは飾らない本音で答えた。
 内勤といっても、業務内容は雑用とほぼ変わらない。主だった仕事はトウリの母世代の女性や男性が担当しており、トウリたちはいずれその業務を引き継ぐ予定だが、間にもう一世代の層がある。
 当面、トウリたちは、さして重要ではない、けれどそれなりに手間と時間のかかる仕事を消化していく日々で、やりがいだの面白みなどは一切ない。

「無理だって分かってるけどね」

 何のために警務部隊へ転属になったか考えれば、警邏にほぼ出られないのは仕方ないことだと分かっていると、トウリは苦笑する。
 血が外に漏れぬよう内で囲うために、予定を早めてトウリたちを警務部隊に押し込めた。特に、今のうちはは女性が少ないため、女が余所の男と顔を合わせる機会は極力減らさなければならない。

「でもそのうち、警邏の回数も増えると思うから」

 どうにもならぬ状況は心得ている。いらぬ心配をかけぬよう付け足すと、シスイは意を汲んだのか微笑みを送ることで相槌を打った。

「そういえば、トウリの同じ班だった……えーと……」
「……コカゲのこと?」

 言いよどむシスイに訊ね返すと、神妙な面持ちで頷く。
 コカゲのことも、コカゲとトウリの関係のことも、知らぬうちははいない。

「会わなきゃいけないと思うんだけど、会うのが怖いの」

 最後に見たコカゲは泣いていた。自身の不遇と、うちはからの拒絶に。
 トウリは背中を預け合った仲間なのに、コカゲに会っても何と言葉をかければいいか迷い、家を訪ねるどころか、近づくことも避けている。

「コカゲね。少し前に、私に訊いたんだ。『うちはとして生まれて育つのはどんな気分なのか』って」

 安宿の一室でのことを振り返る。
 あのときコカゲはどんな気持ちでトウリに訊ねたのだろうか。
 自分がもし、最初からうちはの子として生きていたらと想像したのか。
 それとも、いつかうちはへ来る先を考えて、その前に知っておきたかったのか。
 いくら考えても分かる術はない。

「なんて答えたんだ?」
「……縛られるのが苦しいときもあるけど、誇りある一族だって返した。苦しいのは本当で、だけどシスイみたいな立派な人もいるから、そう思って」

 うちはである身は、どうしても息苦しさを覚えてしまう。定期的に開かれる会合。父の言いつけ。他族からの視線。
 けれど、うちはには里との穏やかな共存を望むシスイがいる。
 次代を継ぐイタチも、一族という枠に固執することを憂いている。
 二人はうちはの未来を明るくしてくれる存在だと、トウリは信じている。

「オレは立派なんかじゃないけどな」
「そんなことないよ。みんながシスイみたいに考えてくれたらいいのにって、いつも思うもの」
「そう言ってくれるのは有難いけどさ。オレって心狭かったんだなぁって、なんか思い知らされたし……」

 普段はピンと伸びたシスイの背が、今夜はいつもより猫背だ。

「オレより、イタチの方が何倍も立派な奴だぜ」

 イタチの名を出され、トウリは曖昧に微笑み返した。彼の名がシスイの口から放たれるとどういう顔をしていいか、トウリにはまだ決めかねている。

「イタチのこと、嫌いか?」
「そうじゃない。そうじゃないの。ただ……イタチは私よりずっと優秀だし、フガク様の子どもで、立派すぎて……」

 トウリの心を読んだのか、シスイが静かに問う。トウリは慌てて嫌いではないと否定はしたが、続いて吐露するのは勝手に感じている引け目で、情けなさに自然と声は小さなものになる。

「たしかにあいつは、あの歳にしてその辺の中忍や、もしかしたら上忍ですら敵わないほどの才能を持ってる」

 道の前方の外灯がちかちかと点滅している。信号のような光の鼓動を通り過ぎて、角を曲がった。

「でもさ。あいつも案外、可愛いところあるんだぜ」

 言われて、イタチの可愛いところを想像してみる。
 幼いながらも顔立ちははっきりと整っていて、後ろで一つにまとめた髪も長く、変声期前の澄んだ声が揃うと、少女のように見えなくもない。
 ただ、目頭から斜め下へと走る窪みは、どこか険しい印象を与え、『可愛らしい』というイメージは、やはりしっくりとこなかった。

「トウリのタイミングでいいから、イタチをもっと知ってやってくれ」

 笑うシスイにも、イタチと同じ、目頭からの窪みがある。
 一体いつからだろう。ずっと昔からシスイを知っていたつもりだったのに、シスイの伸びた背丈にも、顔つきの変化にも、トウリはちっとも気づいていなかった。

「シスイ、イタチのお兄さんみたい」

 出会った頃からシスイは面倒見が良く、トウリ自身も兄のように慕っている。自分にそうしてくれたように、イタチも放っておけないのだろうと、トウリは解釈した。

「イタチのこと、理解してくれる奴が一人でもいいから増えてほしいんだ。あいつは聡い。聡いから、たくさん抱えてしまってる。族長の息子という立場もあるし、思うように振る舞えなくて、もがいてるんだ」

 会合に初めて現れたイタチの姿を思い出す。わずかな蝋燭の明かりの中でも凛と浮かび上がるほどに堂々と立ち、視線という矛の穂先を数多向けられても、臆する様子は一切なかった。
 あのイタチが。小さな体で、あんなにも毅然と立つことができるイタチが。
 トウリからすれば、身の丈以上の賢さの苦労など思いつけはしなかったが、他はトウリにも少し覚えがある。
 自分たち子どもは、意思を持つ個であるのに、個を殺し親の意に従い“うちは”であらねばならない。
 考えると、父が在宅しているだろう家への足取りが急に重たくなった。

「あいつさ。甘い物が好きなんだぜ」

 意外だろ、とどこか得意気に言ったシスイに、トウリは驚いた。そしてすぐに、イタチと自分との意外な共通点に、もしかしたら仲良くなれるのかもしれないと、淡い期待に胸が弾んだ。



13 赤く咲いた

20201027
(Privatter@20201019)


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