最果てまでワルツ | ナノ
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 数日ほどの里外での任務を終え、帰ってきたのはお昼前。報告を済ませ、部屋に帰り休息を取った次の日である今日は、待機命令が出ていたので待機所へと向かった。
 自室でしっかり睡眠を得られても、数日間の疲労は完全には解消されない。暇つぶしの読書をしようにも、文章が頭に入ってこなかった。
 一旦本を閉じ、待機所の椅子に身を預け目を閉じていたら、

「サホ! おいサホ!」

と呼びかける野太い声が鼓膜を殴り、がっしりとした手がわたしの両肩を掴んでぐらぐら揺らすので、喉から小さな悲鳴を上げてしまった。

「なっ、なっ……」
「サホ! こんなところで寝ていると風邪を引くぞ!」
「寝てない! 寝てなかったし、風邪引くどころか心臓が止まるかと思った……」

 目を開ければ濃く太い眉毛と、獣のように爛々と輝く目を縁取る量の多い睫毛。大きな声、急な揺れ、そしてこの顔が目に飛び込むと、心臓はけたたましい音を立てて、全身はじわりと汗が噴き出す。

「死ぬんじゃないぞ! 今夜は焼肉を食べるんだからな!」
「焼肉? 今夜?」

 ガイはまだまともに呼吸も整っていないわたしを置いて、勝手に話を進めていく。

「知り合いから食事券をもらっていたんだが、期限が今日までだと今朝気づいたんだ」

 ガイは腰につけているポーチから紙を一枚取り出した。焼肉店のロゴが印字され、なんと『一千両分お食事券』と書かれている。

「へえ、一千両分。それは使わないともったいないね」
「だろう? 足が出た分もオレが支払ってやるから、大船に乗ったつもりで来い」
「え? いいの?」

 てっきり一千両分以上の支払いは割り勘か、もしくはわたしが払うものだと思っていた。一千両分のお食事券は元はガイのものだし、わたしはそれにあやかって通常より安く食べられたのだから、そういうものだろうと。

「なんか裏がありそう……」

 ガイは親切な奴だけど、それにしても全額奢りなんて、何か企んでいるのではと疑ってしまう。どこかいつもと違う部分はないだろうかと、上から下まで一通り眺めてみたものの、日頃と変わりなく緑色が眩しいだけだ。

「う、うううう裏なんてあるわけないだろう!」
「うわ、怪しい」
「ととと、とにかく! 今夜は空けておけよ!」

 言いたいだけ言って、ガイはドカドカと足音を立てて上忍待機所を出て行った。忍者にあるまじき足取りだ。
 今から出て行くなんて、これから任務だろうか。もうそろそろで昼になるというのに、これから任務に行って、夜に帰って来られるのだろうか。
 まあいいか。奢ってくれるなら。ガイに驚いたおかげで、眠気はふっ飛んで頭も妙に冴えた。止めていた読書の続きをと、閉じていた本を再び開く。



 あのあとすぐに呼び出しを受け、特上のシイナさんの封印術に関する資料作りの補助をし、待機命令が解除される頃に終わった。そのまま受付所に顔を出し、今後の予定を確認すると、『マイト・ガイ上忍から伝言です』と付箋を一つ受け取った。

『19時半に焼肉屋の前に集合!』

 眉毛によく似た極太な字で綴られており、字には人間性が如実に表れるものだと感心に似た気持ちを覚えた。
 まだ少し時間があったので、本屋や服屋を覗いて時間を潰し、そろそろと言った頃合いに店を出て、焼肉屋を目指す。
 辺りはすっかり暗くなったけれど、まだ夜は始まったばかり。行き交う人は多く、子ども連れも珍しくはなかった。
 通りに面した店先から香る、食欲をそそる匂いに胃が刺激される。何の肉を注文しようか。ガイは結構食べる方だし、値段を考えて頼まないと一千両分は簡単に超えてしまいそうだ。
 着いた店先には、引き戸の前に暖簾がかかっていて、明かりのついた電光看板のみがわたしを待っていた。

「まだかな」

 19時半にはまだ少し時間はある。伝言の付箋には『焼肉屋の前』とも書いてあったので、出入りの邪魔にならないところに立ってガイを待つことにした。
 この辺は食事処や居酒屋が多い。かなり狭い店も多く、戸越しに騒ぐ客たちの声も響いている。まだ19時半前だと言うのに、すでにできあがっていて上機嫌な様子に、楽しそうでいいなというありきたりなことを考えた。

「サホ! 待たせたな!」
「あ、ガイ――」

 声をかけられたので、そちらに顔を向け待ち人の名を呼んだけれど、一人ではなく、誰かを引き連れていたことに気づいて喉が締まる。黒々とした艶を持つ髪質のガイと違い、もう一人は白く輝く銀で、やわく逆立っている。左目を隠す斜めにずらした額当て。見えている右目は、ガイに物言いたげな視線を送っている。

「ガイ……」
「さあ、入ろう! なに心配するな、バッチリ予約してるからな!」
「いや、そこは心配してないけど……」

 白い歯を見せつけるように笑い、親指を立てて、ガイは引き戸を開けるとさっさと中へ入る。「いらっしゃいませー」という店員の迎えの言葉に、「三名で予約したマイト・ガイだ!」と元気よく返しつつ、わたしとカカシを置いていった。

「『裏なんてあるわけない』って言ってたくせに……」
「騙されたね」

 ただの予想ではあるけれど、恐らくカカシも騙されたに違いない。ガイに送っていた視線の意味は、わたしと似たような言い分だったろう。
 でもそういえば、ガイは『二人で』とは言っていなかった。もちろん他にも誘っているとは言ってもいなかったけれど、『二人で』というのは確定ではなかったのだから、ガイが誰を連れて来ても文句は言えない。たとえカカシだろうと。

「……行こう。ガイが激辛カルビとか頼む前に」

 少し離れた位置に立つカカシに呼びかけると、カカシは一度こちらに目を合わせたあと「だね」とため息交じりで返した。

 通された部屋は四、五人程度が座れるほどの広さで、廊下側の障子戸を閉じれば個室になる。中央に網が配置された、重厚感のあるテーブル挟んで片側の席のど真ん中に、ガイがどっしりと腰を下ろしている。

「座れ座れ! 飯は白米と玄米があるが、二人はどっちが好みだ? 味噌汁は、オレは赤が好きだ。情熱の赤だからな!」

 空いている片側に二人で座れと促すガイに、わたしたちはしばし無言でその席に視線を送ったあと、先に観念したらしいカカシが奥の方へと座ったので、わたしは廊下側の方に着席し、ガイから渡されたメニュー表を受け取った。
 メニューはコースメニューと単品メニューに分かれている。ご飯や味噌汁がついている三名様コースを頼んで、それから各々好きな物を単品で頼もうということになった。

「ガイ、今日は奢ってくれるんだっけ?」
「おう。男に二言はない!」

 念のため確認すると、ガイは何とも頼もしい言葉を返してくれた。わたしは一通りメニュー表を眺めたあと、きらびやかで豪奢なデザインが施されたページを開いて、一皿二百両と書かれた品を指差した。

「じゃあ、この一番高いのを二皿」
「むっ!?」
「ならオレは、この二番目に高いのを三皿」
「ぬぉっ!?」
「これなに? こんなに少なくて百二十両もするけど。おいしいの?」
「さあ。食べたら分かるんじゃない?」
「お、おいお前たち」
「じゃ、これも」
「あとこっちも」

 隣のカカシとメニュー表を共有しながら、肉の部位だとか種類だとか気にせず、ひたすら値段だけをチェックして、二人して高いものをどんどんと挙げていく。恐らく今の時点で、コース料金を含め、お食事券の一千両分など優に超えているだろう。

「ちょ、ちょっと待て! 食べ放題じゃないんだぞ!」

 そんなことは知っている。きっとわたしとカカシは、声には出さずとも同じことを思った。



 高い肉は高いだけあって美味しい。そんな当然のことを確認できた幸せを文字通り噛み締めつつ、お腹は満たされた。
 高い物ばかりを頼もうとするのを何とかやめさせようとしていたガイは、カカシの「男に二言はないんでしょ?」の言葉には黙るしかなかった。
 最終的には、自棄になったのか肉の美味しさに逆らえなかったのか、ガイも「うまい」を連呼して笑顔だったし、食べる際にマスクを外すところを見てやろうと観察していたカカシも、わたしが目を離した一瞬を狙って食べ続け、皿は全て空になった。
 会計をして店を出ようとすると、わたしたちと同じタイミングで出て行く他の客で、会計待ちの列ができていた。

「これは待つな」
「わたし、今のうちにお手洗いに行ってくるね」

 わたしたちの会計までまだ時間があるので、化粧室に入り用を済ませ、会計待ちの列に並んでいるガイの下に戻ると、カカシの姿がなかった。

「あれ? カカシは?」
「邪魔になるからと、先に外へ出たぞ」

 会計待ちのため、似たような理由で通路や入り口付近は人が多い。割り勘希望の客も居るらしい。わたしたちはガイが支払ってくれるので、この場に残る必要はないから外で待つ方がいいだろう。

「そうだサホ。これを貰った。サービスの飴だ」

 ガイが差し出したものを受け取る。透明な袋で包装された、白い飴。焼肉店など、味の濃い飲食店がよく配っている、薄荷味の飴だろう。手に乗ったのは、それが二個。

「さっき貰ったから、カカシは受け取ってないんだ。渡してやってくれ」

 え。思わずガイを見たら、「オレは会計の順番を待たねばならない」と事もなげに返された。それなら支払いが終わったあとにでも渡せばいいのでは、と不満が口をついて出そうになったのをグッと堪える。隣で並んで焼肉を食べたくせに、ここでカカシを避けるのもバカらしいというか、気にしすぎだと我ながら思う。
 これくらい大したことではないと自身に言い聞かせつつ、店の引き戸を開けて外に出た。入店してから一時間以上は経っている。さすがに子どもの姿は見かけないけれど、道を歩く人はまだ多い。
 カカシは店のすぐ隣の、他所の店との間にある細い路地に身を寄せていた。煌々と光る飲食店の明かりや、規則正しく並ぶ街灯の明かりから隠れるようにではあったけれど、その銀の髪はどうやっても目立つ。この目立つ頭で暗部をやれているなんて、他人事ながらすごいと思う。
 歩み寄るわたしに気づいたカカシは、左手で広げていた本から視線を上げた。暗くて本の表紙やタイトルは分からないけれど、雑誌の類ではなさそうだ。

「ガイは?」
「まだ順番待ち」

 問われたので答えると、カカシは本をポーチに仕舞いながら「ふうん」と、抑揚のない相槌を打った。

「はい」

 さっさと渡してしまおうと、ガイがわたしにしてみせたように、袋に入った飴をカカシに差し出した。カカシはポケットに入れていた右手でわたしから受け取る。長い指の先が、食事をしたあとで素手のままだったわたしの手のひらをかすめるように触れた。自分ではない者の体温にドキッとしたけれど、こんなの何でもないと平素を装った。

「なに?」
「飴。お店がサービスで渡してるって」

 袋を摘まんで眺めるカカシに返すと、カカシは飴を見つめる右目を細め、黙った。
 何となく間が持たないというか、手持無沙汰なのもあって、袋を破って白い飴を口の中へと放り込む。舌に乗ると、途端に爽やかな香りが口から鼻へと抜けていく。甘いけど、甘くない。苦いようで、苦くない。とにかく涼やかな薄荷は、焼肉を食べたあとにはさらに心地よく感じられる。

「サホ、この飴好き?」

 薄荷の飴に目を向けたまま、カカシがまた問う。

「好き……かな。甘ったるくなくて、頭がスッキリするし」

 薄荷の飴は好みがかなり分かれる。飴なのにツンとするのが苦手だと、うちの兄も言っていた。わたしは『好き』か『嫌い』かで考えれば、薄荷の飴は好きな方だ。特別大好きというわけじゃないけれど、好きには違いない。

「そう」

 きちんと答えたつもりなのに、カカシの返事はまるで興味がないような、温度のない声色だった。訊いておいてその返事はなんだ、と考えはしたものの、薄荷の飴をじっと見続ける姿に対し、別の考えが湧いた。

「カカシは嫌いなの?」

 見続けるだけで食べようとする様子もない。もしかして、受け取ったはいいものの、食べる気がしないのではないだろうか。だからわたしに『この飴が好きか?』と問うたのではないだろうか。
 嫌いなら、わたしが貰ったっていい。食べない物を持ち帰って結局捨てるより、食べる相手にあげる方がカカシにも飴にもいいと思う。

「いいや。好きだよ」

 手を結んで、白い飴をそっと包むカカシの仕草が、まるでわたしの考えを察して、取られないようにと閉じ込めたように見えた。自身の手で隠されて見えない飴に、視線は相変わらず注がれている。
 好きだと言うなら、貰おうかとは言えない。そうなると、他に言えそうなこともなくて、わたしは飴を転がすためだけに口を動かし続けた。

「寄るところあるから、先に帰るよ。ガイによろしく言っといて」

 次の予定のため、カカシは先にお暇すると言う。もう夜なのに、まだ予定が詰まっているなんて、と驚いたけれど、夜中からの任務なんて職業柄おかしくも珍しくもない。
 「じゃ」と言って、カカシはわたしに背を向けて通りを歩きだした。背の高い銀の頭が遠ざかる。

「……じゃあね」

 見送りの言葉をかけると、カカシに届いたのかはっきりとはしなかったけれど、右手が上がって軽く左右に振れた。
 カカシの背が人の波にのまれて消えた頃、ようやく会計が済んだのか店内からガイが出てきた。きょろきょろと周囲を見回し、わたしと目が合うとこちらへと歩み寄ってくる。

「カカシは?」
「用事があるからって、先に帰ったよ。ガイによろしくって」

 言われた通り伝えると、ガイは少し険しい顔をした。

「ムッ、カカシの奴……。これから腹ごなしに、三人でサバイバルマラソンでもしようかと思っていたんだが」
「やらない。絶対やらない。腹ごなしになるどころか、せっかく食べたのに吐いちゃうよ」

 明らかに数センチ増えているウエストを思うと、マラソンなんてやったらとんでもないことになる。ガイやカカシはできるのかもしれないけれど、わたしは間違いなく無理なので御免願いたい。

「わたしも、明日早いから帰るね」
「……そうか」

 明日は早朝から任務が入っているので、マラソンなんてせずに自宅へ帰り、サッとシャワーを浴びて早く布団に入りたい。思って、そうガイに言うと、ガクンと肩を落として見せた。

「ちょっと……ガイってばそんなに寂しがり屋だったっけ?」

 落胆するガイはあまり見たことがない。沈んだ気持ちをバネにしていく男だ。意外な一面だなと思ったけれど、よく考えれば食べるだけ食べ、奢ってもらい、終わったら即解散という姿勢は、ガイにも悪い気がしてきた。

「そうではない! ただ……ただ、カカシとサホと、三人で同じ釜の飯を食うなんて久しぶりだったから、つい……な」

 どうやらガイが気にしているのは、わたしたちがさっさと帰ることというより、わたしたち三人がそれなりに親しく過ごしていた時間を思い出してのことだったようだ。リンが死んでしまうまで、よく三人で集まって修業をしたし、その流れでご飯を食べに行ったことは何度もある。

「ガイ……そんなこと言ったら、あのお店でご飯食べた人たち、みんなそうだよ」
「そうだな……いや、言葉の綾だろう! ならば、ふむ。『同じ網の上で焼かれた肉を食べた』でどうだ?」
「どちらかと言えばそっちが正しいね」

 わたしのどうでもいい指摘にも、ガイは全力で答え、考えてくれる。気のいい奴だ。だからガイは嫌いになれないし、ガイの真っ直ぐさが羨ましくなる。

「わたしとカカシのこと、心配してる?」
「当たり前だろう。オレだけじゃない。同期の皆も、お前たち二人が元の仲に戻ってくれたらと、口に出しはしないが願っているさ」

 そうだよね。みんな、もう子どもじゃないから、わたしにああしろこうしろと言ったりはしない。わたしとカカシの関係を見守ってくれていて、カカシに対して自分勝手なわたしに愛想を尽かしたりせずに傍に居てくれる。

「ごめん。心配かけて」

 ガイだけじゃなくて、紅や、アスマたちみんなに、余計な気を揉ませて振り回している。わたしは周囲の人に恵まれている。

「気にするな。熱い青春を共にし過ごした仲だろう」

 両手を腰に当て、ガイは力強く返してくれた。熱い青春と言えるほどではないけれど、わたしがガイやカカシと過ごした時間は確かに青春の一つの思い出だ。

 だけどわたしはやっぱり、オビトやリンのことを忘れられない。

 カカシと向き合おうとするたびに、どうしてもまだ引っかかってしまう。『オビトから目を貰ったカカシ』や、『リンを死なせてしまったカカシ』というフィルターは決して外れず、『はたけカカシ』という、ただ個人を見ることができない。
 でも前よりはずっと、カカシをカカシとして捉えることは多くなった。オビトの目に無性に会いたくなることも、最近はあまりない。カカシ曰く、わたしがオビトの目を見せて欲しがるのは、わたしに何かがあったときだと言うから、気持ちが安定しているということだろうか。

「また一緒に食べに行こう」
「……そうだね。ガイのおごりで」
「待て待て! こういうのは持ち回りするものだ! 次はサホかカカシが払うんだぞ!」
「はいはい」

 『次は』というガイの言葉に、背中を押される気分がした。

「ガイ、ありがとう」

 騙し討ちみたいなものだったとはいえ、ガイなりに考えて、今日のような時間を作ってくれたのは事実であり、感謝の念もある。一千両分のお食事券だって、本当は貰い物じゃないのかもしれない。わたしたちのためにと、身銭を切ってくれたのだから、カカシの分までお礼を伝える必要がある。
 ガイは白い歯を見せながら、親指を立てて「ナイスガイだからな!」と太い声で言うので、通りを歩く人の目をいくつも引きつけた。
 ガイは昔っからガイだ。不変で居てくれるガイに、ひどく安心した。

 『次は』と言うが、一体いつになるだろう。今回はたまたま、わたしは予定がなかったし、ガイもカカシも時間があった。だけど三人とも上忍で、カカシは暗部だから所属も違う。誰かが意思を持ってセッティングしなければ、集まるのはそう簡単ではない。
 ただ、『次』があるのは悪くないと思う。高い物から好き勝手に注文するのは楽しかったし、あのときはカカシとの間にあった溝みたいなものもなくなって、昔の、肩を並べていた頃のように、一瞬の間だけど戻れていた気がする。隣に座るなんて、壁一つ隔てた隣の部屋よりもずっと近いのに、互いが部屋に居るときよりずっと気が楽だった。
 歩み寄るためにも、わたしが発案でカカシを誘ってみようか――と思いはするものの、恐らくそれはまだ先の話だろう。そのときには何を食べにいこうか。カカシが好きなものは何だろうか。
 夜空を見上げながら口の中で転がす薄荷は、ほのかに甘くツンと香る。男の子みたいだと思って浮かべた顔は、青空の下でさんさんに輝く憧れた太陽ではなく、共に夕暮れを見送った星が静かに冴える宵に似ていた。



46 [][かれ]の香り

20181118


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