お館様、あの子を俺様にください

ある晴れた日のこと、京から越後へ向かう途中であった風来坊 前田慶次は、奈月の様子を見にふらりと上田に立ち寄った。しかし、当の本人は甲斐の武田信玄の元へ出かけているという。何か面白そうな匂いがする、と慶次は甲斐へと進路を変えたのだった。


「ぶあっかもおおおおおおんっっ」

慶次が馬を飛ばして甲斐の躑躅ヶ崎館にやってくると、信玄の怒号と共に爆発音が辺りに響いた。顔馴染みの将に馬を預けて声のする方へ向かうと、縁側に仁王立ちする信玄とその背後でオロオロしている幸村がいた。てっきりまた信玄と幸村が例の殴り合いをしているのかと思いきや、どうやら違うらしい。それでは誰が殴られたのかと庭で煙が上がっているのを見ると、そこには迷彩柄の忍装束を纏った男。どうやら佐助が信玄に殴られて吹っ飛ばされたらしい。こりゃまた珍しいなと思いつつひと声かけ幸村の傍へ行くと、彼の背後の部屋にはまだ人がいた。

「あれ、独眼竜たちも来てたのか」

「よォ、前田の風来坊。まあ、ちと座れ。面白いことになってるぜ」

「面白いことってアレかい?忍の兄さんが......奈月ちゃん、顔真っ赤だけどどうかしたのか?」

大広間の中には何故だか顔を真っ赤にした奈月とニヤニヤしている政宗、渋い顔をしている小十郎が座っていた。政宗が慶次の言葉に頷き庭を指す。お館様、と幸村の咎める声がしたが、信玄はもうひと殴りせんと庭へ足を踏み入れる。佐助は黙って額を地に押し付け土下座していた。

「猿が奈月にproposeしたんだ」

「ぷ、ぷろ......?」

「求婚だ。正確にはコイツに何の相談もなしに武田のおっさんにコイツをくれと言ったんだ」

「えええぇぇ!?奈月ちゃん、本当かい!?」

慶次が驚いて興味津々に聞いてくる様子をみて奈月は、そっと目を逸らし政宗を睨んだ。全ての元凶はお前だ、絶対に許さない、という視線を受け政宗はニヤリと笑う。事の発端は、先日政宗の家臣と女中が結婚したという話から始まった。


「へえー、おめでたいですね」

「なっ...男女が契るなど破廉恥でござる!」

「何でだよ。そんなんじゃいつまで経ってもCherry boyだぜ、真田」

「ちぇりーぼーいとは何でござろうか」

「童貞」

「は、破廉恥でござるぁああああああっ」

「コラ雨宮!女がそんなこと言うんじゃねえ!政宗様もですぞ」

「Sorry,小十郎」

「......して、佐助よ。お前たちは何時になったら儂に挨拶に来るのじゃ」

幸村たちはわいわいと話している様子を見て、信玄は天井に控えている佐助を呼んだ。音もなく降りて来た佐助は、何だか苦い顔をしている。

「.....と言いますと?」

「"奈月と夫婦になります"とな」

「「え」」

佐助と奈月は口を開けまぬけな表情をしたまま固まった。佐助としては結婚したいが自分はいつ死ぬか分からないし、奈月とまだ見ぬ子を置いて逝くのは可哀想だと思い今までその様な話はしなかった。そして奈月も佐助のその考えを何となく察し、その話題を口にしなかった。しかし、信玄は違う。信玄にとって奈月は娘同然。そして佐助は大事な臣下。そんな二人の子を見たくない奴が何処に居る。否、居やしない。信玄は佐助と奈月の子が見たい。ただそれだけであった。

「ちょ、ま、待ってくださいよお館様!」

「Ah?猿、お前いつまでも奈月を娶らないつもりか。なら俺が引き取って小十郎の嫁にするぞ」

「政宗様!?」

面白いことになってきたと政宗が口を挟んだと思えば、小十郎に飛び火した。慌てる小十郎を無視しつつ、政宗は小十郎はこんなに良い男だとプレゼンし始める。すると、急に真顔になった佐助がおもむろに立ち上がり、信玄の前に座り頭を下げた。

「お館様、俺は右目の旦那より地位も人情も無いですが、彼女を思う気持ちは誰にも負けません。だから、俺に奈月をください」

お願いします、と頭を下げる佐助にその場はしんと静まり返る。ちなみに叫び出しそうな幸村の口は政宗が慌てて抑えた。信玄は腕を組みじっと佐助を見た後立ち上がり歩み寄った。

「面を上げよ佐助」

佐助が顔を上げた瞬間、信玄は思いっきり拳を振った。


「で、そこに俺が来たと」

庭からまた信玄の怒号が聞こえる。佐助はまた殴られた様だ。政宗がからかったのが原因じゃないのかと問うても、政宗はどこ吹く風。暢気に茶を啜っている。

「佐助ェ!貴様、ムキになってその様な事を口にしたのか!もし他人に言われて慌てて儂に許しを乞うたのであれば、その様な男に儂の娘はやれん!」

あれ、私遠縁の娘じゃなかったっけと思ったが奈月は黙っていた。口を挟めば自分にも飛び火するかもしれないと、ただひたすら口を閉ざしていた。そして、これは奈月にとっても大事なことであった。ここで信玄の許しが降りなければ、佐助は二度とこの様な話をしないだろう。奈月とて女。何かの手違いで別世界に来てしまったが、好きな人と添い遂げるのが夢である。運良く佐助に捕まり、そして恋に落ちた。決して口には出さないが、将来嫁ぐ先は佐助以外有り得ないのだ。

「お館様、俺は忍です。家柄もなく危険な任務もあれば、死ぬ事もありましょう。彼女には右目の旦那の様な男が相応しいでしょう。でも欲しくなっちまったんです。戦も知らない綺麗な彼女が、俺の所まで堕ちてくればいいと、そう思ってしまったんです。絶対幸せにするとは言いきれません。悲しい思いもさせると思います。ですが、彼女を他の誰にも取られたくないんです。お願いします、お館様」

「......随分と我侭になったのう、佐助。奈月、お前はどうなのだ。お前は佐助とどうなりたい」

信玄は奈月の方へ振り返る。恐る恐る口を開こうとしたが、奈月を見る信玄の目はとても優しかった。まるで父親の様な眼差しに、奈月の目からぽろりと涙が零れた。

「......確かに置いて逝かれる不安はあります。それでも私は、今を佐助さんと生きたいんです。お館様、私に佐助さんをください」

奈月も畳に額を付けて懇願した。佐助もそれに倣う。佐助は初めて他人に心からの我侭を言い、初めて奈月も信玄に対して素直になった。嬉しくないはずがない。信玄はふうと息を付いたあと、ニカリと笑った。

「うむ、二人の思い然と受け取った。此処に二人が夫婦となる事を認めよう」

わっと歓声が上がる。佐助と奈月も顔を上げ、互いに目を合わせ安心した様に笑った。幸村も慶次も自分の事の様に喜んでいる。ところが、次の信玄の言葉にまた場が静まり返った。

「なれば佐助!この儂を倒して奈月を奪い取ってみせぃ!」

「はぁ!?」

何処から取り出したのかひょっとこの仮面を付け、武田道場にて待つ!と飛び去った信玄。呆気に取られる佐助を他所に、幸村は某も助太刀致す!と信玄の後を追いかけ、双竜も面白そうだから俺達も行くぞ小十郎、御意、と次々と退席。残った奈月は呆れた様に項垂れている。

「嘘だろおおぉぉぉ!?」

「何をしておる佐助!早く来い!」

佐助の悲しき叫びが木霊する中、慶次は胡坐をかいた膝に頬ずえをつき微睡んだ。

「恋はいいもんだなぁ......」


「で、その後どうなったんだい?」

「お館様に全敗。そりゃそうだよね、幸村と政宗さんと小十郎さん相手にした後、最後にお館様だもん。無理だよね」

「あー......忍の兄さんの恋路は前途多難だなぁ......」


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