もしもトリップ先が奥州だったら

雨宮奈月の朝は畑の水撒きから始まる。

これは奈月が平成の世から婆娑羅の世界へ飛び込み、伊達政宗に拾われた翌日に与えられた仕事だ。

やることがない、暇だ、何かさせろと小十郎に直談判したところ、小十郎は初め「間者とも分からねえ奴にうろうろされては困る」と却下した。しかし二人の様子を見ていた政宗に「お前が監視してればいい」と監視役を押し付けられたのだった。

それからというもの、奈月は小十郎の後をついて回っては自分のできる範囲で彼の仕事を手伝った。

その様子を見ていた政宗には「お前は雛鳥みてえだな」とからかわれてしまったが。


奈月は賢い。

まず最初に難関の小十郎へ取り入り、見事に信用を得た。今では城下へも一人で行けるようになった。

それから政宗や家老にはちょっとばかしの未来の知識を教えた。それは料理や簡単な工具の作り方だったが、皆は大いに驚いた。

奈月は奥州での生活が気に入っていた。

この世の全てが自分を受け入れてくれるとは思わないが、それでも今の生活に何も不満はなかった。


ある時二人の男が奥州へ訪れた。

男の名は真田幸村と猿飛佐助。どちらも有名な人物である。

真田が政宗と話しているのをぼーっと眺めていると視線を感じた。ふと視線の元を辿ると、猿飛佐助が自分を見つめていた。

目が合うと彼は悲しそうに微笑む。その瞬間、何かの記憶がフラッシュバックした。


"佐助さん、"

"奈月ちゃん、"


はっとして猿飛佐助を見るが、彼は小十郎と話している。

でも、さっきの声は間違いなく私と彼の――

小十郎に声をかけられて我に返る。猿飛佐助を紹介されるが、果たしてこの男とは初対面だろうか。

何か、何か大切なことを私は忘れてしまったんだろうか。いや、私は電車に撥ねられて奥州へ来たはずだ。でも、何故彼を知っているような気がするのだろうか。

「奈月ちゃん、会えて嬉しいよ」

何でこんなに寂しい気持ちになるんだろうか。


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