全ての始まり



ディオside



日差しが降り注ぐ快晴の中、馬車の中で重い溜め息をつく者がいた。

「……溜め息ばかりついていたら幸せが逃げるぞ、姉さん。もう五回もついているじゃないか、何がそんなに不満なんだ」
「だって…貴方が貴族の家で大人しく出来るわけないでしょうし、居候先の男の子のことを考えると可哀想で……ハァ…」

溜め息の張本人である姉さんは、窓際に寄りかかり外の景色を眺めながら、再び溜め息をついた。

「酷いなぁ姉さん。これからお世話になる家に、そんな恩知らずなことするわけないじゃあないか」

姉さんは反対するだろうから言わないが、俺はこれから世話になる貴族の家……ジョースター家を乗っ取るつもりでいる。
仕方ないだろう、のしあがる為にはこの方法が一番手っ取り早いんだ。地道に功績を積んで独立して貴族になるよりも、元からある家の養子になって当主になる方が早い。
その為には、息子より養子になった俺の方が当主に相応しいと思ってもらう必要がある。あのクズに唯一感謝出来るのは、このジョースター家との縁くらいだな。

あのクズは本当にろくでもない父親だった。

普段家で呑んだくれてろくに働かず、俺達や母さんに暴力を振るい、口を開けば酒を持ってこいだの金を稼いでこいだのと無茶苦茶だ。
母さんも母さんだ、あんなクズ放っておけば良いのに。甲斐甲斐しく世話を焼き、盲目的に父を愛し、無理し続けた結果……身体を壊し、病で亡くなってしまった。

母さんは、最後まで愚かな女だった。

そんな尽くしてきた母さんが死んだことを一ミリも悲しまないどころか、その母さんの形見のドレスを酒代に換えようとした父を見て、激しい憎悪と、これまで一度も抱いたことがなかった殺意が沸いた。
こんなクズと一生を共に過ごさねばならないと思うと耐えられないし、俺にとって人生の障害、重荷にしかならない。
そう判断した俺は、薬と偽って毒を飲ませ続け、病死と見せかけて父を殺した。

そうして現在に至るわけだが、俺の人生はこんなところでは終わらない。もっと…もっとだ。貴族の養子なんてちっぽけな存在では終われない。
俺ならもっと上を目指せる筈だ。
そのためには息子のジョナサンとその双子の妹……セレネだったか?その二人よりも自分の方が優れていると思わせる必要がある。

いや、待てよ……?

貴族というのは、養子に迎え入れた子を娘と引き合わせ、仲が良ければ婿養子として娘と結婚させることがある。
俺がジョースター家の娘の婚約者になって、息子のジョナサンを当主に相応しくないと思わせるか、又は始末してしまえば……そのまま俺が次期当主に繰り上がることになる。
その方が自然な形でジョースター家を乗っ取ることが出来るな。まさか婚約者が娘の兄を陥れるなんて、誰も疑うことはないだろう。

そうと決まれば娘のセレネを懐柔しなければ。母さん譲りのこの顔があれば、女なんてイチコロだ。ちょっと笑いかけて優しくしてやれば、すぐに堕ちるだろう。

「……やり過ぎないようにしなさいよ。相手は一度も会ったことのない私達を引き取ってくれるような、良い人なんだから」
「大丈夫だよ姉さん。ジョースター卿には感謝しているし、騒ぎなんて起こさないさ。寧ろ恩返ししたいと思っているよ」
「………嘘でしょ、それ」
「ハハ、姉さんにはお見通しか。……出来るだけ穏便に済ませるさ、安心してくれ」
「不安しかないけど……仕方ないわね。その言葉を信じるわ」
「ああ、姉さんが穏やかに過ごせるよう努力するよ」

そう、姉さんが平穏に暮らせるように、水面下でしか行動しないから安心してくれ。裏で動くのは得意分野だ、上手くやるさ。
これからのことを考え、つい悪どい笑みを浮かべてしまう。

………姉さん、ジト目で見ないでくれ頼むから。






まさか息子のジョナサンより娘の方が厄介な存在になるなんて、この時のディオは思いもしなかった。



† † † † † † † † † † †


セレネside


これから、新しい家族が増えるらしい。
こないだの食事中に、父さんがそう言っていた。
なんでも、父さんの命の恩人が亡くなってしまい、その恩人の子供達を引き取るんだそうだ。
子供達は姉弟で、姉がレイ・ブランドー、弟がディオ・ブランドーというらしい。姉の方は私達双子より二歳年上で、弟の方は同い年だとか。
私達は父さんからその話を聞いて、「新しい兄弟が出来る」と、今日この日までワクワクして待っていた。

私セレネ・ジョースターと兄のジョナサン・ジョースターは、一卵性の双子だ。
顔の雰囲気も似ていて仲が良く、双子特有のセンサーもあり、お互いがピンチになると離れていても解るほど、私達には深い絆があった。

「あ、馬車だ」
「きっと父さんが言ってた子達だよ、行こう!」
「うん!」

お兄ちゃんはあまり考えてないだろうけど、これから来る子達が必ず良い人だとは限らない。お人好しな兄の替わりに、私が警戒しないと。
嬉しそうに馬車の方へ駆け寄っていく兄の後を追いながら、私は一人でそう決意する。

馬車は屋敷の前で停まり、中から金髪の綺麗な男の子が飛び降りてきて、華麗に着地。そのままスウゥ…と滑らかな動きで立ち上がり……


バァアアアアアンッ!!


………今の効果音は聞かなかったことにしておこう。
男の子は後ろの馬車へ手を差し伸べ、女の子が降りるのを手伝う。
今のところは紳士的に見えるけど、さっきの派手な登場の仕方が引っかかるなぁ……皆の注目が自分に向くようにアピールしてる?そんな感じがする。
紳士とは正反対の行動だ。ちょっと警戒する必要がありそう。

「君は…ディオ・ブランドーだね?」
「そういう君は、ジョナサン・ジョースター…」
「じゃあ、隣の子はレイ・ブランドー?」
「ええ、そうよ」
「皆僕のことをジョジョって呼ぶんだ、これから宜しく!」

そう言って、兄は二人と握手した。
男の子……ディオは笑っているけど、目は笑っていない。うん、完璧クロだな。兄と仲良くする気は無さそうだ。
逆にお姉さんの方は安心出来るかな。
兄のことを微笑ましい目で見てる。きっと優しい人なんだろう。つり目だから冷たい印象を持たれそうだけど、表情は穏やかで柔らかい。
あ、コッチを見た。挨拶したいけどどうやって話しかけよう…って感じの顔をしてる。

「私より年上だし、お姉ちゃんって呼んで良いかな?私、セレネ・ジョースター。宜しくねお姉ちゃん!」
「……お姉ちゃん…………」
「あれ、もしかして嫌だった?」
「フフッ…いいえ、妹が出来て嬉しかったのよ。此方こそ宜しく、セレネ」

お姉ちゃんの様子を窺うと、ホッとした顔をして嬉しそうに笑っていた。良かった、安心したみたいだね。お姉ちゃんとは上手くやっていけそうだ。

それに比べてディオは……私を観察してる。
恐らく今の一連の行動を見て、姉への気配りも出来て、尚且つ平和ボケした温厚な奴だと思っているんだろう。
兄の方より私ばかり観察してるということは……玉の輿狙いかな?人を観察するときは気をつけようね。君が私を観察している時、私もまた君を観察しているのだから。
え?善悪の彼g…ゲフンゲフン、深淵の名言(?)とちょっと違うって?まぁ細かいことは良いじゃないか。

あ、目が合った。
うわぁ、やっぱり兄と態度変えてきたよ。
極上の笑みを浮かべてきたよ。
ここまであからさまに態度を変える奴は信用出来ないなぁ。私がその怪しい行動が分からない様な、頭の中お花畑な箱入り娘だと勘違いしてるんだろう。
完全に私のこと嘗めてるなぁ。
私も負けじとニコリと笑み、ディオと向き合う。

「やぁ、君がセレネ・ジョースターかい?」
「そうだよ」
「俺のことは気軽にディオって呼んでくれ、宜しくセレネ」
「うん、此方こそ宜しくね…ディオ」

私は笑顔を武装して握手……しようとしたが、ディオが私の手を掬い取り、手の甲にキスを落とした。
なッ……!?ハイエナ貴族達にやられる時はどうってことないのに、美形にやられると恥ずかしいッ!!でも反応しちゃ駄目だ、相手の思うツボだ。ここは冷静にいかないと。
一瞬固まった私を見て、ディオがニヤリと笑っていると……ワンッ!と元気な鳴き声が聞こえてきた。

この声は……ダニーッ!!
良いタイミングで来てくれた!

「ダニー、おいで!紹介するね、この子はダニー。とっても賢い子なんだ」

そう言って、近寄ってきたダニーの前に手の甲を差し出し、ダニーにアイコンタクトを送った。するとダニーは何か察したらしく、私の手の甲をペロペロ舐め始めた。

「フフフッ、くすぐったいよダニー!」

チラリとディオの方を見て、ベッと小さく舌を出し、好戦的な笑みを向けた。

そう、これは意思表示ッ!!君なんかにキスされるより、犬に舐められた方がよっぽどマシだ!ということを行動で示すッ!!相手にとってこれほどの屈辱は無いッ!!
おお、怒ってる怒ってる。先程の爽やかな好青年の仮面が崩れ落ち、物凄い形相で私を睨んでいる。
なるほど、コッチが本性か。頭は良いんだろうけど短気過ぎるなぁ、おまけにプライドも高そうだし。
まぁ、でも……

「さっきの君より、今の君の方が私は好きだなぁ」
「なッ…!!」

悪戯に成功した子供の様な、ニッとした笑みを浮かべながらそう言うと、ディオは予想外な私の言葉に驚き、目を見開いて固まっている。
ディオが何か言おうと口を開いたが、丁度父さんが来てしまい、話はそこで中断された。
父さんに付いていくディオ達の背中を見つめながら、私は足元にいたダニーの頭を撫でる。

「これから刺激的な毎日になりそうだね、ダニー」
「ワウ…?」




さぁ、物語を始めようか。
(終わりへと向かう始まりの物語を)

*R2/10/29 執筆。



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