Let's get ready to be a girl 「だいぶ伸びたわね。」 ぼんやりと眺めていた地平線から視線を外し声の主の方を振り返ると両手にアイスキャンデーを持ったナミが立っていた。 「え?」 「髪の毛。はい、食べる?」 「あ、ありがと。」 伸びた、それだけでは瞬時に理解出来ない私にアイスを差し出しながら言うナミ。 「結構似合うじゃない。初めて会った時は短すぎて男の子みたいだったのにね。」 「そう、だね。」 「心做しか性格まで女らしくなった気がするわ。で、実行は今日だけど、心の準備は出来てる?」 「…うん、出来てる。」 そう答えて隣に立ってアイスを口に含むナミを横目に私はこの人はどうしてこんなに綺麗なのだろう、と感ざるを得なかった。こんなに綺麗な女性に産まれてきたら嫌でも女としての自覚持てただろうか。 ───数ヶ月前 「うっま!!この肉うま!」 今日の昼飯は骨付き肉だ!と騒ぐルフィの後に次いでダイニングに駆け込むとテーブルの上には本当に骨付き肉が並べられており、ワクワクしながら席に着きクルーが揃うや否や私達は肉にかぶりついた。 その美味しさに思わず零した感想にルフィやウソップもうんうん、と頷きながら肉食動物の如く私同様肉にかぶりつきながら同意してきた。 「お名前あんった…本当に女?」 「へ?」 「もっと綺麗に食べなさいよ。」 ナミの呆れたような視線を受けつつも私は食べる手を止めなかった。ナミのこの私に対する反応は日常茶飯事である。こんなことで今更女らしくする私ではない。 「だってこうして食った方が美味いよ!?ね!?ルフィ!?」 「そうだぞナミ!!そんなちびちび食ってたら肉の味なんて分かんねえだろ!」 「そうですか、それはすみませんでしたね。」 はあ、と溜め息をつくナミを他所にあっという間に無くなってしまった肉を惜しんでいると美味かったなー、とベタベタになった手を舐めるルフィを見ながらさすがにその行為はがさつな私でも躊躇してしまった。 「お拭き致しましょうか、お嬢様?」 シンクで洗ってくるか、と思った矢先頭上から聞こえた声の主を見上げると濡れたナプキンを持ったサンジと目が合った。 「サンジ!ありがと!」 「そんな美味しそうに食ってくれたら作った甲斐があるなあ〜。」 めっちゃ美味かった、と言うと笑いながらそれは良かった、と返して私の汚れた手を丁寧に拭いてくれるサンジ。その手はこんな女らしさの欠片も無い私の手よりもずっと大きくて、骨格も指の長さも違くて、なのにとても綺麗で。 こんなまじまじと彼の手を見る機会など今までに無かった私は何故かそこから目が離せずに居た。 「お名前ちゃん?どうかしたか?」 「え!!?あ、いや!?あ、ありがとサンジ!」 「どういたしまして。」 此方を覗き込むサンジの顔が目の前にあり、吃驚しながらお礼を言うとお前らも拭けよ、とルフィ達に向けてナプキンを投げる彼を見ながら私は綺麗になった手を握りしめた。 「ウソップって天パ?」 「んあ?ああ、そうだが。どうしたいきなり?」 「ふーん。」 「うわ、聞いといて明らかに興味無さそうこの人。」 「え、そんなこと無いから。前から思ってたけど、ウソップって意外とお洒落だよね。」 食後、何に使うのかよく分からない部品を弄るウソップに別に意味も無く問いかけた言葉。 そういうお前も意外と見る目あるな!とニヤリとしながらその姿をボーッと見ながら自らの髪の毛を弄る。短すぎて男みたいだな、と感じざるを得なかった。だからと言って女らしく伸ばそうとかアレンジしようとか思いはしないが。 「よし!出来た!」 「びっくりした…」 突然立ち上がるウソップに驚くと彼はそのまま手中にある完成した物を持ってダイニングを出ていった。慌ただしい奴だなあ、と思いながら大きな音を立てて閉められた扉の方へ視線をやると、キッチンの主も居ないこの静かな空間に窓から差し込む西日が眩しくてそのままテーブルの上に突っ伏す。 何だか暖かくて眠くなってくるな、と目を閉じると私はそのまま眠りについていた。 どの位寝てたのだろうか、瞼を開けると辺りは太陽ではなく人工的な明かりに変わっていた。という事はもう夜なのか、とテーブルから上体を起こそうとすると背中に何かが掛けられている感触に気が付く。 「…え、」 手で触れると微かに香る煙草の匂い。誰のものかは一目瞭然だった。 その持ち主はこちらに背を向けてキッチンに向かっており私が起きた事に気づいてない様子。 その背中を見つめながら私は疑問に思った。 いや、この船の仲間になった時から思っていた。この人は何故こんな女らしくも無い、むしろ男のような私にこんなにも優しくしてくれるのか。 私は昔から男に囲まれて育った。 だからこそ自分の身は自分で守れるように、なるべく女として狙われないように、強くなろうと身なりも仕草も男らしく生きてきた。 サンジは女好きで、明らかに美人なナミやロビンに優しくするのは嫌というほど分かる。でも彼の私に対する優しさは私が"女"だという事だけからのものなのだろうが、無理してそう接するサンジに疑問しか生まれなかった。 ガタ、と立ち上がる私に気づいたのかサンジは此方を振り返った。 「あ、お名前ちゃん。おはよう。」 「おはよ。サンジこれ、」 「ん?ああ、丁度良いのが無くてよ。俺のでごめんな。」 「…何で、こんなことしてくれるの。」 「え?いや、何でって…お名前ちゃんが風邪引いちまうと思って、」 「いいから、そんな無理しなくて。」 「え、お名前ちゃん、?」 ああ我ながら可愛くない。 サンジのジャケットを握りしめながら私は心の中の黒いドロドロした物が溢れ出すのを感じた。私の口からは何故こんな言葉しか出てこないのか。 「無理して私に優しくしなくていいから。」 「悪い、お名前ちゃん。何が言いたいのかサッパリ分からねえ。」 「だから…!私みたいな、男みたいな女に優しくする意味無えって言ってんだよ!」 優しくして貰っておいて何て言い草だ、と荒くなる言葉遣いに自らを嘲笑ってしまう。本当に、可愛くない。 何も言葉を発しなくなったサンジの顔を見れず床から視線を上げれないでいると聞き慣れた革靴の足音が近づいてくる。 「お名前ちゃん。」 「…これ、返す。ありがとう。」 「君は女の子だ。」 「っ!…なに?嫌味?」 「違え。」 「嫌味にしか聞こえない。私はそんな事言われたって女らしくなんて出来ないし、するつもりも無い。」 「ああ、分かってる。ただ、」 ただ、何なの、と私よりもずっと背の高いサンジを睨みつけようと見上げた煙草が咥えられた口からは思いもよらない言葉が発せられた。 「君を女の子として見てる奴も居るって事を、知っておいて欲しい。」 「な、にそれ、」 本当に意味分かんねえ、と言うと同時に掬われる顎。片方しか出ていないサンジの瞳が私の目を射抜いて離さない。次第に煩くなる心臓に、初めての感覚にどうしていいか分からず固まる。 サンジの表情に鼓動が速くなり過ぎて上手く息が出来ない。何と言い返したら良いか分からない。この状況から抜け出したい一心で動かした右手でサンジの手を叩くと私は勢い良くダイニングを飛び出した。 「わっ!!ちょっとお名前!?危ないじゃない!」 「…ナミ、」 「アンタ…何で泣いてるの?」 「え、?」 ダイニングを飛び出して走る私に出くわし驚くナミに私は縋り付いた。この鼓動の速さを、この体の震えを、この感情をどうにかしたくて。 とりあえず部屋に行きましょ、とナミは宥めてくれながら先程の事の流れを話す私に部屋に居たロビンも含めて黙って耳を傾けてくれた。 「ごめん、こんな事で泣いたりして…」 「…アンタが謝ることじゃ無いわよ。」 「お名前は、どうしたいの?」 「どう、したいって?分かんないよ。というか何をどうしたら良いのか、」 ロビンに問われた内容に答えるのは無理だった。どうしたいかだなんて、分かったらこんなウジウジする必要無いのに。 そんな私にロビンはいつもの微笑みを浮かべながら提案があるんだけれど、と言った。 「え、何…?」 「サンジに仕返ししたら?」 「…は、」 「貴女にそんな思いをさせたサンジに、仕返ししたいと思わない?」 その言葉を皮切りに数ヶ月前から私のサンジへの仕返し計画が始まったのだった。 「でも、こうやって髪伸ばしただけで何の仕返しになんの?」 「いいから。さ、部屋行くわよ。」 とうに食べ終えたアイスの棒を咥えながら私はナミに手を引かれながら部屋へと連れていかれた。 部屋ではロビンがドレッサーの前で何やら準備しておりその前に座らされる。鏡の前に置かれた物が化粧品だということはさすがの私でも分かったが。 嫌な予感がする私を見下ろす美女2人がまるで悪魔のように見えて、私は2人にされるがままに椅子から動けなかった。 「あー!こら!口紅舐めなんじゃないわよ!」 「だってベタベタして気持ち悪い。」 「我慢しなさい!はい、これ着て。」 「んー…ええっ!?こ、こ、これ、スカートじゃねーか!!」 「言葉遣い気をつけなさい!!良いから黙って着る!」 思わず荒くなった言葉遣いにナミからお叱りを受けながら私は泣く泣く人生で初めてのスカートを履いた。これでは戦闘時に気になってしまって仕方なくなって負けてしまうだろう。 いつも短いスカートを平気な顔をして履いている2人を心の底から尊敬する。 「スースーする。」 「ふふ、感想が男ね。」 「だから私は男みたいなもんだって…」 「うるさいわねアンタは本当に!」 「ナミ、ロビン、私この後どうしたら良いの?」 そう言う私にナミとロビンは顔を見合わせて微笑むと、計画を非常に簡潔に伝えてきた。 「さ、サンジっ、」 「んー?どうかしたか…って、え、え!?お名前ちゃ、ん…!?」 キッチンでいつものように夕飯の支度をするサンジは振り返り私を見ると目玉が飛び出すんじゃないかという程驚いていた。 そりゃそうだ、今までこんな女らしい服を一切着たこと無い女が化粧までしているのだから。 「サンジ、私…サンジに言いたい事がある!」 「な、何かな?」 「サンジは、もう忘れたかもしれないけど…前に私の事を"女として見てる奴も居る"って言ってた事、今でもその意味全然分かんないし、あの時サンジが私の目を見つめてきた時、私は、その、心臓が壊れるんじゃないかって位バクバクして、その上体が震えて、」 「お名前ちゃん、」 「あれからサンジのことばっかり考えちゃうし、なんて言ったら良いのか分かんない感情っていうか、だから…責任取れ!」 「え、」 自分でも何言ってるか分からないぐらい取り敢えず思った事を並べてみて、ナミとロビンに言うように言われた言葉を最後にねじ込んだものの本当にこれが仕返しになるのか、と疑問に思いながらその反応を見てみるとサンジは顔を真っ赤にしていた。 「せ、責任…?」 「そ、そう!責任!」 「お名前ちゃん、そ、そりゃ本当に意味分かって言ってるのか?」 「あ、当たり前じゃん!」 「あー、そ、そうか…それじゃ、」 後頭部に手をやり少し唸りながら何かを考えた後、責任取らせて頂くな、と耳元で囁くサンジはそのまま数ヶ月前の続きのように煙草を口から外し私の顎を掬い上げると此方へゆっくりと顔を近づけて来て、少し顔を傾けたと思うと動けずに半開きになっている私の唇に自らの唇を重ねた。 スローモーションの様に感じたそれはお互いの唇が離れると優しく微笑むサンジの顔を間近にしながら私は暫く固まった後、彼に思い切りビンタをかますと女部屋へと駆け出すのだった。 「え!?責任取れって、そういう事じゃ無かったのか…?」 「ナミー!ロビンー!責任取れー!」 「え?なに、計画失敗?」 「ふふ、お名前って本当可愛いわね。」 ─── 草子様へ この度は企画参加して頂き誠にありがとうございます!!男勝りな女の子とサンジくんの両片思いみたいなお話というリクエストでしたが、男勝りというよりただ言葉遣いが汚くなる女の子という感じになってしまい本当に申し訳ありません…!! なかなか男勝りというヒロイン像が管理人の想像力では力不足な感じになってしまいました泣 リクエストお1人目という事でリクエスト下さった時は本当に有難く嬉しさでいっぱいでした。 満足頂ける物になっているかは分かりませんが、このお話を草子様に捧げます! 改めましてこの度はリクエストありがとうございました!! 前へ / 次へ [しおり/もどる] ×
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