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僕は週に一度の休日を、豪炎寺くんのマンションで過ごすようになった。

しばしば彼の厨房を借りてパイを作る試みは、マダム・レイカの講習を受けていた頃のように充実していて……その頃以上にゆったりと穏やかに研ぎ澄まされる時間だった。

この営みを始めてそろそろ三月め。もう試作は両手を越える数を作ってる。回を重ねるごとに調子が乗って腕も上がってる気もしていた。

「さて……と」

生地を冷蔵庫にそっと寝かせて振り向いた僕の輝く目と、テーブルに少し凭れ腕組みして立っている豪炎寺くんの視線が合う。

「フッ……」

「どうしたの?」

僅かに目を細める豪炎寺くんは、手早く道具を片付け始めながら口を開く。

「最初はお前を不思議な奴だと思っていた」

「……え?」

「あれほどの和菓子を作る腕前を持ちながら、なぜパイを極めようとするのかと……」

台はあっと言う間に片付いて、僕は軽々と抱き上げられる。
足が地を離れた瞬間、切り替わる僕のきもち―――生地を寝かせている時間は、僕らが存分に愛し合える時間でもあるから。

「今でも僕のこと……不思議に思う?」
ベッドにたどり着く前から始まるキスの嵐に、呑まれそうになりながら僕は訊く。

「いや」
今ならわかる。と豪炎寺くんはきっぱりと答えた。

「お前はスイーツで人を幸せに出来ると信じている。その思いは洋の東西を問わないんだろう」

するするとほどかれてベッドの下に落ちる着衣。
露わにされた僕の肌は、待ちわびた昂りを隠せない。

「……君…は?」

「……俺か?」

潤んだ瞼と火照る頬を口づけでなぞる豪炎寺くんの唇の端が、ふと綻んだ。

「たしかに俺も同類だな。美味しいものと美しいものは、カテゴリーを越えても、とことん追うたちだ」
「あ……っ」

少し強引に身体を開かれてく痛みも、僕の肌では快楽の刺激にしかならない。

止めどなく向けられる彼の欲望が僕の理性や思考を押し流していって――
あっというまに部屋中が荒い息と熱気に埋め尽され、そこに沈みこんだ二人は心おきなく互いの肌を貪りあっている。


豪炎寺くんとここで一緒にいる間に、僕はマダム・レイカに関わるいろんなことを彼から聞いた。

彼女が、僕と出会う少し前に余命宣告を受けていたことも……
彼女はそれを知ったからこそ公に姿を現して、生徒を募ったこと。

彼女はもうこの世にはいない。
『遠い所に旅立つ』と、試験の前日の彼女との会話の意味を、僕はようやく理解する。
そして―――
必ず作ると約束してくれた『試験のチャンス』がもうすぐ来る。それがどんな形で実現するのかということも―――


「アラームは、4時でいいな」

「ん……あ……っ……」

蕩けて言葉にならない僕の声を掬いとるように、彼の熱い唇が包んだ。

「これで――心おきなく我を忘れられる」

ピッ……というアラームのセット音とともに豪炎寺くんが呟くと、さらに前のめりになる彼の身体が僕に覆い被さる。

激しく、丁寧に味わうように、繰り返される律動―――
恍惚の波に漂う僕の脳裏を、豪炎寺くんの声が甘く揺り起こす。


「―――なりたいか?」

「っ……何……に……」

「“Le sorcie`re de Tarte(パイの魔術師)”」

悪戯っぽく口角が上がる唇にキスされながら吹き込まれる言葉。
それは僕の唇をたどり、内側を揺らす身体の動きにシンクロして響いてくる。


「ああっ……!」

上りつめた身体を心ごと彼に委ねると……真っ白な時間が降りてきた。

僕のなかで絡み合う波長の異なる脈動は、二つの身体が溶け合ってしまったような一体感を呼び寄せる。

ついこの前までは未知だった感覚。
それが今は、この上なく心地よいふたりの日常になりつつあった――。

「吹雪」

「……何?」

「来週、お前の試験をしようと思う。俺がマダム・レイカに代わって、な」

必然のように訪れた優しい静けさのなかで目を瞑っていた僕は、高鳴る鼓動とともにその申し出を受け止める。

「いいね。でも、何だか――君に見極められるのは、緊張する」

クスッ……と苦笑まじりに彼の吐息が額にかかった。

「それはお互い様だろう」

「……え?」

「俺も常にお前の見極めを必要としてるからな。なりたいものになれるかどうか……」

しばらくまどろんでいた僕は、目を閉じたままで訊く。

「なりたいもの……って、君が?……何に?」

その答えは、僕を砂糖菓子みたいに固まらせるものだった。

「お前の、一生のパートナーに」

不意討ちの言葉――。
鳴り始めたアラーム音が、意識の遠くで鳴り始める。


夢見心地のままで折り込んだパイ生地は、ときめきも一緒に閉じ込めてしまったかのように軽やかな仕上がりで。

それを口にしたとき一瞬見せた豪炎寺くんのプロの真顔は、感嘆と悔しさが入り交じっていて――とても印象に残った。


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