side.F

荒い息づかい。
汗ばむ肌と迸る熱……
普段スマートな彼の剥き出しの本能を見せつけられて、何度のぼりつめたてもまだ、僕のドキドキは収まらない。

内側まですべてを甘く貪り取られた身体は頼りなくとろけていて。頭のてっぺんから爪先まで満ちたりている――

「辛くないか?」

「……ん……大…丈夫」

苦痛がないといえば嘘になる。

でも、ひとつに結ばれて脈動を感じるこの姿のままでずっといたいと思うほど、僕は行為の余韻に溺れていた。

初めて会った時に受けた強いインパクト。
彼の作るお菓子にも、眠れなくなるほどに魅せられて。
さらには刺激的な恋の魔法に翻弄されている今の僕。
二人の関係はこれから先、どうなってしまうのだろう?

「………あ…」

結ばれていた身体が不意にほどかれ、僕の身体の奥まで届く熱が、貫かれていた痛みとともに消えていく。僕は心細くなって、追い縋るように彼にしがみついた。

「待っ…て、豪炎寺……くん……」

宥めるようにギュッと抱きしめられて、気持ちが不思議と落ち着いていく。
鍛えた硬い胸はきつく抱かれると痛いくらいで、でも気持ちいい。
身を任せてゆっくりと目を閉じると、浮かぶように意識が霞んでいく―――


「あ……ごめん……君のベッド……汚しちゃって……」

濡れたシーツをふと気にした僕が掠れた声で呟く。

「いや“俺たちの”ベッドだ。どうしようがお前は気にするな」

「僕…たち……?」

意外な答えに思わず目を見開くと、覗き込む切れ長の真っ黒な眸が僕の心にまっすぐ射し込む。

「ああ。先代もお前が頼りだろうが……。どうだ?たまにはこうして俺とふたりで過ごさないか……?」

また視界が翳って、唇が熱い温もりに包まれる。

ふたりで――という言葉が、深く心にしみた。
お祖父ちゃんとは血の繋がりもあるし、育てて貰った絆があるけれど、それとはまた違う深さと温度で……

「……泣いてるのか?」

「あ……」
豪炎寺くんに訊ねられた僕は、胸がいっぱいで言葉を詰まらせる。

唇が、頬を伝う涙を辿って僕の両瞼を優しく撫でた。
そうされて初めて僕は自分が泣いていることを実感する――

「寒いか?」
「え……ううん………」

おかしいな……むしろ温かいのにどうして震えるんだろう?
豪炎寺くんの温かい手が震える僕の肩や二の腕を優しく撫でて、もう一度ふたりの身体が重なった。

「吹雪……」

名前を呼ばれてギュッと抱きしめられる心地よさに、思わず笑みがこぼれる。
重ねる肌もとても温かくて……

もしも……
今みたいにこれからも二人で過ごしていくことができたら……?
そう考えるだけで、すごく胸がときめきで高鳴って……
これが、“幸せ”?

優しいキスに満たされて、僕は豪炎寺くんの腕の中で真っ白になって眠った。

お菓子作りのことを忘れて、夢を見ながら眠ったのは――子供の頃以来、何年ぶりだろう?



「……吹雪……」

「……ん……」

「そろそろ、起きろ」

「……はっ……!!」

飛び起きた僕は、目の前にいる半裸の彼を見て、思わず自分の姿を見下ろす。
そして素っ裸の自分に真っ赤になって、ガバッと布団を胸まで持ち上げた。

「あの……豪……イシド……さん」

「慌てなくていい、まだ時間はある。タクシーを呼んであるから、シャワーを浴びてこい」

豪炎寺くんに優しく頭を撫でられて、混乱気味の僕は目を丸くしたままこくこくと頷く。

言われるがままにシャワーを浴びて、着替えて二人で部屋を出て。

タクシーで氷晶庵に到着したのは、早朝……いつもの出勤と同じ時間だった。

まだ少し夢見心地で頭はぼんやりしていたけれど、仕込みを始めると五感が冴え冴えとしているのがわかって……とても不思議な感覚だった。



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