いちばんだいじなもの

フェイタンの体にはたくさんの古傷がある。
よく見ねば分からない薄い擦り傷。精密に縫い合わせた切り傷。腹、背、腕、脚――全身に大小様々な傷痕が残っている。
中でも目立つのは臍の下を横一文字に走る刀傷だ。

「自分のハラワタ見たのアレが初めて。あの時はさすがに死ぬと思たね」
おかげで"許されざる者"の威力が最高だった。マチに縫ってもらわなければ死んでいた……と、自嘲気味に語るフェイタン。
カルトはにこりともせず押し黙っている。それを興醒めと取ったらしく、フェイタンは苦笑しながら謝罪の言葉を述べた。
「……汚い体でごめんね」
「別に」
カルトの体にも無数の傷がある。物心ついた時から受けた訓練の賜物である。幼児期の回復力をもって殆ど目立たない程度には治癒しているが、その痕跡が完全に消えることはない。自分のことを棚に上げて人の体を醜いと言うつもりはない。
「そんなこと思ってないけど」
しなやかな、伸びゆく若竹のような精気を秘めた指が、フェイタンの腹の傷をなぞる。
少し脂肪が厚くなったものの依然として固く締まったそこを撫でていると指先に熱を感じた。その熱源は表面ではなく、より深い場所にある。
「『けど』?」
「キミをこんなに傷つけた奴が許せない。そいつら全員、最大限の苦しみを与えて嬲り殺してやりたい」
「いや、だからもう死んでるんだてば」
カルトが忌々しげに吐露すると、フェイタンは可笑しそうに、どこか嬉しそうに笑った。

――嬲り殺してやりたいというのは。フェイタンを攻撃した張本人のことだけではない。そうすることを良しとしてきた蜘蛛の面々に対してもだ。
流星街で見せた言動の通り、奴らはフェイタンが死のうが傷つこうがどうだっていいのだ。
生きている限りは何度でも使える。死んだら死んだで厄介な発を持ったお荷物を処分できる。そんな程度に思って都合のいい人間爆弾として使ってきたのだろう。

どいつもこいつも許せないがフィンクスは別格だ。情を交わすほど親密な人が痛めつけられるさまを十年以上もヘラヘラと傍観してきたわけだ。あんな冷血漢にフェイタンを愛する資格はない。
新入りに恋人を寝取られたと知ったら、一体何と言うだろう。今の自分たちの姿を目にしたら、果たしてどんな顔をするだろう。フェイタンの膨らみゆく腹を見せつけてやりたいのは山々だが……やめておこう。あいつには赤ん坊の存在さえ知る権利がない。
団長とやらも同様だ。カルトはまだ団長の顔を知らない。聞けばカルトが加入する直前、過去の不始末がもとで仲間を2名死なせ、不穏分子も見抜けず、自身も念能力を封じられて仲間との接触も禁じられたというではないか。
間抜けにもほどがある。念能力者としての実力は知らないが、リーダーとしての素質は甚だ疑問だ。その無能を団長団長と祀り上げて盲従している団員たちも滑稽で愚かしい。
フェイタンは何がよくてこんなクズどもに尽くしてきたのか。長年付き合っているうちに愛想が尽きそうなものだが。あまりにおかしな環境にいると、感覚が麻痺して異常さが分からなくなるものだろうか?
――まぁいい。もう奴らに会わせることもない。フェイタンはゾルディック家の人間になる。
それに旅団連中がバカなのは好都合かもしれない。こちらの目的を果たすために、せいぜい利用し尽くしてやる。

フェイタンの腹の傷に唇を寄せる。舌を這わせる。軽く吸いつく。フェイタンが小さく身を震わせる。その反応に満足しつつ、傷痕よりもっと深い場所。子宮の辺りに凝を込めた視線を向ける。
注意深く観察せねば見落としてしまうほどの小さな点。それはこの人の腹の中に、確かに存在している。
「不思議?」
股に割り込んで腹を見つめるカルトの頭を撫でながら問うフェイタン。カルトはフェイタンの方を見ずに素直に肯定した。
実際、不思議である。つい先日まで男だったはずの人間が今では女になって、しかもカルトの子供を身籠っている。
まぁ、もっともカルトが望んでそうなったわけだが……こうして目の前にあると、やはり感慨深いものがある。

「これ。本当にボクの子なんだね」
「当たり前ね。お前以外に種付けされた覚えないし」
父親となることは、少しも恐ろしくない。それどころか待ち遠しくてならない。
自分の血を分けた子供。フェイタンの肉で育んだ赤ん坊。早く会いたい。一刻も早くこの手に抱きたい。
自分には10年か20年ばかり早かったかもしれないが、大した問題ではない。
家を存続するために、いずれ兄弟の誰かが女を娶って子を作らねばならない。たまたま、末子である自分が一番早かった。親になるのが10年20年早まっただけの話だ。悦ばしくはあっても悪いことなど何もない。

赤ん坊を愛する自信は大いにある。愛せないはずがない。子供を愛さない親などいるわけがない。
世の中には自分の子を疎み、虐げ、殺す者があるらしい。殺さないまでもゴミ溜めに置き去りにする者もあるという。
おぞましい。そんな奴らは親とは言わない。殺し屋でさえ持ち合わせるものを持たぬ、人間の皮を被った化け物だ。
フェイタンには親がない。捨てられた子供だ。家族を知らない。己の生まれた日さえ知らない。かわいそうに。どうして人間の皮を被った化け物から、こんなに優しい人が生まれるのか。そう思うとやりきれない。胸が軋む。愛さねば。この人を。今まで与えられなかったものを、これから自分が与えてやらねばならない。

「早く会いたいね」
「うん」
腹に頬擦りしながら問いかけるとフェイタンはくしゃりと笑って相槌を打つ。
そして、こんなことを言った。

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