どくはく

カルトはゾルディック家当主の第五子として生まれた。
物心ついた時には、自分がこの家において最底辺の地位にあることをよく理解していた。

次期当主は三兄と決まっていた。ゾルディック家には「長男が家を継ぐ」という世間並のしきたりはない。最も暗殺者としての才能に恵まれた子供が家長を引き継ぐという、極めて単純なルールがあるだけだ。
物心ついて早々、カルトは諦めることを覚えた。
自分には三兄を凌ぐ才能も、ルールを覆すだけの才覚も気概もない。
仮に三兄が死ぬか相続を放棄するかしたとしても、その後ろには長兄がいる。
長兄も跡目を継ぐには充分な才能を持ち合わせている。カルトが一生かかっても到達できない領域にいる。
「カルトの生まれ持った能力はイルミと比べて劣っている」と、誰かに明言されたわけではない。具体的な数値だとか、何か明確な基準で説明されたわけでもない。
本能的にわかったのである。彼と自分の実力には、経験とか年齢だとかでは片付けられない大きな隔たりがあるということを。
その長兄にしても、三兄に家督を継がせることを当然と考えている。彼は己の全てを、家に、三兄に捧げ尽くすつもりでいるし、それをカルトにも求めている。
そうやって生きるしかないことも、またわかっていた。
自分が世継ぎになる可能性は万にひとつもない。当主となった三兄の手足となって、女王に仕える働き蟻の如く一生を終える。それが己の運命なのだと早々に悟った。
その運命を全く恨まなかったと言えば嘘だが、そうやって生きるのも悪くないと思っていた。

三兄は利発な少年だった。誰に対しても気さくで親しみやすい。
その上物怖じせぬ性格であった。納得がゆかぬことには異を唱え、自分の信念に基づいて行動する。両親に反抗し、兄に反発し、口が達者で生意気ばかり言うのだが、それでいて毒気がなく何となく憎めない愛嬌があった。そんなふうだから祖父から可愛がられ、執事たちにも慕われていた。
カルトは自分にはないものばかりを持つ三兄に憧れ、羨み、時に疎ましく感じた。自分が彼に生まれたかったと思ったことさえある。
そんなカルトに対しても、三兄は優しかった。暗殺者としてではなく一個人として笑いかけ、遊びに誘い、頭を撫でてくれた。
三兄には不思議な魅力があった。自分や他の兄達とは決定的に違う何かがある。父や祖父に感じるものとも違う何かが――ゾルディック家に漂う「家族」と呼ぶには殺伐としすぎた雰囲気とはまるで異質のそれが、三兄の体臭には混じっている気がした。
ともあれ、カルトも長兄と同じく己の生涯を三兄に捧げるつもりでいた。ゾルディック家の人間として三兄を支え、生きて、死ぬ。ひとつも不満がないということはないが、不満でさえも運命の一部として受け入れようと思っていた。
その覚悟は、手酷く裏切られた。
あろうことか三兄は家を捨てた。
カルトのことなど一顧だにせず。
母を刺し次兄を刺し、期待も責任も何もかも捨てて、身勝手に生きる道を選んだのだ。
(許せない)
そう思った。生まれて初めて、三兄を憎いと思った。
ゾルディック家を存続させる義務が、当主となるべき者に与えられた使命が、どれだけ重いものなのかを、あの人は知らないのか?知っていながら投げ出したのか?更に許しがたいことに、あの人は友達だとかいう得体の知れないものまで作った。運命を共にすべき肉親よりも、出会ったばかりの赤の他人の方が大切なのか? こんな裏切りはない。どうしてそんなことができる? 自分がどんな思いを抱いて生きてきたと思っている?三兄の友達を名乗る3人の間抜けづらを見た瞬間、腸(はらわた)が煮えくり返る思いがした。今この場で奴らの四肢をもいで顔面の皮を剥がしてやったらどんなにすっきりするだろうと本気で考えた。実際、母が隣にいなければ本当にそうしていたかもしれない。その後も三兄に徹底的に裏切られた。祖父と父を言いくるめて再び家を出て、知らぬ間に念能力を習得して、長兄の針を抜き去って、友達とやらを助けすために四兄を――……ああ、思い出すだけで腹立たしい!
とにかく、三兄はカルトの知るゾルディック家の人間とはあまりにもかけ離れた行動を取った。兄は変わってしまった。あのわけのわからない連中のせいで。
(兄さんを取り戻さなくては)
強く決意した。彼が家に戻ってくれば全てが丸く収まる。己の責務を果たしてくれるというなら、今までのことは水に流す。己の持てるもの全てを使い生涯をかけて尽くす。
(ボクが兄さんの目を覚ましてあげないと)
三兄だっていつまでも子供ではない。いずれモラトリアムにも飽きて自分がどれほど重要な存在であるかを理解して、何が最も大切かを理解するだろう――そう思う一方で。カルトの胸の奥には、寂しさに似たものが燻り続けていた。



――時々夢を見るのだ。
キルアがゾルディック家から連れ出したのが、アルカでなくカルトだったら。
家を飛び出す際、「一緒に来るか?」と手を差し伸べてくれたら。
「お前と二人がいい」と言ってくれたら――

(カルトの苦悩も書きたかったんです)

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