肉人形と兄貴3

(――いやだ!)
フェイタンは我に返った。
勢いをつけてイルミの手を振りほどいた。
肩関節が外れる感覚があったが、構わず肘打ちを繰り出した。
皮膚越しに骨と骨がぶつかる。鈍い衝撃が走る。外れた肩に電流が駆け巡る。不快感はない。怒りも感じない。むしろこの痛みで目が覚めるような感じがして、却って清々しく感じた。

(そうだ。これでいい)
もう少しで己を失うところだった。この男に洗脳され、傀儡と化すところだった。彼に呑まれそうになりながらも自我を取り戻すことができた。その事実を実感して、フェイタンは少し安堵した。
しかし、まだだ。完全にイルミの支配から逃れたわけではない。
フェイタンの思考を弄っているのは、間違いなくイルミの発だ。
おそらく操作系か?何か道具を媒介しているのか?まぁ、今はどうでもいい。とにもかくにもこれを解除させる必要があるのだが、素直に応じてはもらえないだろう。
いま戦えば十中八九殺される。正直、万全の状態でもあやしい。ましてや得物も持たず、恐怖を植え付けられた状態ではきっと負ける。
それでも、何もしないよりはいい。もともと何もせず諦めるのは性に合わない。こんな奴らに媚びて生きるくらいなら、抗って死んだ方がよほどましだ。

「まいったなぁ……思ったより効きが悪いみたいだな」
肘鉄を食らった胸を庇うでもなく、イルミが呟く。その表情には焦りの色など微塵もない。まるでフェイタンの抵抗を予期していたかのように落ち着き払っている。

「やっぱり加減が難しいよねー、自我を保ったまま制御するってのは。強すぎればただの木偶になっちゃうし。弱すぎればこうやって、急に暴れ出すこともあるしさ」
ぶつぶつ言いながら、再びフェイタンに手を伸ばす。先程よりも、ゆっくりと。毒々しいオーラを纏った指先を、額の一点めがけて。
二人のオーラが重なる。フェイタンの全身の毛が逆立つ。畏れを振り切って蹴りつける。あっさり回避されたが、その隙をついて扉に駆け寄っていく。ノブを回す。ガチャリと音がする。開かない。鍵が掛かっている。舌打ちをして、力ずくで抉じ開けようとした右手に鋭い痛みが走った。

「分からない奴だな。逃げられないんだってば」
痛みの元に目をやると、マップピンのような針が掌を貫通していた。流血はない。代わりに針を起点として、手の肉が、骨が、皮膚がビキビキと音を立てて、まるで別の生き物のように縦横に蠢いている。

(気持ち悪い)
と思った。見てくれのことだけではない。肉体を。思考を侵されている。針から何かが染み出している。イルミの念が。右手から心臓へ、心臓から脳髄へ。血流に乗って全身を巡る。細胞のひとつひとつにまで染み渡ってゆく。先んじて体内に埋め込まれたものと合流して、いよいよ宿主を乗っ取ろうとしている。
(気持ち悪い!!)
針を抜こうとするが抜けない。左手が震える。いうことを聞かない。

「無駄だよ」
イルミの足音が近づく。
「これがオレの発。念を込めた針を刺すことで人を操ることができる。見ての通り、刺したものを変形させることもできるし、数時間くらいなら顔を造り変えることも可能だ――どう?良くできてるだろ」
右手で針を弄びながら、イルミが淡々と語る。左手でフェイタンの腕を掴み、引き寄せて、至近距離で瞳を覗き込む。
その顔めがけて唾を吐いてやった。が、避けようともしないので、それはイルミの顔にべちゃりと貼り付いた。
イルミは無言のまま針を収めて、空いた右手を伸ばしてフェイタンの顎を掴んだ。そして顎関節を押さえて無理矢理口を開かせる。

「んぐ、ぅ」
「舌でも噛んで死なれちゃかなわないし、ここも弄っておくね」
「〜〜〜!」
「心配ないよ。痛くしないようにやるから」
「……!!」
イルミの指が喉の奥まで入り込み、嘔吐感に襲われ、生理的な涙が滲む。何か細長いものが喉の粘膜を突き破る感覚がした。
――そういえば先日、こうやってカルトに口を抉じ開けられ、咀嚼物を食わされた。思い出したくもない記憶が甦る。その時の屈辱を思い起こすと惨めで悲しくて、どうしようもなく泣けてきた。
「あーあー。泣いちゃった」
イルミは気にしたようすもなく唾液まみれになった指を引き抜くと、いったんフェイタンを解放し、その手をハンカチで拭いながら、
「なぁに、大丈夫さ。そのうち恐怖なんて感じなくなる」
と独り言ちた。
そして、先程弄んでいた針をフェイタンの首筋に突き立てる。
痛みはなかったが、脳天に響く衝撃があった。全身の血流が速くなり、手足の末端が痺れる。呼吸が乱れる。心臓の動きが加速していく。意識は冴えているのに、体は指1本動かない。
「安心していよ。ただの麻酔」
感情のない声。返事をすることは叶わない。
「ああ、そうそう。カルト明日には帰ってくるってさ」
一方的に喋る。フェイタンの反応は意に介さない。まるで独り言だ。
「一応このことは報告しておくから。お仕置きされるかもしれないけど……しょうがないよね。自業自得と思って、ちゃんと怒られなよ」

(……どうして)
疑問が浮かぶ。何故自分でなくてはならないのか?何故カルトは自分を選んだのか? そもそも彼は何故こんなことをするのか?自分は彼に何をしたというのか?
答えは出ない。出るはずもない。

「おやすみなさい。たくさん暴れて疲れただろ」
イルミが何か言っている。言葉の意味は、よく聞き取れない。
意識が急速に闇へと沈んでいく。抗う術はない。瞼が重く閉ざされてゆく。
「いい夢を」
耳元で囁かれた声を最後に、フェイタンの意識は途絶えた。

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