肉人形と兄貴1

「あーあ。カルトも好きだねぇ」
呆れたような感嘆したような台詞に釣り合わない平坦な声色で、肉人形と成り果てたフェイタンを見下ろしながら独り言ちるイルミ。
底なし沼のような彼の瞳から目を反らしながら、フェイタンは忌々しげに唇を噛んだ。

フェイタンはベッドに横たわっていた。カルトと揃いの黒い振袖姿で、肩につかないくらいの黒髪は編み込まれ後頭部で束ねられている。
首筋には真新しい愛の痕跡が刻まれており、袖から覗く手首には赤黒い鬱血の跡がある。
更に褄下は腰まで捲り上げられ、足袋を履いた脚は大きく開かれ、陰毛はつるつるに剃り上げられて。今まさに、カルトと交わっている最中であった。
「やだな兄さん、ノックくらいしてよ」
背後からの侵入者に振り向きもせず、フェイタンを犯しながら非難がましく呟くカルト。相変わらず人形じみた無表情ではあるが、その奥からは臭い立つような雄の情欲が滲み出ている。
「ごめんごめん。まさか仕事直前までエッチしてるとは思わないしさ」
「大丈夫。時間までには出かけるから」
言いながらもフェイタンを犯す動きは止めない。肌がぶつかり合う音と共に粘着質な水音が響く。疲労からか諦めからか、カルトの動きに合わせて揺れるフェイタンの身体はすっかり力が抜けきっている。
イルミは「やれやれ」と言いたげな溜め息を吐くと、ベッドに歩み寄り、腰を下ろし、小動物でも撫でるような手つきでフェイタンの頬を撫でた。

「思ったよりいい子にしてるみたいだね」
「まぁ、最初はけっこう手を焼いたよ。躾したらだいぶおとなしくなったけど」
得意げに言うカルトをじとりと睨むフェイタンだが、潰れた蛙のような格好で組み敷かれているのでは威圧感など全く無い。むしろ哀れですらある。その姿を一瞥しながら、イルミは「へーそうなんだ」と心底どうでもよさそうに相槌を打った。
「お前も心配症だね。たかだか数日留守にするくらいでオレに見張りを頼むなんてさ」
「まだフェイタンは信用できないから。ほらこれ。昨日、生意気言ったからお仕置きしてやったんだ」
そう言ってカルトはフェイタンの襦袢をはだけ、胸元を大きく露出させた。そこには無数の蚯蚓脹れがあり、中には血が滲んでいるものもある。
「わぁ可哀想。痛かったろうに」
イルミが同情的な台詞を漏らす。驚いたように肘を曲げ、両手をぱっと広げて、多少声を上ずらせて。感情らしい表現をして見せるのだが、芝居がかった動作が却ってわざとらしく見える。
「いい子にしてればボクだってこんなことしないよ。とにかく、もうちょっと馴染んでくるまでは目を離さない方がいいと思うんだよね」
「ふーん。ま、オレはお前の方針にああだこうだ言う気はないけどさ」
イルミと言葉を交わしながら、フェイタンを犯しながら、カルトは壁時計を見上げた。出発時刻にはまだ余裕があるけれど、乱れた格好を整えねばならないことを考えると、そろそろ切り上げ時かもしれない。
「っていうわけでフェイタン、しばらくお別れ。ちゃんと兄さんの言うこと聞いていい子で待ってなよ」
ストロークを早めて一気に高みへと上り詰めていくカルト。フェイタンは心頭滅却といった風情で天井の一点を見つめている。しかし、悩ましげに寄せられた眉根と噛み締められた唇からは快感を感じているのは明白であり、カルトはその様子に満足しながらフェイタンの中に精を放った。

「じゃあ兄さん、留守番よろしくね」
「うん。行ってらっしゃい」
身支度を始める弟を尻目に、サイドテーブルに置いたちり紙の箱を手に取り、フェイタンの事後処理をしてやるイルミ。カルトを見送ることもなく、ふて腐れた顔で無言を貫き通すフェイタン。
「一応言っておくけど。フェイタンに手を出したら殺すから」
帯を結び終えたところで釘を差すカルト。振り返ったその目つきは冷たく、オーラは殺気立ち、間違っても肉親に向ける類いのものではない。
「いやだな。弟のものつまみ食いするほど飢えちゃいないよ」
怒るでもなく怯むでもなく、イルミは肩をすくめて溜め息混じりに応える。
なおも猜疑に満ちた視線を投げかけつつも「それならいいんだけど」と呟き、出入口へと歩みを進めるカルト。そしてドアノブに手を掛け、ひとつ振り向くと「バイバイ」とフェイタンに声をかけて部屋を出ていった。

扉が閉まる音を聞きながら、汚れたちり紙を丸めて屑籠に投げ入れるイルミ。
フェイタンは恥じ入るでもなく、ぐったりと脱力しながら壁を見つめている。

「……お前。ワタシに何した?」
掠れた声が、億劫そうに言葉を紡ぐ。
「んー、教えない。敢えて言うとしたら、かわいい弟の誕生日プレゼントにするために、君をここに連れてきた」
抑揚のない声が、事も無げに答える。
「ふざけるな。プレゼントて、人のコト何だと思てるか」
「へぇ。まさか盗賊にそんなこと言われるとはな。欲しいものは無理にでもかっさらう。他人の合意なんて必要ない。君たちの流儀だろ?それと変わらないよ」
フェイタンの直腸に溜まっていたカルトの精液が、ぶちゅりと音を立てて漏れ出る。
「カルトとするのって気持ちいい?」
新たにちり紙を引き出し、漏れ出た弟の子種を拭いながら興味なさそうに問うイルミ。イルミの問いに顔を歪めつつ徐に口を開くフェイタン。
「……ワタシがそんな変態に見えるか」
「男に抱かれるの好きなんでしょ?仲間内に彼氏がいるって聞いてるけど」
フェイタンの皮肉を軽くあしらって、イルミは淡々と言葉を続ける。

「カルト、ずいぶん君に惚れてるみたいだよ。沢山お金貯めてフェイタンをお嫁さんにする。誰にも文句言わせないんだって。それで最近、張り切って仕事を引き受けてるのさ。かわいい所あるだろ?」
「……」
「あの子はどうも主張が弱くてさ。必要以上におとなしいっていうか、妙に我慢強くて、ワガママの一つ言ったことがない。仕事の上では助かるんだけど、兄としてはどうも心配でね。もしかしたら人の心を持ち合わせてないんじゃないかと思ったりもしたけど。あの子も恋の一つくらいするんだって安心したよ」
「……」
「ここで暮らすのは、君にとっても悪い話じゃないと思うんだよね。フラフラと野良猫みたいに生きてくよりは余程いいんじゃないかな」
「……」
「君はゾルディック家に嫁ぐ。カルトの子供を産む。言うまでもなくカルトは幸せだし、ウチとしても家業の担い手が増える。要するに皆ハッピーってわけ」
その言葉を聞いた途端、フェイタンの鼻筋と眉間にギュッと皺が寄った。

「……どういう意味か?それ」
「そのまんまだよ」
「脳ミソ大丈夫かお前?見ての通りワタシ男。子供産むとか普通に考えて無理ね」
「世の中にはそういう能力者も存在するんだよ。カルトが金を貯めようと躍起になってるのもそのためなんだ。『親父に借りた方が早いんじゃないの』『オレも幾らか出そうか』とは言ったんだけどさ。こればっかりは自分の稼ぎでやりたいって聞かないんだ」
能面のようなイルミの笑顔にフェイタンの背筋が凍る。
「まぁ仲良くやってこうよ。近い将来、オレたちは義理のきょうだいになるんだからさ。まだまだカルトには伸び代がある。いずれ君より強くなって、頼り甲斐のある旦那さまになる筈さ。そうなるまでオレもなるべくフォローするし。こんなお買い得物件、なかなかないと思うよ」
「……お前達、頭おかしいね」
フェイタンは吐き捨てるように言い、イルミから目を背けた。
「うん。自覚あるから平気。ところでそろそろお昼だよ。何か食べたいものはあるかい?それとも先にお風呂入る?カルトの奴がめちゃくちゃするから汗かいただろ」

……こんな異常な環境でなければ、弟の恋人の世話を焼く面倒見のいい兄貴といった風情である。
「リクエストがないなら適当に頼んでおくね。メシができるまで少し時間かかるからさ、その間にシャワーでも浴びるといいよ」
フェイタンからの返事はないが、特に気にした様子もなくベッドを降りるイルミ。内線を使って何処かに電話をかけ、食事の支度とフェイタンの着替えを手配するよう指示をしている。

イルミは背中を向けている。
襲いかかるなら絶好のチャンスだ。
しかしフェイタンにはそれができない。

(怖い)
(気持ち悪い)
(コイツには絶対に勝てない)

格上の念能力者に対する本能的な畏れ――だけではない。
この男に抗うことへの強い忌避感が、フェイタンの身体の自由を奪い、反骨心を捩じ伏せている。

(助けて。クロロ、フィンクス……)

無言のまま、唇を噛む。
フェイタンはじっとりと脂汗が滲むのを感じながら、震える膝を抱えて俯いたまま、カルトの折檻を受けるに至った言葉を、心の奥底で繰り返していた。

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