後日談

「こいつの名前、どうする?」
テレビに視線を向けたまま問う。
「考えてない」
彼女は赤ん坊を抱き上げながら答える。
「名前ならきと流星街でくれるよ。ワタシが考えるまでもないね」
「フーン」
「何故?」
「『何故』ってまぁ、オレからこいつにやれるもん何もねーし。餞別に名前くらいくれてやってもいいと思ってよ」

くだらない感傷だ。名前を与える?それくらいで親らしいことをしたつもりか。と内心で自嘲しながら言葉を紡ぐ。
「ま、フィンクスが決めたいなら決めてもいいけど」
「や。別にそういうわけじゃねぇけど」
「そ」
まだ名前のない赤子は母親の腕に抱かれ、まことに上機嫌な面持ちで乳房にむしゃぶりついている。
(ついさっきまでギャアギャア喚いていたくせに現金な野郎だな)
と思いながらも、彼は液晶画面に視線を移す。

フロアマスター戦開始まで、あと1時間ほどある。いま放送しているのは下層の雑魚同士の試合だ。
それにしても……このキンキン声の実況は何とかならんのか。もし自分が観客席にいたらアナウンサーの頭をかち割っているかもしれない。
試合自体も正直見れたもんではない。言うなれば前座にもならないお遊戯会。目糞と鼻糞の戦いである。
「ダメだこれつまらん、飽きた。団長出てくるまで他の番組にしねぇ?」
「別にこれでいいね。チャンネル戻し忘れるのもイヤだし」
「あそ」
彼女は画面に目を向けないまま、満腹になったらしい赤子の背中をポンポンと叩いている。
初めて見たときは意味が分からず「何だそれ」と問うたものだ。彼女曰く、新生児に授乳したあとは嘔吐を防ぐためにゲップをさせる必要があるらしい。

――今にして思うと、流星街の教育はけっこう充実していたと思う。特に生と死に関わることについては。
例えば、自分たちが暮らしていた地区では女児が出産の手伝いをする風習があった。
男である彼は参加したことがないので、その内容を知らない。ただ彼女の初産らしからぬ段取りや手さばきから、ある程度の事前準備や嬰児の扱いも教わってきたのだろうということは推測できる。
男児にも命に触れる機会がないわけではない。例えば、彼は家畜の世話を、分娩を、あるいは屠殺、解体を通じて命の理を学んだものである。
もっとも命の理を学ぶだとか、将来の仕事のためだとか、高尚な気持ちで参加したことは一度もない。単なる好奇心とご褒美目当てで参加したのだが、何が役に立つか分からないものだ。ここにきてブタの分娩介助の経験が活きるとは思わなかった。

「フィンクス」
寝かしつけた息子をベビーベッドに転がしたあと、彼女が彼の名を呼ぶ。
「ん?」
「ふふ」
どっかとソファに腰かけた彼を跨ぎ、対面するように膝の上に座ってくる。
「何だよおい」
「久々にしない?」
「何を?」
「セクス」
「は?」
呆れた。産後間もない身で何を言うかと思えば。
「ダメ?」
「ダメっつーか、チビ寝てるし」
「起こさないよう静かにしたらいいね。起きたところで、まだ何してるかなんて分からないよ」
「お前も体回復しきってねぇだろ。もうちょい安静にしとけって」
「もう充分ね」
――ああ、そうだ。彼女は大ダメージを受けた時には決まって性欲おばけになる。
生傷だらけだろうが骨折していようがお構い無し。蟻退治の時など発情しすぎて困ったものだ。そして授かったものが、あの小さな命である。
「どうしようもねぇなお前」
「ね、お願い」
彼女は彼に体重を預け、甘えるような声で囁いてくる。
こんな風に懇願されて断れる男がこの世にいるだろうか? 少なくとも自分には無理だ。
彼は溜め息混じりに彼女の身体を抱き寄せ、後頭部に手を添えて口づけをした。触れるだけのキスを繰り返しながら、彼女の衣服の中に手を滑り込ませていく。

「ン……」
彼女は彼の首に腕を回し、積極的に応えてくれた。いつもより反応が良い。やはり欲求不満だったのか。
「あ」
服を捲りつつ脇腹を撫で上げたところで、彼女は彼を制止するよう、彼の腕に手を添える。
「どした?」
「お腹弛んでる。あまり触るのダメ」
言われてみればまぁ、確かに肉質が柔らかくなったような気はするが……言われなくては分からないレベルだ。目立った皺もなければ肉割れもない。見た目には妊娠前とさほど変わらないように感じる。
「そうか?別に気にならねーぞ」
「ワタシが気にするね」
「分かった分かった。腹は触んねぇ」
素っ裸にしちまえばこっちのもんだぜ、と言いかけたが、機嫌を損ねても仕方ないので黙っておく。再び唇を重ね、舌を差し入れて唾液を交換し合う。ちゅぱ、と音を立てて口を離すと、彼女は切なげな吐息を漏らしながら下半身の服を脱いでいく。
「おっぱい見せろよ」
「……うん」
彼女は少しの逡巡のあと、上半身を覆う布を取り去る。
あらわになった胸は妊娠中にも増して硬く張り詰めており、先程まで息子に乳を与えていた突起は目に見えて色が濃くなったように思う。
こっちの変化は気にならないのか?と言いたいが口に出すと臍を曲げられそうなので、これも黙っていることにした。

(そういやオレ、コイツにひどいことしたっけ)
彼女が妊娠8ヶ月にさしかかる頃。行為の最中、嫌がる彼女の乳房に吸い付き乳汁を啜ったことがある。
あの時は軽いおふざけのつもりだったが、今にして思うとどうかしていた。気持ち悪すぎる。あの時の自分を。妊婦のおっぱいに吸い付く男を想像すると、何とも言えない罪悪感と嫌悪感に苛まれる。
寝息を立てる息子を一瞥する。自分そっくりの顔で彼女の乳を味わう姿を想起する。それがまた彼をむず痒いような照れくさいような、何とも複雑な心境に陥らせてくれる。
「お乳、吸いたいなら吸てもいいよ」
彼の心境を知ってか知らずか、彼女は冗談めかしてそう言った。
「は?」
「どうせ沢山出るし」
「いらねーよ。バカかお前」
「遠慮することないのに」
――ちくしょう。あの時の当てつけのつもりなのか。
彼は軽く唇を尖らせつつも、彼女の股間に。命を産み落として間もない箇所に指を這わせた。
「んぅ、……」
「痛いか?」
「全然」
そりゃそうか。劣情に身を焦がし、抱いてくれと迫るくらいなのだから。
ゆっくりと人差し指と中指を沈める。久しぶりの感覚に膣壁がきゅっと締まる。
指を出し入れするたび、秘部から淫猥な水音が漏れる。腹側のざらついた箇所を擽ると、小さな尻がもどかしげに揺れる。
彼女は彼の肩を掴み、ぎゅうと爪を立てながら快楽に耐えている。

「フェイ、思いっきり爪立てんのやめろ。いてぇ」
「……ああ、ゴメンね」
「チビ起きてねーよな?」
一旦動きを止め、息子が起きやしないかとベビーベットに視線を移した。能天気な寝顔を見るに、まぁ今のところ大丈夫そうだ。
「大丈夫、お腹いぱいになたらしばらくオネムだし」
「ん」
言うなり彼は指の動きを再開する。出し入れを繰り返すたびにぐちょぐちょと音が鳴る。
「ん、ぅ、んん、……」
出産という大仕事を終えていながら彼女のそこはきつく締まり、貪欲に快感を求めてくる。膣内の愛撫を続けながら親指で陰核を押し潰す。
「ヤダ、それダメ」
「ダメじゃねーだろ」
勃起したそれをグリグリと執拗に責め立てれば面白いように腰が跳ねる。
「ゃ!はァ、あぁ……」
「声抑えろってば」
「フィンクス。早く」
「ンだよ堪え性ねぇな」
「いいから」
「ハイハイハイハイ」
もう少しいじめてやりたかったが、彼の方も限界だ。そこは服越しでも分かる程に膨張しきっている。"テントを張る"とはよく言ったものだ。押し上げられた化繊の質感がまさに……といった感じで何とも滑稽である。
「ハハ、元気」
「うるせ」
「ふふ」
彼女は笑みを浮かべながら、彼の下半身の衣類をずり下ろし、彼のモノに手を添え、跨がり、自ら挿入していく。

「……はぁ……」
根元まで入り切ると満足げな溜め息が溢れる。
しばらくの間動かず、出産を終えた膣の変化点を探る。
一度限界まで拡張され回復したそこは、妊娠中にも増してねっとりと男根に密着し、蕩けるような快感をもたらす。
対面座位の格好で快感を貪り合う。彼女は彼の首筋に唇を押し当て、肩を撫で、腕を撫で、背中を撫で回してくる。全身を使って甘えたい気分らしい。
唇で唇を塞ぐ。舌を絡ませると彼女の方からも舌を伸ばしてきて熱心に絡めてくる。ちゅ、とリップノイズを置いて口が離れ、今度は彼女の方から顔を寄せてくる。何度も何度も口を離してはくっつけ、唇を啄んでくる。
「気持ちいい」
彼の胸に顔を埋めながらそう呟く彼女は、出産を経て妙に色気が増したような気がする。もともとかわいい顔立ちではあるが、それに艶っぽさが加わって、ぐっと"女"になったように感じる。
「お前、チビ産んでから変わったよな」
「そう?どこが」
「まぁ……色っぽくなったっていうか、」
言ってから少し恥ずかしくなって、彼女の視線を塞ぐようにその頭を抱きすくめ胸に押し付ける。彼女は一瞬驚いた様子を見せたが、おとなしく彼の腕に収まり顔を伏せ笑った。
「ハハ。老けたて言われたらどうしようかと思たね」
「安心しろ。仮に思ってても言わねーぜ」
「ふふ」
クスクスと笑う彼女の吐息が擽ったい。
「フィンクスも変わたよ。優しくなたね」
「バカ。オレは元から優しいだろうが」
「そう思てるか」
「お前は思ってねぇのかよ!」
彼女の頬をつまむ。彼女が笑う。横隔膜が震える。腹膜が引っ張られ内臓が揺れる。その微細な振動が結合している秘部に伝わり、じわりとした快楽を生み出していく。
「ね。動いていい?」
「ん」
彼女は彼の肩に手を添えてゆっくりと腰を動かす。上下に、前後に、回すように。その度に膣内が複雑にうねり、吸い付くように絡み付いてくる。膣壁を構成する襞と襞が擦れ合って、強烈な快感をもたらす。
「フィンクス」
吐息混じりに名を呼ばれる。それを合図に彼も下から突き上げる。先端が口から出てきてしまうんじゃないかと思うほど激しく、力強く。彼女の身体もそれに呼応するように揺れ動く。
「ん!あァ!」
激しい抽挿に嬌声が跳ねる。子宮口を突かれる度、彼女は顔を仰け反らせて快感を享受する。
「んぁ、ぐ!ぁう、う、」
彼のピストンが子宮頸部をつつく度、膣全体がキュンと締まる。その繰り返しの中、彼は彼女の身体を押し倒して正常位の姿勢を取り、上から叩きつけるように腰を振り始めた。
彼女と目が合う。汗ばんだ額に口づける。彼女も身動ぎをして、彼の首筋や顎に唇を寄せてくる。

「フィンクス。好き」
「ンだよ急に」
「好き」
彼女が好きだと繰り返す。彼の首に腕を回し、両足を腰に絡めて逃がすまいと力を込める。
そういえば初めて彼女を抱いた時も、こんな感じで愛の告白をされた気がする。
あの時も彼女の方から求めてきた。未熟な体を開いて破瓜の血を流し、痛みに耐えながら必死にしがみついて、歯を食いしばって、小さな体全部で彼を受け入れた。
あれから10年以上経った。おとなになった彼女は彼の子供を産んだ。
不思議なような、感慨深いような、何ともいえない気持ちが胸の内で燻る。
懐かしくこそばゆくて面映ゆい、切なくて泣きたくなるような、何とも形容し難い感情が溢れてくる。
その感傷を振り払わんと、彼はより激しく彼女を揺さぶった。
彼女の両足を肩に担いで、真上から突き刺すようピストンを繰り返す。結合部から漏れ出る泡立った愛液が互いの下生えを濡らす。張った胸から母乳が零れる。
彼女は快楽に溺れながらも息子が起きないかと案じているらしく、声を潜めて懸命に堪えている。そのさまが余計に彼の劣情を煽ることには気がついてないらしい。

「な。声、我慢すんなよ」
彼は上体を前に倒し、彼女の耳元に顔を近づけて囁く。彼女は首を振る。彼はさらに激しく腰を揺さぶり続ける。その間も彼女は声を漏らすまいと自身の指を食んで堪えている。その仕草を見ていると、嗜虐心を刺激されると同時に征服欲に満たされてゾクゾクする。
彼は彼女の指を口から引き離し、代わりに自分の指を差し込んで口腔内を犯した。彼女の舌を弄びながら抽挿の速度を上げる。子宮を責める激しいピストンに、彼女は目に涙を溜めて悶絶している。
彼女の手が背中に回される。爪が背中に食い込む。鋭い痛みが走る。そんなものは、もうどうでもよかった。
結合部は互いの分泌液でどろどろに蕩けて、もはや1つの生物のように混ざり合っている。互いの身体が溶け合っているんじゃないかと錯覚するほどに熱い。
彼女の絶頂が近いのを感じて、彼はラストスパートをかけた。彼女を座面に押しつけ体を折り曲げ、体重をかけて激しく打ち付ける。子宮頸部を幾度も押し潰し、亀頭をめり込ませる。
途端、彼女は大きく目を見開き、痙攣するように体を震わせて達した。膣内が収縮し、彼の陰茎にすがりつくように絡み付く。その刺激で彼も精を放つ。
吐精は長く続き、彼女の膣を満たしてもなお余るほどの量が出たように思う。彼女はビクビクと痙攣を繰り返し、その度に膣内が彼の体液で満たされた。

しばらくの間余韻を楽しんでから自身を引き抜くと、栓を失った膣口から白濁液が逆流して溢れ出てきた。
彼女はぐったりとソファに横たわり、放心状態で息を整えている。
少しやりすぎただろうか。と、彼は内心反省しつつ、彼女の頭を撫でながら、息子の方に視線を向けた。
(うわ、起きてやがる)
息子は、指をしゃぶりながら2人をじっと見つめていた。
別に泣くでも暴れるでもなく、父親譲りのぎょっとした目を見開き、絡み合う両親を興味深げに観察している。

「見てんじゃねーぞ。このクソガキャ」
どうせ何をしているかなんて理解していないだろうが、ちり紙で事後処理をしている姿をじっと眺められるのは何となく居心地が悪い。
「そんな怒ることないね」
彼女はソファに寝転んだまま笑い、彼の太腿を撫でてくる。
情事の余韻を引きずる体は、まだ熱く汗ばんでいる。
「おい。もうオシマイだからな」
「分かてる」
彼女もちり紙を引き出して事後処理を済ませる。それから「ハイ」と言わんばかりに両腕を彼に差し出した。抱っこしろ、と要求しているのだろう。
「ふふ」
「ンだよ」
希望通り膝に乗せ抱き締めてやると、彼女は彼の胸に頬を擦り寄せて目を閉じる。まるで猫が甘えるような仕草だ。
「フィンクス」
「ん」
「大好き」
「……知ってる。何回言うんだよそれ」
照れ隠しにそう言って、彼女の黒髪をガシガシと撫でてやる。
彼女は彼の胸に耳を当てながら、甘えるように頭をぐりぐりと押し付けてくる。
彼は彼女を強く抱き締める。
彼女はくすくすと笑いながら、彼の背中に腕を回す。
いちゃつく両親から関心が逸れたのか、息子の視線はテレビに向けられている。
画面の中では、闘技場スタッフがフロアマスター戦選手へのインタビューを行っている最中であった。

「フェイ。団長映ってるぞ」
「……ああ、もうそんな時間か」
彼女が顔を上げる。
先程までの乱れようが嘘のように平静を取り戻した彼女は、彼の膝から下り、隣に腰かけて試合を観戦し始めた。
情事の余韻を断ち切り無言で画面を見つめる。
ヒソカは強い。今まで出会った念能力者の中でも最強クラスだ。だからクロロが負けるとは思っていないが、全く心配がないかといえば嘘になる。
彼女も同じらしく、真剣な眼差しで試合の様子を見守っている。彼はそんな彼女の肩を抱き、自分の方へ引き寄せた。
一瞬前まで分け合っていた体温を服越しに感じながら、ふたりで試合の行く末を注視する。

「おいチビ。あの黒服のオッサンが団長。オレらのボス」
息子に団長の紹介をしてやったつもりだが、当然理解できるはずもない。自分の指を涎でべちゃべちゃにしながら、不思議そうな顔をして父親を見上げている。
「ハハ。団長、まだオジサンてトシ違うよ」
彼女は苦笑しながら立ち上がり、息子を抱き上げてゆらゆら揺らしてあやしながらソファへ戻る。
息子は小さな手で母親の胸元を掴んで揺れに合わせて「うう」だの「ああ」だの、よく分からない声を上げている。

この戦いでヒソカは死ぬ。息子の誕生と入れ替わるように。
死を恐れぬ狂った道化師は、待ち焦がれたこの瞬間を迎えて歓喜に打ち震えているに違いない。
望み通りクロロと存分に戦って死ぬのであれば本望であろう。何も同情することなどない。

いよいよ戦いが始まる。
画面に意識を集中させて、蜘蛛が死神を屠る瞬間を見届けんと息を呑む。
まだ誰も知らない。
勝敗の結果も。その先に待ち受ける想定外の運命も。
赤ん坊の存在は、まだ両親であるふたりしか知らない。

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