多分こいつは一生しらない

「フェイお前、どっか悪いのか?」
「生理軽くなる薬。最近飲み始めたよ」
――あんな面倒はもう御免だからな。
内心で毒づきながら錠剤を飲み下した。

「つーかお前がウチにいんの、なんか変な感じだな」
「迷惑か?」
「そういうんじゃねぇけど。互いん家に上がるなんて、流星街出てから一度もなかったろ」
「次の仕事場ワタシんち遠いよ。ここからだと空港近くて楽」
「言うて出港までけっこう日にちあるぜ」
「うん。それまでワタシのカラダ好きにしていいよ」
「は。家出少女じゃねーんだからよ」
いきなり転がり込んでくるわ変な薬を飲んでいるわ、今の自分の行動は不可解に思えるだろう。もう少し詮索してもいいだろうに、彼はそれ以上何も訊かずベッドに寝転んだままテレビに視線を移す。

「お!フェイ、団長映ってるぞ」
「そりゃ映るよ。今やてるの団長とヒソカの試合ね」
液晶画面には天空闘技場の実況中継が映されており、スピーカーからは喧しい歓声とアナウンサーのキンキン声がひっきりなしに響いている。
どうせ勝利の行方は決まっている。何も固唾を呑んで見守っている必要はないとは思うが、全く興味がないということもない。というか、他の団員のバトルを見物することほど面白いこともない。団長の戦いともなれば尚更である。
「一緒に観ようぜ」
ベッドの中央から端に寄って誘うフィンクス。フェイタンは少し考えたあと彼の懐に潜り込み、背中を包まれる形で試合を観戦することにした。

リング上でクロロとヒソカが対峙する。審判の合図。滾る両者のオーラ。いざ組み合うか…というところで審判の背後に回るクロロ。一瞬驚いたような顔をして硬直する審判。ほどなくして彼の目つきが変わる。マリオネットのような動きをもってしてクロロとともにヒソカに襲いかかる。盾にされ、蹴り飛ばされ、振り回されて。それでも愚直にヒソカに向かっていく審判の姿は滑稽であり哀れでもある。その陰からヒソカを攻め立てるクロロ。行く手を阻む肉盾を排除しようとヒソカがカードを振りかざした刹那。突如として審判の腹部が炸裂した。破壊をもってクロロの支配から逃れた審判は、血煙を上げながらリングに倒れ伏した。

「アンテナ刺さてる。シャルの能力借りてきたね」
「ああ。てか、あの爆発するやつ長老のじゃねーか」
「うん。最近亡くなたて聞いたけど」
「おかしくねぇかそれ、持ち主死んだら本から消えるんだろ」
「さぁ…ひょとしたら例外があるのかも」
画面を見つめたまま雑談を交わす。
「つーかフェイ、それどこで聞いたんだよ」
「『それ』?」
「長老が死んだこと」
「ここに来る前、流星街寄てきた」
「へぇ。何しに?」
「何もしないよ。様子見てきただけ」
「お前の子供を置いてきた」と告げたら何と言うだろう。と考えながら適当に答える。

「で、どうだった?」
「さすがにだいぶ落ち着いてたよ。お墓増えてる他はいつも通りだたね」
あの街は何ものも拒まない。余所者だから、捨て子だから、と爪弾きにされることはあるまい。
そう。"何ものも拒まない"。これが流星街の良いところでもあり、困りどころでもある。何しろ街を捨てた不良どもの手を借りねば害虫駆除もできないのだ。
旅団の助けがなくとも自力で対処しようと思えばできただろう。あの程度の害虫に太刀打ちできる念能力者はそれなりにいるはずだ。
おおかた掟に従い受け入れるか、例外として追い出すか、制裁するかしないか、キメラアント化した住民は人なのかそうでないのか、議会の承認がおりないだとか…そんなくだらないことで行き詰まって身動きが取れなくなって、手をこまねいているうちにあんな大事になってしまったのだろう。
一事が万事そんな調子だから歯痒いときたらないが、将来それをどう思うかは当人次第である。それが心地よいと思うなら安住したらいいし、いやだと思ったら出ていけばいい。

漫然と考えながら画面を見つめる。
観客のどよめきをよそに対戦相手たるヒソカに対して、この試合で使用する能力について実演を交えながら解説を始めるクロロ。
"人間の証明"を捺印された審判のコピーがヒソカに襲いかかる。首を外され呆気なくその機能を停止する。
この男の人生は何だったのだろう。闘技場の審判というのは、殉死するほどの価値がある仕事なのか?こんな職に就いたばかりに公衆の面前で爆殺され、そのうえあんなふうに弄ばれるとは。「互いに誇りと名誉を懸けて」云々という彼の最期の台詞がやけに空虚に感じて、気の毒すぎて苦笑が込み上げる。

ふとフェイタンは腰辺りに違和感を覚えて、そちらの方に視線を向けた。
そこにはフィンクスの手が回されていた。彼はフェイタンを抱き寄せたまま画面を見つめている。
彼の格好が赤ん坊に添い乳をする自分と重なった。思えばよくこんな体勢で乳を含ませながらテレビを見ていたものである。
歯が生えて乳首を噛むようになってからは授乳をやめて飯を食わせるようになり、今ではすっかり母乳も止まってしまったけれど。
フェイタンは赤ん坊に乳を吸われている時の、乳腺から脊髄にかけて広がってゆくような、むず痒いような甘い虚脱感を想起した。つい数ヶ月前の話なのに妙に懐かしく、遠い昔のことのように思えてならなかった。

「全然関係ねぇけどよ。お前、ちょっと肉ついたんじゃねぇか?」
そう言って脇腹を摘んでくるフィンクスの指先を無言で払い退け、再び画面へと意識を向ける。

審判のコピーが消える。観客席へ飛び込むクロロ。追いかけるヒソカ。クロロに操られた二名の観客がヒソカの行く手を阻むも動脈を切り裂かれ呆気なくその機能を停止する。
突如として身に降りかかった危機に慌てふためき我先にと逃げ惑う観客。出口に殺到する人波に逆行してヒソカに向かっていく者たちがあった。その額には"人間の証明"が捺印されている。
……この後の展開はまぁ、だいたい予想がつく。クロロは"転校生"で身を隠すか何かしながら客席を回って観客のコピーを量産する。そして大量に作った爆弾人形でヒソカを囲い込み爆殺する。おおよそこんな算段であろう。

「つーか団長喋りすぎだろ。そんなに手の内明かしちまっていいのか?」
「ま、冥土の土産てやつね」
ヒソカへの懇切丁寧な説明について苦言を呈するフィンクスではあるが、クロロの勝利は確信しているらしい。心配そうな口振りに反してその声色には余裕がある。

「それよりフィンクス。さきから人の体ベタベタ触て」
振り払った手が再び腰回りを撫でる。フェイタンはフィンクスの腕の中で身を捩るも、彼からの拘束は全く緩まない。
「けちけちすんなよ。さっき好きにしていいっつったろうが」
その言葉と共に彼の手が胸元へ滑り込んできた。大きな掌に包まれるように乳房を揉まれ、先端をくりくりと転がされる。
テレビ越しとはいえクロロの姿が見えているところで情を交わすのは気が引けるのだが…その心とは裏腹に体の方は甘く疼き熱を帯びていく。
胸を愛撫していた手が下肢に触れてくる。下着の中に侵入してきた指先が陰核を押し潰すと、反射的に腰が跳ね上がった。
執拗にそこばかり責め立てられ、次第に頭が快感で痺れてくる。気がつけばフェイタンは胴を捩って振り向き、彼と唇を重ねていた。互いの舌が絡み合い、唾液を交換するように何度も口づけを交わし、遂にはフィンクスの首に腕を巻きつけ夢中で啄むようなキスを繰り返していた。
唇が離れるなり、そのままぶら下がるように抱きつく。そのまま上から押さえ込まれるような体勢になって、フェイタンはフィンクスの首筋に顔を埋め、耳たぶを甘噛みしながら吐息混じりの声を上げる。

「あ、」
ショーツを下ろされ膣口に指を突き立てられた瞬間、短い声が上がった。太く長い指が中を探るようにして動く。気持ちいいところを掠める度、びくんと体が震える。二本三本と増えていく指の動きに合わせて粘着質の水音が響いた。
人間を一人ひり出したそこはすっかり回復して、久々に味わう快楽に歓喜の涙を流している。やがて指が引き抜かれるとフェイタンは自ら脚を開いて濡れた陰部を曝け出す。
フィンクスがジャージを下ろす気配を感じながら、ふと思う。
いま自分は。クロロによるヒソカの公開処刑を視聴しながらフィンクスとセックスしようとしているわけだ。自分で自分がいやになるが、もう抑えられそうもない。

「フェイお前、勿体つけるわりに感じてんじゃねぇかよ」
フィンクスが耳許で囁きかけてきた。フェイタンは何も答えず、ただひたすらに快楽を追うことに集中した。
性器同士が触れ合った途端、待ちわびていたかのように子宮がきゅんと疼く。
ゆっくりと挿入されていく感覚に身震いし、シーツを掴んだ手に力を込めた。
やがて全て収まりきるとフィンクスは律動を開始する。最初は浅く。徐々に深く。抜き差しを繰り返す度に結合部から淫猥な音が立ち、フェイタンの口からは抑えきれない喘ぎが漏れる。腰を打ち付けられるたび全身に甘い電流が走る。脳髄が溶ける心地だ。
「あ、はあ、ぅ、」
以前はここまで敏感ではなかったのに。抽送の合間に肌を撫でられると、それだけで達してしまいそうになるほど気持ちが良い。
不意に背中を押されてベッドの上にうつ伏せになるよう誘導された。尻を高く掲げる姿勢を取らされると、今度は後ろから責め立てられ、再び快感の波に襲われる。

「あーあ。偽物でやんの」
画面の中では、相変わらずクロロとヒソカが鬼ごっこに興じている。"転校生"によってクロロの姿になった観客を追いかけ、仕留め、元の姿に還元されるのを呆然と見つめるヒソカ。フィンクスはそのさまを横目で見ながら鼻で笑っていた。
「フィン、やめたらダメね」
「ん」
もどかしげに腰を揺らし、背後の彼を急かす。彼はフェイタンの背に覆い被さるようにして、その体を抱きしめる。そしてそのまま動きを再開した。胸を弄り回され同時に最奥まで突かれる。あまりの快感で、眼球の奥に火花が散った。

――ヒソカを壊せ。
クロロの"命令"が場内に響く。わらわらと二百体余りの"人形"が場内へと詰めかける。
その数体を"伸縮自在の愛"で捕らえハンマーのように振り回して迫りくる"人形"を蹴散らすヒソカ。
子宮頚部を亀頭でグリグリと圧される。弱い部分を刺激されフェイタンは悲鳴にも似た声を上げる。
ヒソカの左手が爆ぜる。
結合部から泡立った愛液が溢れてフィンクスの陰毛を濡らす。
人形で人形を蹴散らしながらヒソカは"伸縮自在の愛"を命綱に逃げる。追い縋る人形の群れ。二階でヒソカを待ち受けていた人形が自爆する。ヒソカは爆風を浴びながら瓦礫とともにリングに落ちていく。

「終いだな、あの野郎」
画面を横目にフィンクスが独り言ちる。その声は熱っぽいようで冷たい。獣欲に任せて腰を振りながらも冷徹な目をしてヒソカの最期を見届けようとしている。やがて彼にも限界が訪れたようで一際強く腰を打ち付けてきた。漫然と画面を見ていたフェイタンは思わずぐっと息を呑んだ。向こうのクロロと目が合った。ニット帽を目深に被って無表情にカメラを見つめている。いや。彼が見ているのはカメラではない。ヒソカだ。
一人。二人。片足を失いながらもどうにか命綱を繋ごうともがくヒソカめがけて観客を投擲するクロロ。ヒソカめがけて群がる数百体の人形。轟音が響く。画面が砂嵐に包まれる。
それとほぼ同時にフェイタンは数回痙攣して、子宮口めがけて熱い飛沫がぶち撒けられる感覚に酔いしれた。

***

「――流星街で」
事後特有の倦怠感に酔いしれながら口を開くフェイタン。

「『お前の子供できたら産んでやる』て言たの覚えてるか?あれ、わりと本気ね」
フィンクスは驚いたように目を丸くして、こう続けた。
「冗談じゃねーよ、ガキなんてウゼェだけだろが。第一誰が世話すんだ?仮に赤ん坊抱いて集まりに出てみろ、いい笑いもんだぜ」
「世話するなんて言てないよ。産んだら流星街(あそこ)に置いてくね」
「あー、そういやそんなこと言ってたなお前」

彼は咥え煙草で冷蔵庫を漁りながら、どうでもよさそうに相槌を打つ。そしてミネラルウォーターを二本取り出すと、ベッドに寝転がっているフェイタンに一本投げて寄越した。
フェイタンはそれを一瞥したあと、黙って彼の顔を見た。天井に向けて紫煙を燻らせながら何だかさっぱりした顔をしている。

「おお。ありゃ死んだわ」
カメラが復帰したらしい。画面の向こうは混乱に陥っていた。
損傷したヒソカが映った。担架に乗った彼は片手片足を失い、顔面の皮膚は吹き飛び、ぴくりとも動かない。その傍らでは救護班が慌ただしく動き回っている。

ヒソカが死んだ。
これでまたひとつ患いがなくなった。
画面に視線を注ぐフィンクスの横顔を見ながら、フェイタンも心の中でひっそりと安堵した。

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