「滝さん、ありがとうございます!毎年毎年…いつもありがとうございます…!」
「ふふ、チョコレートケーキを作る機会なんて、それこそ1年に今日くらいしかないからね」
「なんだかすみません。でも嬉しいです。」
大きな身体を縮めさせて、照れ臭そうに頭を掻く友人か視界に入ってきて、俺は目を逸らした。
それこそ毎年見る光景。見慣れたやり取り。
悪意はないが、じっと見詰めるようなものではない。
滝さんがレギュラー陣のために手作りのケーキを焼いてくるのは、一種の氷帝テニス部の名物のようなものだった。
相手の好みにあわせて毎年趣向を変えながら作られるそれはさながら芸術品のようで、それを楽しみにしている者も多いと聞く。
味もさながら製菓でも習っているのかと疑いたくなるレベルだ。
部長がその味を気に入っているというのが一番の証拠だろう。
「滝さんのケーキはすごく美味しいので、持ち帰ると母が喜ぶんです」
「なんだか恥ずかしいなあ…お母様によろしくね」
「はい、ありがとうございます!」
いつもより機嫌が良いのだろう。浮き足立っているあいつの背中を蹴り飛ばしたい衝動を抑えながら、俺は
去っていく鳳を見送った。
「調子の良いやつめ」
「俺は喜んでもらえて嬉しいけどねー?」
「…そうですか」
くるりと踵を返し歩き出そうとすると、間髪入れず滝さんに呼び止められた。
「ちょっと、」
「…なんですか」
「俺の一番の力作を見ないで帰るなんて許さないよー?」
「……はい?」
意味深なセリフに、振り返ろうとした瞬間。
なにか固いもので後頭部をこつん、と小突かれた。
「力作って言っても、俺の十八番だけど。日吉にはこれって決めてたんだ。」
慌てて振り返ると、いつもの穏やかな微笑みを称えたあの人の姿。
手元には、少し細長く浅めのケーキボックスと、シックな包装紙に包まれた小さな箱。
「ハッピーバレンタイン、日吉。好きだよ。」
ふわり、花が綻ぶような笑み。
俺の好きな、優しくて穏やかなその表情。
くそ、こんなの、
嬉しくないわけ、ないじゃないか……
「……ありがとう、ございます…」
素直に感情を伝えるのが苦手な自分がこういうときは恨めしい。
それでもこの人は、そんな俺の事を解った上で接してくれているのだろう。
これは思い上がりでも、勘違いでもなくて、確固たる自信。そして、確信。
小さな箱に入った、抹茶の生チョコレートと、ビターなチョコレートチーズケーキ。
このラインナップを見れば、すぐに分かる。
胸の辺りが暖かくて、なんだか擽ったい。
こんな感情を持たせてくれるのは、俺にとってはこの人だけなのだろう。
単純すぎる自分に苦笑い。
でも、嫌じゃない。
人目がないことを確認して、少しだけ滝さんの手に触れた。
細い指を絡めて、ぎゅっと握る。
今はまだ、素直に言葉を口にはできないけれど。
繋がる手から少しでも想いが伝われば良い。
そう、願った。
(SS)