幸せの時間

※ 大学生ぐらいのお話
※ 恋人です
※ 時間軸は無視してください




かたかたかた、キーボードを打つ音と、画面を睨み付けながら呻く彼の声が響く。
ちょっとだけ猫背になって、モニターを親の敵みたいに睨むその背を睨んだ。
彼のために淹れた胃に優しい蜂蜜レモンはすっかり温かさを失ってしまっている。
もう、正一くんっ!
むすっとむくれるけれど、私に背を向けてる正一くんがそんな私の感情に気付く筈もない。
自分用に淹れたココアをスプーンでくるくる回しながら、また正一くんの背を睨んだ。

「くそっ。そうくるなら………」

かたかたかた、早い勢いでキーボードが押されていく。
エンターをたぁん、と高い音を立てて強く押した正一くんは、ふぅぅ、と深いため息を吐いた。
───ため息吐きたいの、こっちなのに!
久々に会ったって言うのに、無視して『チョイス』やってるって、どういう了見なの、正一くん!
怨念を込めた視線を正一くんに向ける。
それでもやっぱり正一くんはこっちを向かない………つまり、私の気持ちになんかは気付いてない。
………あ、苛々してきた。
チョイスの相手が白蘭なのはわかってる。
───憎い。
チョイスがじゃない。白蘭が、だ。
あぁもう、どうして邪魔するかな、白蘭!
白蘭は正一くんに対抗するだけの頭脳の持ち主で、正一くんと一緒にチョイスを作ることが出来た人間。
正一くんの話でさえチンプンカンプンな私とは、『価値』が違う。
───でもだからこそ。
モニターに真剣な正一くんの背にのしかかる。
ぴくん、と正一くんが身体を震わせてこちらを仰ぎ見たので、そんな彼ににこりと笑った。
………寂しがりや、なんだってば。
中学の時から自覚がある一面を心の中で呟いて、パソコンの電源をぷちりと押した。
あっ、と震えた声が聞こえたけど、そんなの、知ったことじゃない。

「………し、」
「静玖ちゃん?」
「正一くんが、悪いんだよ。………たぶん」
「………静玖ちゃん?」

ふい、と顔を反らしてから身体を離した。
正一くんが私の背に手を伸ばしてきたけれど、それが私に触れる前に逃げるように正一くんから距離を取る。
そうしてさっきまで座っていた場所に戻って、ココアが入ったコップを手に取った。
冷めてしまったそれを一口ですべて飲み込んで、きっと正一くんを睨む。
きょとん、と目を丸くした正一くんは、どうしたの、と聞いてきた。
───どうしたもこうしたも無いのに………!

「あのですね、正一くん!」
「うん、何かな、静玖ちゃん」
「白蘭なんか構ってなくていいから、私をちゃんと構ってよ」

思わず呟けば、正一くんが椅子から転げ落ちた。
え、あれ、え………?!
いたた、と腰を触りながら、眼鏡をかけ直す。
その様を見ていれば、頬から耳まで真っ赤に染め上げ、私の視線から逃げるように顔を背けた。
正一くん………?

「ご、ごめん、静玖ちゃんっ。チョイスにちょっと凝っちゃって」
「うん」
「でも、まさか」
「うん?」
「静玖ちゃんからそんなこと言ってもらえるなんて思わなかった」
「………なんで、」

正一くんからこぼれた言葉にそう返すと、彼は椅子を直しながら立ち上がった。

「だって、僕の方が」
「正一くんの方が………?」
「僕の方が、君が好きだから」
「………………」

あんぐり、と口を大きく開けて固まった。
え、正一くんの方が、好き………?
手の内から落ちそうになったカップをしっかりと握り締め、それから、正一くんをじぃっと見た。

「正一くんの方が、好き………? ………なんで?」
「だって君には、どうしても外せない人間が居るから」
「それって、」
「うん、綱吉君のこと。君は、何があっても彼は外せない。でも、僕はまだそこまで行き着いてないと思ってたから」

ぽすん、と真隣に座ってきた正一くんは、私の手からコップを取ってテーブルに置いて、それから私の手を握り締めてきた。
私の手を覆ってしまえるだけの大きさの正一くんの手。
技術者としての、素晴らしい実力を持つその手。
きゅうっと握り返して、その手の感触をしっかりと感じるようにすると、正一くんはくすりと笑った。

「だからね、静玖ちゃんが、僕が白蘭さんとチョイスをしていることに不満を思ってくれて、何よりそれを露わにしてくれたことが嬉しい」
「私だってそれぐらいの感覚あるのに、」
「うん、そうだね。だからね、それらは全部、僕の思い込みだった」

柔らかく笑う正一くんは、なんだか本当に優しくて、嬉しそうで、私の心の奥がぽかりと暖かくなる。
………あぁ、もう!!

「正一くんは、私に夢を見過ぎだと思う」
「そうかな」
「そうだよ。私はただの、普通の女の子なのに」
「………そうかも、しれないね」
「でしょ?!」
「静玖ちゃんがこんなに可愛いとは思わなかった」
「かっ?!」
「確かに僕は、静玖ちゃんを神聖化し過ぎていたのかもしれない」
「いや、あの、」
「そうだよね、静玖ちゃんも、一緒なのにね」

うんうんと頷いて人の話を聞こうとしない正一くんに押されつつ、そのままきゅっとだ抱き締められた。

「静玖ちゃん」
「な、なあに、正一くん」
「君を好きになって良かった」
「えええ、ちょっと待ってよ、正一くん。何がどうしてそう繋がるのかわかんないよ」
「そういう時、ないかな」
「え?」

問い掛けられて、無意識に抱き返そうとしていた手を止めた。
そ、そういう時って………?

「無性に、君が好きだって思う時」

耳元で落ち着いた正一くんの声が響く。
すとん、と胸の奥に落ちた暖かい何かを感じて、それから正一くんの胸元に額を付けた。

「………今がそれなんだけど、」
「そっか。それは嬉しいな」

白蘭に腹を立てていた気持ちも収まり、正一くんに素直に甘える。

「なので私を構ってください」
「喜んで」

正一くんは、以前より長くなった髪を梳くように一度後頭部に差し入れた手をするりと抜いて、また背に腕が触れ、そこに力が籠もる。
力強く抱き締められ、抱き返しながら私は力を抜くように微笑んだ。
幸せの時間は、これからも続く。











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正一くんとの未来のお話とのリクエストだったので、チョイスの話を混ぜてみました。
そして主人公が「白蘭貴様………!」的な反応が書きたくて仕方がなかったお話でした。
リクエスト、ありがとうございました!



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