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「燕也」

僕を呼ぶあの人の声は、いつだってとても優しい。
産みの母ではないけれど、あの人は僕の育ての母だった。
忙しい両親に変わって、おいで、と僕を手招いて育ててくれた人。

「燕也、ヴァリアーに行って。私はもう、行かなくちゃ」
「雲雀さんのところに、ですか?」
「うん、そう。私は雲雀先輩のところに、ね。………そろそろスペルビが来るはずだから、ヴァリアーに行って」
「静玖さん、」
「燕也達を巻き込むわけにはいかないから、ね?」
「『達』………?」
「秋のこと」


秋、とは、僕の主に成る人。
秋はもう、キャバッローネに保護されている。

「や、です」
「燕也、」
「やです。僕も役に立ちたい!」
「………馬鹿だなぁ、燕也。君達はね、この悲惨な時代の中でちゃんと生き続けることで私達の役に立つんだよ」


優しく頭を撫でてくれる静玖さんに、きゅっと口を閉じた。
そんな僕にふ、と笑みを浮かべた静玖さんは、ゆっくりと僕を抱き上げる。

「君にはまだ難しいかもしれないけど、納得してほしいな」
「静玖さん………」
「この時代の先を生きるのは君達だ。だから私達は、君達を生かさなきゃならない」
「………わかり、ました」


納得なんてしたくない。
でも、静玖さんが僕を想っていることはわかっているから。
だから、

「すべて終わったら、僕のこと迎えに来て下さいね」

約束を1つ。
わかった、と僕を改めて抱きしめてくれた静玖さんに、泣きたくなった。












ひぃひぃと言いながら走る。とにかく走る。もう、走るしかない。
そう、走るしかないのだ。
これもこの危ない時代で生きるため。帰りたい過去へ帰るため。
何が何でも生きていなきゃいけない。
そのためには、苦手でもなんでもやらなければならない。
それが私の覚悟で決意だ。
ぜっひゅぜっひゅと肩で息をして、顎に伝う汗を拭う。
昨日より今日、今日より明日。
ほんの少しで良いから長い距離を走れるように。
ほんの少しで良いから、長時間炎を灯し続けられるように。
深く息を吐いてから、リングの炎を確かめる。
ゆらりゆらりと小さく揺れる炎を見て、目を細めた。
───大丈夫、大丈夫。
まだ、イケる。

「よしっ!」
「はい、そこまで」
「っ!!」

走りだそうとしたら、はしっと腕を掴まれる。
掴んだのは雲雀先輩で、切長の瞳を細めていた。

「やり過ぎは厳禁だよ」
「雲雀先輩、」
「体力をつけろとは言ったけれど、無茶をしろなんて言ってない」
「はぁ、」

すぱんっと言われても、なんて答えて良いのかよくわからず、中途半端な言葉を漏らせば、雲雀先輩はふぅ、とため息を吐いた。
それからくるりと私の身体を回転させて、お互いを見合う。
雲雀先輩の表情が少し堅いのは気のせいじゃない、よね?

「これから沢田綱吉のところに行くけど、君はどうする?」
「………!」

どうする、と聞かれても、答えようがない。
今綱吉と会うべきか、どうなのか。
そりゃ、それを決めるのは私かもしれない。だから雲雀先輩はわざわざ聞いてきたんだと思う。
だけど、

「戸惑うなら此処で待ってなよ」
「………はい」
「哲にお茶を用意させる。いつもの部屋で休んでて」
「はーい」

元気良く返事をして、それから雲雀先輩と別れた。
いつもの部屋、と言うのは、私たちが食事をする部屋のこと。
しゅるりと衣擦れの音を立てた後、ぱたぱたと軽やかに走る。
このところ走り続けたお陰が、身軽になった気がする。………うんまぁ、あくまでも『気がする』だけなんだけれども。
すぱんっと行儀悪く勢いを付けて開けると、草壁先輩が待っていてくれた。

「静玖さん、どうぞ」
「ありがとうございますー」
「私もまた雲雀についていきますので、どうぞこちらで休んでいてください」
「はぁ、」

草壁先輩も居なくなっちゃうのか、と少ししゅん、としてから、お茶を受け取って、私と入れ違いで部屋を出て行った背を見送った。
左手に填めていたリングを外し、手の内でころころと遊ぶ。
だって暇なんだもの、と誰も居ないのに心の中で勝手に言い訳をして、ため息を吐くと、リングが勝手に輝きだした。

「───っ!!」

私が灯したそれより輝くリングに目を見開くと、かすかに聞こえた声。
助けを求める、綱吉の声。

ぎゅっとリングを両手でつかむと、引きずられるようにして意識を手放した。



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