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「わぉ、素晴らしい炎だね」
「わぁあ!」

すっと後ろから伸びた手が、布団の上に転がったチェーンをつまんだ。
リングに巻き付けられていたチェーンが、いつの間にか外れていたらしい。
ぼうっと火を灯すリングにそれを巻きつければ、しゅうう、と火が消えた。
へ、え。

「マモンチェーン、って言ってね。リングの能力を抑えるんだよ」
「マモンチェーン、」
「で? 君がこれに炎を灯した、ということは戦うつもりなんだ?」
「………………戦いは、しません」
「へぇ?」
「自分の身を、自分で護るためです」

『ここ』に居る以上、騒動に巻き込まれるのは必須だ。
だから、私は私にできることをやるだけ。
それを『覚悟』と言うのなら、そうなんだろう。
それを戦う意志とするのなら、そうなのかもしれない。
だけど私は、やるべきことを、私がやらなきゃいけないと思ったことを、やるだけ。

「静玖」
「わっ、」
「お風呂入っておいで」
「ふぇ」
「一回さっぱりしてから、筋力トレーニングしようか」
「筋力、」
「戦うにしても戦わないにしても、君は基礎体力がなさ過ぎる」

グサッと突き刺さる言葉。
しゅん、と肩を落としてから、それでもその言葉に頷いた。
体力がないのは当たり前だ。
授業の体育以外、ろくな運動なんかしないんだから。

「さ、行くよ」
「あ、はい」

雲雀先輩に連れられて、お風呂場へ。
なんかやっとお風呂に入れる気がする。
いそいそとお風呂に入って、身も心も綺麗さっぱりとさせる。
あぁー、お風呂気持ちいいや………。
家にはない広さの浴槽で身体をぐぅっと伸ばして、んー、と息を抜く。
あまりの居心地が良いから、いつもよりちょっと長湯して、それからゆっくりとお風呂を出た。
タオルで身をくるんでから着替えを探して、何もなかったことにぱちりと目を瞬かせる。
違う、着替えはあるのだ。『服』がないだけで。
え、ちょ、着物………?!
いや、着物と言うより、小袖と袴と言った方が正しい。
そっと手に取ってみると、本来の和服の素材ではないような感じがする。
そして何より、

「………?」

なんとも言えないけれど、着なきゃいけない気がする。
そりゃそうだよね。裸でいるわけにはいかないし。
探しても、服はないみたいだし………。
子雨が着ていた姿を思い出しながら、試行錯誤で着てみる。
こ、これで良いのかな。………良いのかなぁ。
ま、いっか。
がらっとドアを開けると、ぴしっとスーツを着込んだ草壁先輩が待っていた。
私を見てにこりと笑った後、ちょいちょいと手招かれたので傍へ寄れば、慣れた手付きで襟元などを直される。

「身体はどうですか?」
「へ? はい、さっぱりしました!」
「いえ、そうではなくて」
「???」
「いえ、お感じになられないのならばそれはそれで」

安堵とも言えないため息を吐いた草壁先輩に首を傾げつつ、促されるままに先ほどの部屋まで戻った。
その手のひらでころころと『雪』のリングを転がしていた雲雀先輩は、私の姿を見て、すっとその瞳を細めて笑う。

「おいで、静玖」
「あ、はい」

呼ばれたので傍まで行けば、左手を取られて中指にリングを填められた。
………? なんでここ?

「君は装飾品を左に付けることが多かったからね」
「へ、」
「ピンキーリングに合わせてこっちだった」

今は深琴ちゃんに預けているピンキーリングがあった場所───小指をするりと撫でられる。
そっかぁ、この時代でもソレを付けたまんまなんだ、私。
そうであろうと勝手に推測して、にへ、と笑う。
良かった、未来の私も幸せそうで。
十年経っても、ちゃんとティモと繋がっている。
その事実が、私をそう思わせる。
私が知らない十年後のこの時代でも、私はちゃんとあの人に寄り添っている。寄り添っていられる。
そんな幸せ、他にない。

「君がやることは2つ」
「はい」
「炎をリングに灯し続けることと、走り込みすること」
「へ」
「まぁ、だから、炎を灯しながらここを走り込めば良いよ」

あまりにも簡単に、しかも淡く微笑みをプラスして首を傾げた雲雀先輩に、ぽかん、と口を開けて固まったのは言うまでもない。
その日から、炎を灯しながら黙々と走り込む日が続いたのであった。












「師匠(せんせい)、どちらですか、師匠!」

暗殺部隊の城を、似合わない幼い子供が声を張り上げて走る。
敬称、もしくは愛称に過ぎないそれで呼ばれたスペルビ・スクアーロは自室に戻りかけたその足を止め、子供がいるだろう方向へと歩みを進めた。

「燕也? どうしたぁ」
「ドウしたもコウしたもアアしたもありません!」

幼い身体を精一杯使って己の不満を露わにする幼子に、スクアーロはくつ、と喉を鳴らして笑った。

「僕、お───深琴さんがここに来ているなんて聞いていません!」
「言ってねぇからなぁ」
「あああもう、なぁに暢気なこと言ってるんです!」

むすっとした幼子───燕也はぷりぷりと怒る。
その姿は実の母親よりも育ての親に近い静玖に似ている、とスクアーロは静かに目を細め、その幼い頭をぽんぽんと叩いた。

「なんだぁ、深琴じゃあ不満かぁああ?」
「まさか!」
「じゃあなんだぁ」
「き、」
「『き』?」
「緊張して深琴さんと顔を合わせられません!」

どうしよう、師匠!
あわあわと慌てる幼子を見つめ、スクアーロは再びくつりと喉を鳴らすのだった。

確かにこの未来はあの過去から繋がっている。その事実にあの中学生達はどんな反応をするのか、スクアーロはそれが楽しみだった。



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