52

何故、静玖が九代目の病室に連れてこられたのかわからない。
いや、連れてきたのはウチのロマーリオだか。
だけどその前にロマーリオに耳打ちしたのはアイツ───静玖に『子雨』と呼ばれた男だった。
男2人に羽交い締めされたオレはチューブが繋がった九代目を静玖には見せたくなかったのだが、それでも静玖は病室に入る。
一歩踏み出して固まった静玖の背に、何故かオレが泣き出しそうになった。
行くな、泣くな、苦しむな!!
そう叫びそうになったオレやボンゴレの奴らを包んだのは、ひやりと冷たさを感じさせた白い炎だった。

「静玖!」

視界が真っ白くなって何も見えなくなる。
静玖は、アイツは大丈夫なのか?!
腕を振り解いて病室に入る。
静玖が居ただろう場所に腕を伸ばせば、案外細い肩は簡単に掴めた。

「───っ、」

炎は、光はしゅうう、とゆっくりとその輝きを消していった。
───ただ一点を残して。
静玖、と再び彼女の名を呼べば、横から長い足が吹っ飛んできたので咄嗟に静玖の肩から手を離してそれをかわす。
その瞬間、オレがいた場所に『霧』が収まった。

「雪の姫様、ご無事で?」

オレが聞きたかったことをあっさりと聞いた『霧』の腕の中にすっぽりと収まった静玖は、その胸元で輝く光に両手を添えるようにして固まったまま、こくん、と頷いた。
それから何かを伺うように静玖が下から『霧』を見上げる。

「ティモの傍に居たい」

伺っている瞳なのに、言葉は全く伺っていない。
誰にも反論させない、そんな声色を持っていた。

「もちろんです、雪の姫様。貴方はあの方の傍へ」

ジャケットを脱いだ『霧』は静玖の肩にそれを掛け、そっとその頼りない背を押した。
かつ、とスニーカーの踵が床を蹴る。
一度止まった足も、ぽぅ、と炎が完全に消えた瞬間にぱたたっと九代目の伏せるベッドの脇に置いてある椅子にちょん、と座った。
くるっと振り返った『霧』は、オレを一瞬だけ一瞥して顎でドアを指し示す。

「出ますよ」
「あ、あぁ」

ちらりと静玖を見る。
その背中は翳りを背負っていて、あまりにも小さくて頼りない。
それでも、あの背の温もりをオレは知っている。
───あぁ、そうだよな。
『霧』にキツく睨まれたけど、その視線を無視して静玖に近付いた。
『霧』のジャケットが掛かった静玖の肩にそっと触れるとびくりと身体を揺らす。
それでも、視線は九代目から外れたりしない。
ぱたん、とドアは音を立てて閉められ、病室内には静玖とオレと、意識のない九代目だけになる。

「───静玖、」

羨ましい、とそう思った。
この小さな背を預けられているツナが。
この子の信頼を一身に受けるツナが。
だけどこれは、この事───静玖が九代目と知り合いである事は、その事実はきっと、ツナも知らないことなはず。
ゆっくりと静玖の首に腕を回すと、その身体は震えることなくオレの温もりをそのまま受け入れた。
ぎゅう、と心臓辺りを握られたような感覚と、それこそこの身を満たす充実感に細く笑む。
───優越感。
静玖にとって誰よりも大切な幼なじみであるツナも知らないだろう事実をついこの間知り合ったばかりのオレが先に知った。
そして今、この場にオレがいる。
あぁなんていう、優越感。

「静玖」

もう一度名前を呼べば、彼女はゆっくりとオレを見上げた。
ぱちぱちと瞬いて、それから首を傾げる。

「ディーノさん」
「大丈夫か?」
「………大丈夫じゃ、ない、です」

ベッドに力無く投げ出されていた九代目の手を握りしめ、静玖はふるふると首を横に振った。
ここで『大丈夫』と宣ったら怒鳴ろうかと思ったけれど、『霧』や『雨』に自身が言った言葉を忘れていないのならそれでいい。
確かに、『大丈夫』と言われた方が心配になる。
『大丈夫じゃない』のなら、そう素直に告げてほしい。
そうしたらきっと、『大丈夫』にしてあげられる。

「大丈夫、じゃないっ。大丈夫なはずがないっ。だって、だって私はこんな再会望んでなかった!!」
「あぁ」
「でもっ、………でも辛いのは私だけじゃない」

首に回した腕を、空いていた手で掴まれる。
8つも下の、しかも女の子の握力なんてそう強いものではないから、好きにさせておく。
それで静玖が安心するのなら、そうさせたままで居るのがいい。

「………静玖、九代目は、」

『ゴーラ・モスカ』に入っていたんだ。
それを壊したのは、ツナと恭弥なんだ。
───そんなこと、言えるはずが、ない。
ツナは静玖の幼なじみで、恭弥は静玖の先輩。静玖にとって、身近な人物達。伝えられる、はずがない。
だけど、彼らが九代目を助けたと言っても過言ではない。
あのままでは、九代目は炎を散らして、疲労死したかもしれない。
その可能性を潰したのもまた、ツナであり恭弥だった。
だけどこれ以上、彼女を傷付けるような発言は出来ない。

「───いいんです」
「うん?」
「いいんです、どうでも。どうして彼が怪我してるのかとか、誰に怪我させられたとか、いいんです、知らなくても」
「………そうか」
「だって結局、」

ぎゅう、とさらに強い力で腕を握られる。
空いていた手でぽんぽん、と頭を叩けば、手にも肩にも込められていた力がゆっくりと抜けていく。

「結局、ティモに会えたからそれでいいって、思ってる自分がいるから………」
「そうか」
「怪我してるのに、その心配よりも、彼に会えたことが何より嬉しい、」

ボロボロと泣き出した静玖を抱きしめ直す。
ひくっと喉を鳴らして泣く静玖は、いつもの大人びた姿からは想像出来ない幼さだ。

「静玖、良いんだ。泣いたっていいんだ。久しぶりに会ったんだろ?」
「きゅ、9、年ぶり………」
「だったら仕方ねーじゃねーか」
「でも、でもっ………!」
「感情なんて抑えるもんじゃない。オレと九代目しかいないんだ」

ぽんぽんと再び頭を叩けば、静玖は声を抑えることなく大声を上げて泣き出した。
抱き締めていた腕を解いて静玖を抱え上げる。
そのまま静玖が座っていた椅子に座って向かい合うように静玖を膝に乗せた。
オレの背は、九代目に向けている。
───欲しい。
これが、この温もりが欲しい。愛おしい。

本当にすがりつきたいのは静玖の方であるはずなのに、すがりつくように静玖を抱きしめたのはオレだった。



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