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早く早く早く!
自分の出来る限りの速さで走る。
勢いのままに玄関の扉を開けて、ただいま、と声を張り上げた。
そろりと不満そうな顔のままにリビングから顔を覗かせた嵐ちゃんに苦笑して、一段抜かしで二階へ上がった。

「マモ君!」
「………走ってきたのたい?」
「うん」

お客様をこれ以上、待たせるわけにはいかないし。
と、呟けば、コートのフードを深くかぶったマモ君は唯一露出している口元を緩ませた。

「ただいま」
「おかえり、」

ブレザーを脱いで壁のハンガーに掛ける。
ちょっと背伸びしてハンガーを壁に掛ければ、ぴょん、と何かが私の頭に乗った。
リコリス、かな。今日急いでいたから置いていっちゃったし。
そう思ってすっと頭に手を持っていけば、リコリスのふさふさとした毛ではなく、ねたっとした感触だった。

「え゛」
「ファンタズマ」
「うわ、え、なに、なに」
「僕の相棒だよ。ファンタズマ、静玖から降りて」

マモ君がそう言えば、頭に乗ったそれはぴょん、と跳ねてマモ君の頭に乗り直した。
あぁ、カエルだったんだ………カエル?!

「気持ち悪かったかい?」
「いや、そう言うよりは」
「言うよりは?」
「アルコバレーノのみんなって、こういう動物を連れ歩いているのかなぁって」

リボ先生はレオン、マモ君はファンタズマ? 後、名前を変えてしまったけれど、フィーの相棒はリコリス。スカルくんはタコ、だっけ。
みんな何かしら動物を連れ歩いてる。
だから、『アルコバレーノ』ってそういうのが当たり前なのかなぁ、と。

「………そうだね。相棒として連れ歩いているよ」
「相棒かぁ………。リコリスもフィーの相棒だったんだよね」
「こんっ」

ぽむっ、と今度こそリコリスが私の頭に乗った。
前髪を垂らす要領で前脚を額に垂らすリコリスが可愛い。
ベッドにでん、と座るマモ君を見ながら椅子に座る。
マモ君の小さな頭にでん、と居座るファンタズマがなんとも可愛らしい。

「他のアルコバレーノとは会ったかい?」
「私が会ったアルコバレーノは、マモ君とスカルくんとリボ先生とフィーだけ。アルコバレーノ───虹っていうぐらいだから、後4人会ってないんだよね?」
「そうだね。………あぁ、そうだ。1人、来てるよ、この町に」
「ふぅん」
「会いには行かないのかい?」
「会わなきゃいけないわけじゃないなら、会いに行っても話することないし」

フィーについてだってたくさん知っているわけではないし、それに『アルコバレーノ』と話することなんてないし、そもそも何を話せって言うのやら。
フィーが私を『候補者』に決めたからと言って、アルコバレーノの人達と関わる必要があるのかどうかもわからないし。
だって、フィーの存在を認めることが『後継者』の役目なんでしょ? スカルくんがそう言っていたし………。

「僕みたいに怪我をしていたら別、ってこと?」
「うん。………でもフィーが私を起こさなかったら私はマモ君を手当て出来なかったよ」
「………そうだね。僕もこの家のベランダにはフィーに呼ばれたから来たんだ。呼ばれなかったら来なかった」

フードをさらに深く被ろうとするマモ君ににこ、と笑う。
それから、ずぅっと気になることを聞いてみた。

「マモ君達とフィーって、どんな関係?」
「………どんな、って?」
「リボ先生もスカルくんもフィーを一目置いてるなぁ、って」
「借りがあるんだ、」
「フィーに?」
「そう。でも、アイツへの借りはどうでも良いんだよ。僕は今、君に借りができた」

隠された瞳がじぃっと私を見る。
居心地が悪くなってもぞもぞと身体を動かした。

「借り? マモ君が? 私に?」

そんなものを作った覚えがない私からすれば、マモ君の言葉の意味がわからない。

「今回の手当て、充分『借り』だよ」
「………そうなの? 私が必要だなぁ、って思ったからやっただけだよ? それでも『借り』になるの?」
「だからだよ。本当に君達『雪』は厄介だね」

え、ナニソレ。

「別に見返りが欲しくて何かしてるわけじゃないだろう?」
「うん」
「じゃあ、施されたほうはどうしたら良いのさ」
「施しってなにさ。私がやりたくてやってるんだよ。『やってあげてる』ワケじゃない」

ましてや『やってあげてる』だなんて、そんな上から目線の気持ち、私にはない。
それでも、そう受け取られてしまうのだろうか。
実際問題、マモ君はそう受け取っているんだろうか。
それは、───それは、悲しい。

「例えば、の話だよ。君たちにとっての『当たり前』が、必ずしも他人の『当たり前』じゃない」
「うん」

それはわかる、と頷けば、マモ君は山型の口をきゅっと一文字に口を閉じた。
それから頭の上のファンタズマが動いたのを見計らって、ベッドの上に立ち上がる。
ぴかっとマモ君のおしゃぶりが光って、ぷかりとマモ君の身体が浮いた。

「今はちょっと厄介事を抱えているから返せないけど、いつかちゃんと返すから」
「………うん!」
「………………………なんか嬉しそうだね」

さっきまで『借り』なんてないって言ってたくせに。
そう文句を言うマモ君にくすくすと笑う。
嬉しいよ。だって、だって、

「また、会えるんでしょ? 借りを返しに来てくれるなら、そういうことだよね?」
「なっ───」
「だったら『借り』もいいものだよ。マモ君が会いに来てくれる口実になるし、私がマモ君に会いに行く口実にもなる! それって私にとってはすごく『嬉しい』ことだから」

納得した? と、聞けば、マモ君はわずかに顔を赤くしたマモ君はつん、と口を尖らせた。

「もう行くよ」
「うん」
「………手当て、ありがとう」

聞き取れるかわからないぐらい小さな声で呟いたマモ君は窓を開けて出て行った。
その背を見送って、思わずぼそり。

「アルコバレーノって、みんな窓から出ないと気が済まないのかな」

その呟きに突っ込む人は誰も居なかった。



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