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触れた温もりは忘れようがない。
恐れず当たり前のように触れている彼女を見ると、アイツが選んだ理由がわかる気がする。
一瞬自分が『アルコバレーノ』であることを忘れた。
あぁ、なんて不快で愉快な気分だろう。
だからまだ、

(まだ、名前を知らない)

ぽす、とベッドに頭を預けて眠る後継者の頭を撫でる。
それでも後継者は目を覚まさなかった。
それでもいい。そうじゃなきゃ困る………そう、思う。

「ファンタズマ」

僕の相棒のくせに、僕と彼女とを繋ぐ手の元に寝転がって起きようとしない。
その傍で眠るのはアイツの相棒だった九尾の狐。

(………早く、)

起きればいい。
そうとも願うけれど、話すことなんて何一つないから、少し戸惑う。
だけど、アイツを継いだ───受け入れた後継者。
稀有で奇異なる後継者。
話題なんてないけれど、どうか。

「、ん」

ふるりと細かく震えた睫に、僕はきゅ、と口を閉じた。

「うぇ、」
「………起きたかい?」
「………? っ、君、だいじょ、」
「大丈夫だよ。それより落ち着いたら?」

かばっと身体を起こした後継者は無理な体勢から身体を動かしたためか、盛大に顔を歪めた後継者にそう言えば、へら、と力を無くした表情を浮かべて、身体をぐうっと伸ばす。
それからベッドに座る僕を見た。

「えと、私は柚木静玖っていいます」
「………マーモン」
「マーモンさん」
「それ、やめてくれるかい?」
「えっとじゃあ、マモ君?」

なにその呼び方。
じとりと目を据わらせれば、後継者───静玖はあれ、と首を傾げて固まった。

「スカルくんと同じ呼び方だと駄目?」
「駄目、っていうか。そう、スカルと同じ、ね」
「駄目?」

ちょん、と床に座り直して下から僕を見上げてくる。
アルコバレーノになって───このサイズになってから、僕が浮いていない時に誰かに見上げられることなんてほとんどない。
しかもこんな、純粋な瞳で見上げてくる人間なんて、ない。

「好きにしなよ」
「うん」

へへ、と嬉しそうに笑う静玖に、短時間で絆されている自覚はある。
でもだって、そうだって。
彼女が『後継者』だという先入観と、いくら僕がフィーの知り合いでアルコバレーノだとしても、なんの警戒もなく手当てしている馬鹿さ加減に、なんとなく、そう───なんとなく、彼女を警戒する気持ちが萎えていく。

「僕のコートは?」
「机の上だよ」
「こん!」

いつの間にか起きた九尾の狐がはむりと僕のコートをくわえて机からベッドへと跳ねた。
以前の名で呼んで良いのか、それとも、静玖に新しい名を付けられたのかわからないから、九尾の狐の名を呼べずに、黙ったままコートを受け取った。

「姫さま、遅刻………」
「あ」
「嵐ちゃん!」
「───ヴァリアー!!」

九代目の守護者の子供───確か嵐の守護者の子供がスカートの中から銃を取り出して照準を僕に構えた。
幻術で応戦しようとした僕の前に、静玖が立つ。
驚きに目を見開いた嵐の子は、震える唇をきゅっと噛み締めたようにも見える。

「静玖、邪魔だよ」
「姫さま………。姫さま、どうして。姫さまが庇う価値なんて、ヴァリアーにはないのに」
「うん、とりあえず嵐ちゃん、深呼吸しようか」

落ち着いて、というその声はそれこそ落ち着きすぎた声で、この異常事態にケロッとしている静玖が変だ。

「まず第1に、彼をウチへ招いたのは私自身だから彼を攻撃しないで、って言うのは私の我が儘、かな」
「姫さま」
「それから、『ヴァリアー』って、なに」

───尤もだ。
いくらフィーの後継者だからといって、必ずしもマフィアと関わりがあるとは言えない。
たとえボンゴレに関わる人間を傍に置いているからといって、暗殺部隊のことまで知っているとは限らない。
事実、静玖は知らないらしい。

「………………」
「ちょっとした部隊の名前だよ、静玖。詳細は君が知る必要はない」
「ふうん」

なんて答えて良いのかわからない嵐の子を無視して僕がそう答える。
半身翻して僕を見てきた静玖の視線を無視してコートを着た。
少しボロボロなのは昨日の忌々しい記憶を思い出すから気にしないことにする。
でなければ、気分が悪い。

「姫さま、遅刻しちゃうよ」
「あぁ、学校! あ、でも、マモ君………」
「姫さまのお客様ならちゃんともてなすよ?」

そろそろと静玖に近付いてそう言う嵐の子に、静玖はほっと安堵のため息を吐く。

「えと、」
「君が帰ってくるまでここに居たら良いんだろう?」
「うん」
「ご飯とか用意出来てるから」
「うん。………嵐ちゃん、宜しくね?」

壁に掛けてあった制服を手にして静玖が部屋を出て行った。
部屋を包むのは冷ややかな殺気だ。

「あれは僕達アルコバレーノのものでしょ?」
「姫さまは九代目の雪よ」

へぇ………。
じゃあ、ボスの雪になる可能性もあるんだ。
そう呟こうとして、止めた。
あのボスが九代目のお古に手を伸ばすはずがない。

「ザンザスにはあげない」
「は?」
「姫さまは九代目のもの。たとえザンザスが十代目になろうとも、姫さまだけはあげない」

銃こそしまったものの、その瞳にも空気にも殺気は含まれたまま。
それだけ、静玖が大切なんだ。
だけど、

「それを決めるのは静玖だよ。九代目のものであり続けるか、アルコバレーノのものに改めてなるか、ボスのものになるか」

はたまた、誰のものにもならずにそれこそ『雪』のように、手につかめたと思わせて消えていくか。
すべてを決めるのは、静玖自身でしかない。

「九代目に」
「うん?」
「九代目に何かした貴方達に姫さまを渡すわけにはいかない………!!」

本音はそこか。
ぴりぴりと緊張が走る中、ばたばたと階段を駆け上がる音がする。
ばん、と扉を開けた静玖は制服に身を包んで鮮やかに笑った。

「マモ君、嵐ちゃん、いってきます!」

あぁ、緊張感のないこの気持ちをなんて名付けよう。



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