43

また忘れられるなんて冗談じゃねぇ。
だから噛んだ。
血が滴るほどに。
痕がしっかり残るように。
オレを夢現にさせないために。
あいつの中にオレを残すために。
オレの中にあいつを残すために。
触れた肩先は相変わらず冷えていたし、咥内に残ったあいつの血はひどく甘いようにも感じられた。
乾いた唇を舐めれば、触れた肌の感触が蘇る。
そこまで考えて、視線は自ずと隠れて見えない首筋へと動いた。
あの服の下、噛んだ痕があるのかと思うと、思わず笑みがこぼれそうになる。

「まぁ、君達が何をしてても私には関係ないから別にいいんだけどね」
「気にならないの?」
「特には」

もう1人の後継者………沢田綱吉の問いにあっさりと返した静玖は、相変わらず闖入者の後ろにいる。
ふと自身の表情が陰る。苛立ち混じりの感情に眉を寄せ、息を殺す。
そうだ。『気に入らない』。実に気に入らない。
かと言ってそれを口にするのは避けるべきだろう。

「マーモン、奴をどう思う」
「女? 男?」
「男だぁ」

ゴーラ・モスカの手のひらにちょこりと立つマーモンに話を振って気を紛らわす。
それでもオレの視線は静玖から外れなかった。
外すつもりなんてない。

「レヴィはヴァリアーでも鈍重なうえに故障しているが、それを差し引いてもなかなかの身のこなしだね」
「やはり貴様は術士だな。剣士のオレには止まって見えたぞぉ」

ふと、静玖と視線が合った。
ほんの一瞬見開かれた目はそのままゆっくりと伏せられ、すっと一歩下がる。
───今はまだ。
今はまだ、逃がしても問題はないだろう。そう、『今』は。
他のヴァリアーの連中に、知られるわけにはいかない。

「う゛お゛ぉい!! 貴様、何枚におろして欲しい!」
「ふうん、次は君?」

一触即発の空気の中、静玖が声を上げる前にチェルベッロの女の声が響いた。

「おやめください。守護者同士の場外での乱闘は失格になります」

その一言に動いたのは刀小僧だった。
闖入者の前に立ち、宥めるよう甘ったるい言葉を吐く。

「柚木先輩も静玖も居るわけだし、ここは───」
「邪魔だよ。僕の前には立たないでくれる」

刀小僧の言葉をぶつ切ってトンファーが振り下ろされる。
しかしそれが当たる前に刀小僧が素早く闖入者の背後に周り、トンファーをぱし、と握りしめた。

「そのロン毛はオレの相手なんだ。我慢してくれって」
「!」

ん゛ん? 刀小僧の今の動き……。

「邪魔する者は何人たりとも咬み殺す」
「やっべ! 怒らせちまった………!」
「───雲雀先輩」

身内で一触即発。
そんな空気の中、闖入者のベストをくん、と引いた静玖の声が響く。
感情の含まれていない、ただ静かな声だ。

「なに。君も邪魔をするわけ?」
「いいえ? 山本君達を咬み殺したいのならどうぞご自由に?」
「静玖、お前………っ」
「だって山本君達が咬み殺されたところで私に害はありませんから。………ただ1つ、お願いが」

そこで初めて、闖入者が身体を静玖に向けた。
話を聞く気はあるようだ。

「『お願い』?」
「せめて私と深琴ちゃんがこの場を離れてからにしてもらえませんか?」
「どうして?」
「私は、姉をこんな血なまぐさく危険な場所にいつまでも置いておけるような薄情で酔狂な妹ではありませんから」

きっぱりと自身の意見を口に出来た静玖は満足そうに笑う。
この場にそぐわない、柔らかい笑み。

「ましてや深琴ちゃんと雲雀先輩は親しい仲。そんな人が後輩を殴る姿を見せたいと思う妹がどこに存在すると?」
「君は本当に普通で当たり前のことしか言わないね」
「これが私の『普通』ですから」

ふうん、と呟いた闖入者の言葉の後、静玖の頭にぴょこんと赤ん坊が乗る。
わ、と短く言葉を漏らした静玖は、子供が落ちないように2、3足踏みをし、バランスを取った。

「ちゃおっス、ヒバリ!」
「悪いけど今、取り込み中なんだ」
「静玖の発言は尤もだと思うぞ。それに、───でっけえお楽しみがなくなるぞ」
「! ………楽しみ?」

反応を返した闖入者は静玖の頭に乗るそれの話を聞き続ける。
その時、静玖の後ろにゆらり、揺れる黒い影。

「───失礼します」
「っ、わ、なん、」

静玖の頭に乗ったそれを床に降ろしたチェルベッロの1人は、そのまま静玖の手を取って沢田綱吉の傍へと歩みを促す。
その奇行に、誰もが顔をしかめた。

「怪我はありませんか」
「あ、ああありません、けど」

困ったようにどもる静玖に眉を寄せる。
どうしてチェルベッロが静玖に気を遣い、静玖の無事を確かめるんだ。
そして何故、沢田綱吉側に静玖を連れて行くんだ。

「スクアーロ、これ以上茶番に付き合う必要はないよ」
「………あ゛あ」

まだ何か話し合っている敵に付き合う必要など確かにもうない。
ふ、と短く息を吐いて、戻ってきたレヴィに一度だけ視線を向けた。
すぅ、と息を吐き、

「う゛お゛ぉい、刀小僧! 貴様その動きどこで身につけたぁ?! 気に入ったぞぉ! これで貴様の勝つ可能性は0%から───やはり0%だぁ!」
「!!」
「明日が貴様らの最後! 首を洗って待つがいい!」

じゃあなぁ、と割れた窓枠から外へ出る。
最後に見たのは、きょとりと目を丸くする静玖だった。












窓枠から外へ出て行ったスペルビを見送ってから、雲雀先輩がいない、と正直焦った。
でもどこに行ったかわからない以上、捜すわけにも追い掛けるわけにもいかないし。
ふむ、と顎に指を添えると、その手を掠めとられ、ぎゅう、と手を握りしめられる。

「………綱吉?」
「怪我は」
「ないよ。綱吉の方があるみたいなんだから、そんなに気にしなくていいのに」

ぺた、と貼ってある絆創膏をなぞれば、綱吉は困ったように眉を寄せて苦笑した。
そっと綱吉の手を払って深琴ちゃんに視線を向ける。
頭の天辺から足の指の先までじっくり眺めて、怪我がないことを確認した。
うん、よし。大丈夫そうだ。

「じゃあ帰るね」
「え、帰るの?!」
「あったり前じゃん。深琴ちゃんは綱吉の家だよね? 私は用もないからもう帰るよ」

あ、とか、え、とか短く言葉を呟く綱吉と深琴ちゃんに笑みを返すと、後ろからぽん、と肩を叩かれた。
ゆっくりと見上げれば、そこにはきらきらに輝くディーノさんがいる。
瞬いて固まれば、彼は私に視線を合わせてにっ、と笑った。

「待て、静玖」
「………なに、リボ先生」
「お前、スクアーロと知り合いか?」
「すくあーろ?」

誰それ。
間髪入れずにそう答えれば、リボ先生はふるりと首を横に振って押し黙った。
え、なに。なんなの。

「ま、静玖。帰るなら外にいるオレの部下に送ってもらえ。その方が安全だ」
「………はぁ、じゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます」

いつまでも私がここに居座る必要はない。
リング争奪戦に関わっているわけじゃあないからね。
ディーノさんの手から離れて綱吉達に声を掛けてから校舎を出る。

ふと立ち止まって振り返れば、今日の戦いの激しさを物語っていた。



- 44 -

[] |main| []
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -