31

ディーノさんが用意した車に乗って、あの気を失ってしまった少年を相変わらず抱えながらついと目を細めた。
冷静に考えれば考えるほど、あの銀髪の男に一回抱いた『恐怖』ではない感情がわからない。
知り合い、ではないはずだ。
あんな目立つ人と私が関わることはないだろうし。
うーん。

「なぁ」
「あ、はい」
「お前、深琴の妹だよな?」
「はい」

間違いではないのでこくりと頷く。
するとぽん、と綱吉の頭が私の頭に付けてきた。
うん、なあに、綱吉。

「綱吉、どうしたの?」
「ん、ちょっと」

こつん、と頭をぶつけたまま押し黙った綱吉は、それからきゅう、っと手を握ってきた。
綱吉は私の左側でもそもそと服を着ていたから、今も変わらず左側にいるわけで、そう、あの男が触れた左手を握り締めたのだ。
かっと頬が熱くなる。
あぁ、思い出してしまった。恥ずかしい!!

「───消毒、かな」
「ん?」
「うん、消毒」
「………ん」

すりすりと頭をすり寄せてきた綱吉に私もそっと目を伏せる。
うん、綱吉が居るなら大丈夫。
あんな恥ずかしい思い出は、記憶の彼方へ追いやってしまえ。
───あれ?
ぱち、と目を瞬いて固まる。
あれ、なんか、こんな感じのやりとり、遠い昔にやったような。
………気のせい、かな。

「静玖?」
「何でもないよ、綱吉」
「───お前ら、付き合ってんのか?」
「「まさか」」

二人そろって否定すれば、ディーノさんは何か不満そうに顔を歪めた。
え、なんで。
何か変かなぁ?

「綱吉とは幼なじみですから」
「いやまぁ、それはわかるけど、」
「? 手を繋ぐのってマズいですか?」
「いやそうじゃなくて、」

綱吉と一緒になって首を傾げると、ディーノさんは深い深いため息を吐いた。

「リボーン、ツナには『そういった』教育も必要らしいぞ」
「みたいだな。まぁ、静玖相手なら問題ないだろ」
「………?」
「オメーはそんなんだから『へなちょこ』なんだ。『晴』に惑わされるな」

ぴょん、と跳ねて綱吉の肩に乗ったリボ先生はそのままぺち、と小さなもみじの手で私の頬を叩いた。
それは優しい手で、思わず目を細める。

「大丈夫か」
「うん」
「リボーン………」
「何引いてやがる、ディーノ。マフィアは女には優しいんだぞ」

いやそれにしたってぶつぶつぶつ………、と何か呟いてから俯いて顔を隠した。
何なんだろう。

「リボ先生達は知り合いなの?」
「ディーノはオレの元生徒だ」
「リボ先生って何歳なのさ」
「秘密だ」
「ふぅん」

まぁ、子雨曰わく『呪われた赤ん坊』なんだから年齢不詳でも問題はなさそうだけど。
………あ。

「リボ先生もスノーフィリアさんと知り合い?」
「フィーに会ったのか?」
「ん? うん」
「髪飾りは?」
「家だよ。あれ、私のじゃないから付けられないし」

スカルくんはさくっと挿してくれたけど、私の技術ではあんなのつけて髪はまとめられないし。
今度嵐ちゃんに頼んでみようかなぁ。
もう一度私の頬を叩いたリボ先生はぴょこりんと綱吉の膝に立った。
そこからぴっと窓の外を指さして、着いたぞ、と建物を指差す。
あれ、この病院って確かこの間───あぁ、だから廃業になった病院なんだね。
その方が便利なのかな、マフィアって。
私を庇ってくれたオジサマが私の膝を枕にしていた少年を抱え上げて病院に入っていく。
その後を綱吉と手を繋いだまま追い掛け、病院内へと入る。

「なかなか出来ない体験だよねぇ、廃業になった病院に入るなんて」
「あぁ、それは確かに」
「オメー、静玖絡むと肝据わるんだな」
「え、そうかな。あんまり意識してないけど………」

ぽりぽりと後頭部をかく綱吉に思わず笑った。
やっぱり綱吉は昔から変わらない。

「バジルはどーだ? ロマーリオ」
「命に別状はねぇ。よく鍛えられてるみてーた。傷は浅いぜ、ボス」

感心したように呟いたオジサマ───ロマーリオさん? に倣ってベッドに寝かされた少年を見る。
綺麗な顔に大きな絆創膏。………痛々しい。

「あの………。で、彼…、何者なの………?」

ちらりと綱吉は私を見てから、意を決したように口を開く。

「やっぱりボンゴレのマフィアなんですか?」
「いいや、こいつはボンゴレじゃあない。だが、一つ確実に言えることは………。こいつはお前の味方だってことだ」
「なぁ?! どーなってんの? ボンゴレが敵でそーじゃない人が味方って………つーか、別に俺、敵とか味方とかありませんから」

顔を青くした綱吉は繋いでいた手に力を込める。
そんなにイヤなのかな。………まぁ、イヤだろうなぁ、いきなりマフィアのボスだなんて。

「それがなぁ、ツナ。そーもいってらんねえみたいだぞ」
「あのリングが動き出したからな」

リング───ボンゴレリング。私があの日ティモから預かったリング。
今首に掛かる、大切なリング。

「リング? そういえばその子も言ってた。ロン毛の奴が奪ってったやつだろ?」
「ああ。正式名をハーフボンゴレリングというんだ」
「ハーフ………?」

思わず口を挟んだ。
ハーフ? 半分? どういうこと?

「静玖、どうした」
「ううん、なんでもない。リボ先生、続きをどうぞ」
「そうか。………ハーフボンゴレリングは、本当は三年後までしかるべき場所で保管されるはずだったボンゴレの家宝だ」
「もしかしてすんげー高級な指輪だとか?」
「確かに値のつけられない代物だがそれだけじゃねーぞ」

勿体ぶるリボ先生に、綱吉と二人、生唾を飲み込んだ。
繋いだ手が互いに震える。

「長いボンゴレの歴史上、この指輪のためにどれだけの血が流れたかわかんねーっていう、いわくつきの代物だ」

そんなの聞いてない!

「ひいい、何それ───!! まじかよ! ロン毛の人、もってってくれてよかった───っ」

安堵の笑みを浮かべた綱吉に、私はぴきりと固まる。
そんな代物もずっと首に掛けてただなんて!
あぁでも、今更と言えば今更、かぁ。

「それがなぁ、ツナ………」
「?」
「ここにあるんだ」
「ええ゛ー!」

ディーノさんが懐から出したそれを見た瞬間、身体が固まった。
それはリボ先生も同じようで、少し動けなくなる。

『──────ッテ』

耳の奥で囁かれた言葉に眉を寄せる。
え、なに。
何を言ったの、スノーフィリアさん。

「『トゥリニセッテ』………?」
「え? 静玖、なんて?」
「ううん、なんでもない」

振り返った綱吉に対して首を横に振る。
スノーフィリアさんが言ったことを繰り返しただけで、その意味を知らないから説明のしようがない。
トゥリニセッテ、ね。何のことだろう。

「あの、ディーノさん。リングは奪われたはずじゃ…」
「こっちが本物だ」
「え?! じゃあさっきのは………?」
「オレは今日、このためにきたんだ。ある人物から、これをお前に渡すように頼まれてな」

綱吉にケースを渡そうとするけれど、綱吉は大袈裟に一歩退いた。
手を繋いだままだから、私を引っ張られるように一歩下がる。

「なんで俺なの───?!!」
「そりゃー、お前がボンゴレの………」
「ス…、ストップ!!」

手を離して両手でディーノさんを静止させ、綱吉はそのまま勢いのままに言葉を乗せる。

「家に帰って補習の勉強しなきゃ! ガンバロ!」
「な………」
「じゃ、ディーノさん、また! リボーン、先行ってるぞ」
「おい、ツナ………?」
「静玖、帰るぞ!」

鞄を掴んだ綱吉は反対の手で私の腕を掴んで走り出す。
もつれそうな足を叱咤して走る。
山本君と走るよりよっぽど走りやすい。
そりゃあそうだよね。綱吉とも身長差はほとんどないわけだし。

「ごめんな、静玖。ほとんど意味わかんなかっただろ?」
「それは綱吉も一緒だったじゃん。大丈夫、深くは追求しないよ」
「静玖………」
「綱吉が関わらないでほしかったこと、アレでしょ? だったら尚更、何も聞かない」

うん、と目を細めて笑う綱吉は、本当に疲れているみたいだ。
大変だなぁ、もう。
………あれ? なんか大切なことを忘れているような気が………。
え、えーと、なんだったっけなぁ。

「もー、マフィアがらみの話はたくさんだっていうの!!」

手を繋いだ流れのまま沢田家の敷居をまたぐ。
ひらりひらり、風に靡くそれを見て、あ、と短く声を漏らした。

「なんじゃこりゃ───!!」

あぁ、家光のおじ様帰ってくるんだったっけ。

大量に干されたつなぎを見て、私は思い出したように力なく笑った。



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