27

十月を五日ばかり過ぎた日、たまたま綱吉とお昼を一緒に食べることになった。
山本君は部活のミーティングで、ゴクデラ君はイタリアに一時帰国しているらしい。
綱吉と校内でご飯を食べることは異論ないけれど、それでもちらちらと伺うようにこっちを見られるのにはさすがに苛っと来たので、なに、と聞けば、「喧嘩した?」と、返ってきた。
あぁ、深琴ちゃんの一件か。
情報が早いなぁ、と明太子をまぶした玉子焼きをぱくりと食べ、「意見の相違だよ」とだけ返した。
そう。深琴ちゃんとギクシャクしてるのは意見の相違に違いない。

「そっか」
「だって、苛立ったんだ」
「え?」
「綱吉任せで危ないことに首を突っ込む深琴ちゃんが、気に入らなかった。いくら私がシスコンでも、許せる範囲と許せない範囲があるよ」

深琴ちゃんが首を突っ込まなければ、その分綱吉が傷つかなくても済むのかもしれない。
そう考えると、安易に「ツーちゃんが守ってくれる」と言い切った深琴ちゃんがどうにも綱吉の優しさに甘えてるだけで、現実を見てないような気がする。

「でも深琴ちゃんはそれを何とも思ってない。綱吉が守ってくれるって、それを『当たり前』のように感じてる。それって実は、大きな間違いなのかもしれないじゃん」
「………?」
「綱吉にとって深琴ちゃんを守ることが『当たり前』じゃないかもってこと」

ぽと、と生姜焼きが綱吉の箸から落ちる。
ぱちぱちと目を瞬いて、それから首を傾げた。
あぁ、だから!

「『当たり前』の定義なんて人それぞれなんだから、たまには省みる必要があるんだよ」
「そっ、か」
「だっていつ、『当たり前』が『当たり前』じゃなくなる日がくるか、わかんないんだもの」
「静玖………?」

じわりと視界が濡れた。あぁ、泣きそうだ。
ぎょっとした綱吉は箸を置いて私に手を伸ばしてきた。
ぽろりと一滴落ちたらもう止まらない。
ぼろぼろと涙が零れてくる。
あぁ、そうだ。
私の『当たり前』は崩れてしまったんだ。
だってもう、あれからティモからの手紙は来ない。

「ちょ、静玖、どうしっ」

小さい頃からずうっと来ていたティモの手紙が途切れた。
私の身の回りに子霧達がいるから安全でいると思いたい。
それでも、

(それでもティモから手紙が来ないのは、悲しい)

寂しいよ、と思わず呟けば、綱吉はばちくりと目を瞬いてそっと私の肩に腕を回した。
綱吉の肩に額を当てて、唇を噛み締める。
たかが紙一枚。
されど紙一枚。
ティモからの手紙がどれだけ私の日常に浸透していたか、そんなの、失ってみなければわからない。

「おじさんの海外出張、寂しい?」
「………………」
「違うね。お前の『寂しさ』はそこから来るものじゃない」

ゆっくりと身体を離され、左小指に嵌めてあるピンキーリングを撫でられる。
外すことが少ないコレを、綱吉は知ってる。

「コレ、関係してる?」
「凄いや、綱吉。さっきから当たってる」
「うーん。『なんとなく』なんだけどなぁ」
「綱吉、」
「ん?」

ぽりぽりと後頭部をかく綱吉に改めて手を伸ばして、むぎゅっと抱き付いた。
「えぇ?!」とか「静玖?!」とか言いながら慌てる綱吉を無視して、ぎゅうっと抱き締める。
あぁ、綱吉は暖かいや。

「綱吉、誕生日プレゼント、何がいい?」
「え?」
「もう十月に入ったし、ほら、去年は入院騒ぎであげられなかったし。だから、何がいい、綱吉」
「んー、」

ぽんぽん、と背中を叩かれる。
それは離せと言う意味か、それとも落ち着けと言う意味か。
まぁ、どっちでもいい。

「オレは新しいエスプレッソメーカーが欲しいんだぞ」
「え?」
「リボーン! いて、あだっ」
「綱吉!」

不意に聞こえた声の主はていやっ! と綱吉の顔面を蹴ってすちゃ、と着地した。
蹴りの勢いのままに倒れた綱吉を離してしまったので、綱吉は地面に後頭部をゴツンとぶつける結果となり、思わずさぁっと青ざめる。

「綱吉、大丈夫?!」
「心配すんな。そんな柔に育ててないぞ」
「え?」
「ちゃおっス。ツナの家庭教師、リボーンだ。はじめましてだな、静玖」
「………リボ先生?」

綱吉の所に家庭教師がいることも、その人が赤ん坊であることも、その人の名前も、その人がアルコバレーノであることも知っていた。
だって深琴ちゃんが苛立っていた相手だし。
でも、会うのは初めてだ。

「聞いたか、ツナ」
「何をだよ!」
「素直にオレを『先生』扱いしたのはコイツだけだ」
「あ、」
「さすが『虹の果て』だな」

ニッとリボ先生が口端を釣り上げて笑う。
『虹の果て』?
私も綱吉も同時に首を傾げて、それからリボ先生はゆっくりと口を開く。

「oltre l'arcobaleno(虹の彼方)と言った方が馴染みがあるか?」
「オルト………?」

ネイティブなその発音に、思わずぱちりと目を瞬く。
こう、文章のイタリア語ならいけるけど、いきなりイタリア語をぽんっと言われると理解に時間が掛かる。
えぇと?

「リボーン、静玖は俺の幼なじみであって」
「安心しろ、ツナ。静玖が何ってわけじゃねぇ」
「………? ごめん、何の話?」
「いや、何でもないよ、静玖!」

眉を寄せる。
リボ先生が何を言いたいか理解できない。
それは綱吉も同じらしい。二人して険しい顔をしていると、リボ先生の帽子の鍔の上にいたカメレオンがするすると私の肩に登ってきた。

「オレの相棒、レオンだぞ」
「ふうん」

なでなでと人差し指の腹でその頭を撫でると、レオンはまるで喜ぶようにぱた、と尻尾を動かした。
あ、可愛い。

「で、ツナはどうするんだ?」
「え、何が?」
「静玖からの誕生日プレゼントだぞ」
「………俺は」

一度目を伏せて、それから大きな深呼吸をしてから顔を上げた。
一瞬だけ煌めいた瞳に私が映る。

「俺は、お前が居てくれるならそれで」
「綱吉?」
「今までと変わらず傍に居てくれるならそれでいいから」

はにかみながら言う綱吉に、私もそっと笑んだ。

欲がないようで意外としっかり要求しているその姿に、昔から変わらない幼なじみの姿を見た気がした。



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