とある少女のバレンティーノ

※ 時系列的に原作終了後の話
※ 恋とか愛とかは別にしてもしなくても主人公は大切にされてるよってお話
※ 名前付きモブもいます




一月某日、柚木家にて




「静玖」

かちゃかちゃ、エンター、クリック。

「静玖ー」

あれでもない。これでもない。
キーボードを打って、検索して、クリックして。
出てきた画像を睨みつける。
あぁ、違う。こういうのではないのだ。違う、違う!

「静玖ってば」

こう、………違うんだよ、イメージと。でもなぁ、ある程度目星付けて買い物行かないと、それはそれで無駄な時間を使いそうだし。

「静玖」

えっと、こういうのではなくて………もっとこう、あれだよ、あれなんだよね!
ん、もしかして、私のイメージしてるやつって売ってない? いや、ドンピシャなのがないだけで、こう………近しいものはあるんだよねぇ。

「お姉ちゃんの声、聞こえてるかな?」

検索ワード変えてみる? 何か変わるかな。とりあえず悩んでも仕方ないからやってみようかな。
かちゃかちゃ、エンター、クリッククリック。
あー、これじゃない、こうじゃないんだよなぁ。

「………もう、静玖ってば!」
「ぴゃっ!」
「ぴゃ、じゃないの。もう、何回声掛けたと思ってるの?」
「深琴ちゃん」

ぽん、と両肩に置かれた深琴ちゃんの手に、大袈裟に身体を震わせた私に対して、はぁ、と呆れたようなため息を吐かれた。
え、え、あれ。

「深琴ちゃんの声に反応出来なかった、だと………?!」
「そうだよ。これっぽっちも、全く反応してくれないんだもん。びっくりしちゃった」
「ごめんねぇ、深琴ちゃん」
「うん」

シスコンにあるまじき反応では………?!
なんて、ちょっとだけショックを受けつつ、パソコンに向き合っていた身体を深琴ちゃんへと向け直して、その時に離れていった深琴ちゃんの手に、少しだけ寂しさを感じてしまった。

「珍しいね。パソコンで探しもの」
「うん。嵐ちゃんに借りた」
「何探してるの?」
「ううんと、男性用ストールか、ひざ掛け」
「男性用?」
「うん」

私がいじっていたパソコンは私のではなく、嵐ちゃんのパソコンだった。別に嵐ちゃん以外の誰かでも良かったんだけど、今回の件ではちょっと、他の人のパソコンではやりにくいし。
なんで? と、首を傾げた深琴ちゃんに向けて、カレンダーを指差した。
ちらっと深琴ちゃんの視線がカレンダーへと向く。
そうして一考。

「バレンタインのプレゼント?」
「うん」
「誰に?!」
「誰って、ティモ………九代目だよ」
「え、あぁ、そっか。そうよね、やだ、びっくりしちゃった………」

頬に手を当ててぽぽぽ、と顔を赤く染める深琴ちゃんに、首を傾げる。
いったい誰を想像したのだろうか。私がこんなことするのなんて、限られているの知っているはずなのに。

「深琴ちゃんは、今年はどうするの?」
「もう、毎年いつも通りの、簡単なのを量産するだけだよ」
「あ、でもあれだよね」
「うん?」
「三年生相手に二月、浮かれてて大丈夫かな」
「人によるかな」

深琴ちゃんは勉強するときはする、しないときはしない、とメリハリを付けているのであれだけれど、皆が皆こうなわけではないし。
あ、でも、

「了平先輩も、雲雀先輩も、骸君もだけど、『受験だからなに』系の人たちだもんね」
「あぁ、やっぱりそこ三人には渡すのね」
「後、草壁先輩もかな。…………あの、えぇと、色々お世話になったし」
「色々」
「うん、色々」

色々は色々だ。本当にもう、あの、色々お世話になったわけだし。
って言うか、そもそも了平先輩には毎年あげてるしね。骸君に関しては凪ちゃんにあげるから、まぁ、黒曜組セットで大丈夫かな。今年はフラン君もいるしね。
雲雀先輩はなんていうか、雲雀先輩だけ渡さないのもおかしいし、草壁先輩にもお世話になったから渡したいって言うのもあるしね。
………………待てよ、今年もしかして私も量産しないと足らないのかな? 一人一個ってわけにはいかないもんね。

「わたしはクッキーにしようかなって思ってるの」
「あ、良かった。かぶんない」
「何にするの?」
「マフィンかなぁって」
「量産だね」
「今計算したら私も量産の方が良い気がしてきたので」

綱吉と隼人君と山本君と、炎真君たちもだし、正一君とスパナ君と、先輩たちと女の子たちと護衛のみんなも………………いや、多いね?!
あっ、出来たら元アルコバレーノのみんなも………んん、際限がないなぁ、リボ先生辺りまでで手を打とう。私のお財布が保たない。材料費だって馬鹿にならないし。
あぁああ、でもな、正直な話、リボ先生よりスカル君にあげたいな。あげられないかなぁ。こっち来ないかな、スカル君。
………………無理だろうなぁ。

「じゃあ、キッチンの取り合いにならないようにしなきゃね」

元アルコバレーノのみんなの連絡先、聞いておくべきだったかな?
いやでも、彼らの連絡先を一般人が知るのはちょっとどうなの、って感じよね。スカル君もマモ君もユニだってマフィアだし。
あー、ユニ! ユニにも渡したい! でも無理だよね。
取捨選択しないと材料費嵩むなぁ、これ。

「………静玖?」

とりあえず、ティモには絶対ひざ掛けかストールを贈るとして、マフィンは一人ニ、三個セットにすればなんとかなる?

「静玖ー?」

お財布と相談だなぁ、これ。
やっぱり先にティモのプレゼントの目星付けておかないと。

「こらっ、お姉ちゃんを無視しない!!」
「びゃっ!!」
「どうしたの? 思考の渦にハマりすぎじゃない?」
「………………疲れてるのかなぁ」
「癒やしてしんぜよう」
「わあい」

きゅっと真正面から抱きしめてくれた深琴ちゃんにこちらからも腕を回してきゅっと抱きついた。
うーん、パソコンとにらめっこしてたから疲れてるのかな。そうなのかな。

「早く諸々決めないとバレンタインすぐ来ちゃうよね」
「そうだね」
「がんばろう」
「よしよし」

深琴ちゃんに頭を撫でられて、へにゃりと力なく笑って堪能していた。








一月某日、とあるデパートにて




うーん、えぇと、これじゃあないなぁ。店員さんに聞いてみようかな。
なんて、ぽふぽふと目の前のストールの感触を確かめながらそう思う。
ネットで目星を付けて、売っているお店も検索して、実物を手に取ってみてはいるものの、なんかこれじゃない感がする。
これシリーズだと思ったんだけどなぁ、違ったかな?
んー………。

「静玖様?」
「ひぇ、あ、桔梗さん」
「こんにちは。お買い物ですか?」
「こんにちは」

見ての通りです、と彼を見れば、桔梗さんはちょっと濃い目のアイシャドウを塗った涼やかな目元を緩ませて、ハハン、と彼特有の笑い声を返してきた。

「プレゼント、ですか」
「はい」
「誰に、と問いても?」
「九代目ですよ、九代目。そろそろバレンタインなので」

ティモ、なんていつものようにあだ名で呼ぶわけにはいかないので、ちゃんと『九代目』と言えば、彼はぱちぱちと目を瞬かせて、それからあぁ、と声を漏らした。

「そうでした。貴方は九代目の『雪』でしたね」
「はい」
「それで? 何やら困っていたようでしたが」
「うぅんと、一応下調べしたんですけど、これじゃないような気がしてて」
「メモはありますか?」
「あります」

メモというか、パソコンで調べたもののコピーなんだけれど。ポケットから取り出してそれを桔梗さんに差し出せば、それを眺めた桔梗さんは、すぐにメモから視線を外して、店内を見回した。

「あぁ、矢張り」
「矢張り?」
「静玖様、こちらではありませんね。似たシリーズではありますが、ほら、あちらに」
「えっ」

桔梗さんが指差した先には、私が下調べで目を付けていた商品のポップがでかでかとあった。
あああ、見逃しー!
いや、これはちょっとダサいな、私。
ありがとうございます、と頭を下げてそちらへ行こうとすれば、何故かすんなり手を取られてエスコートされる。
待って、意味がわからない。紳士すぎない?! 私にされても困るんだが?!

「あ、ありがとうございます………?」

一応お礼を言うと、にこりと笑われた。いや、こっち見て笑わないで。顔が良いんだから目立つ、目立つ、目立つ!

「それにしてもバレンタインですか。白蘭様も甘いものはお好きですから」
「ん?? いや、白蘭にあげる予定ないですけど」
「………………おや?」
「いやいやいや、当日会えるかわからない人用は用意しませんよ」
「白蘭様に言伝ましょうか?」
「いやだから、そもそも予定ないので大丈夫です」

え? 本当に? なんて顔はしないでほしい。あげないってば。
そんな予算は!! 私にはない!!!!

「静玖様?」
「そんな困った顔をされても無理です、駄目です」

両腕で大きくバツを作ると、残念です、と返ってきた。
そ、そういう顔をされるとこう、罪悪感が湧き上がってくる。うーん、市販のチョコレート詰め合わせ程度だったら、なんとかなる?
ミルフィオーレ皆さんへ、みたいな感じの? 一蓮托生? あれ、これは違うかな?
一括? 許されるかな。許されたい。え、用意出来るかな。

「あの、えっと、検討します」

にこ、と嬉しそうに笑わないで。本当に検討することになっちゃうでしょ!
目星を付けていたストールは買えたのでとりあえず目的を達成出来たので、これ以上彼のペースに飲まれないよう、その場で解散した。
………………っていうか、あれ、ナチュラルに日本式バレンタインで話が通じてたな。
いや、これは気付かなかったことにしよう。








二月某日、とある雑貨屋にて




「わぁ、可愛いです!」

なんて隣から響いたハルちゃんの声に、こくこくとくーちゃんが頷いた。
放課後、ハルちゃんと待ち合わせして、とある雑貨屋に来ることとなった。
私と、ハルちゃんと京子ちゃんとくーちゃん、それに引率みたいな感じになってしまっている花ちゃんだ。
あ、深琴ちゃんはいない。なにせあれでも一応受験生だからね!

「ラッピングの袋って悩むよねぇ」
「ね。中に入れるののサイズとか考えて買ってったのに、入らなかったとかよくあるし」
「あるある」
「足りると思ってたのに全然足らなかったとかもありますね」
「あるある」
「後、リボンの買い忘れとかも!」
「あるある」
「アンタはそれしか言わないの?」
「だって良くやる」

花ちゃんに突っ込まれたけれど、今、京子ちゃんとハルちゃんが挙げたものって良くやらかすんだよね。買い物の手間が増える増える。
そんなにおっちょこちょいだったり、抜けてるつもりはこれっぽっちもないのだけれど、まぁ、たぶん皆やらかすことだろう。たぶん。
買い物にテンション上がったりするからね。

「ふふ、」
「くーちゃん?」
「静玖ちゃんでもそういうのするんだって、思ったら」
「??? そりゃあ私もやらかすよ?」
「うん。だから、それが知れて嬉しい」

なんて言われちゃうと、私も嬉しくなってきてしまうのだけれど。

「じゃあ、とりあえず、一旦解散?」
「そうね。固まってても仕方ないし」
「はひ。………そうですね。ラッピングもプレゼントの醍醐味です。当日まで秘密、ですね!」

なんて言うハルちゃんに、皆がこくりと頷いた。
私はメッセージカードも見たいから、皆より時間掛かりそうだもんね。早めに気に入るのが見つかれば良いのだけれど。

「買い物終えたら入口付近で待ち合わせにしましょ」
「はあい」
「はーい」
「了解です」
「うん………」
「いや、あたし、引率じゃないから。アンタたちもう少ししっかりしなさいよ」

花ちゃんの発言に揃って手を挙げて反応を返せば、花ちゃんが呆れたようにため息を吐いた。
自分で言っておいてあれだけれど、花ちゃん以外サイズ感揃っているので、本当に引率みたいになってしまっている。ごめんね、花ちゃん。
さて、別行動ってことで、まず先にメッセージカードを見に行こうかな。
ティモに贈るストールに添えるやつ。後、護衛の皆に日頃のお礼を書いて渡したいな。
これはバレンタインっぽいのは嫌なので、シンプルなのを選ぼう。
綱吉たちにあげるやつは別にメッセージカード要らないから、必要な分だけ買おう。
………あっ。
そっか、会えない人にはお手紙でも書こうかな。
当日会えないだろうからお菓子はアレだけど、お手紙書くぐらいなら出来るよね。よし、レターセットも買おう。
後はラッピング用の袋か。マチがあると良いかな。マフィンが入るサイズとなるとそれなりの大きさが必要だよね。
リボンは色分けしようかな。その方が誰にどれを渡すのかわかりやすいもんね。
これとこれと、これ、かな。
よいしょ、と両手でしっかりと持って会計する。
うーん、先月末から今月で、だいぶお財布が薄くなっていく。まぁ、致し方なし。
雷が用意してくれたエコバッグに買ったものを詰めて、お店の入口付近で………他の人の邪魔にならず、けれど見つけにくいところにならないような場所に行こうとして、すでにハルちゃんが立っているのが目に入ったのでそちらへ足を向けた。

「ハルちゃん、早いね」
「静玖ちゃん、………思ったより大荷物ですね?」
「んぇ、そうかな」
「ふふ、ハルは嬉しいです」
「ん? なんで?」
「バレンタインに何かするぐらい、静玖ちゃんにとって大切な人達がいるってことですし、大荷物ってことはそれがたくさんいるってことですもんね」

綱吉みたいなこと言うね、と思ったけれど、それは口には出さなかった。
ハルちゃんには色々心配してもらったし、迷惑も掛けてしまった。

「ねぇ、ハルちゃん」
「なんですか?」
「綱吉のついででいいから、バレンタイン当日、私にも会いに来て?」
「っ?!」
「ちゃんと君にも渡したいから」
「ハ、ハルも静玖ちゃんに渡したいので、ツナさんのついでではなくて、その、ちゃんと静玖ちゃんに会いに行きますから!」

きゅっとエコバッグを持っている私の手を握りしめてそう言ったハルちゃんに、約束を取り付けられたことに安堵して胸をなでおろした。
ここまで来て、当日会えなかったら意味ないもんね。

「うれしい」

彼女の手を握り返してそう言えば、ん゛と、ハルちゃんが鈍い声を返してきた。
後にハルちゃんが、「あれを真正面から受けてるツナさんすごい」と漏らしたらしい。

「アンタたち、手を握り合って何やってんの?」
「花ちゃん!」
「ハルちゃんと約束してただけだよ」
「約束?」
「そう。ハルちゃんがね、バレンタインに会いに来てくれるって約束」
「はぁん………」

え、その反応は何かな、花ちゃん。

「そういやアンタ、誰に渡すの?」
「ん? 並盛のみんなと、くーちゃんのところのメンバーぐらいだよ」
「えっ」
「え、なあに?」
「あの、えぇと、」

ちら、と花ちゃんを見た後、ちらっとこっちを見て、私の耳元でイタリアの人たちは、と問いてきた。

「えぇ、渡さない、渡さない。当日会えるかどうかわからない人たちの分までお菓子系は用意しないよ」
「………………………」
「………………………」

え、なんで二人して黙るの?

「え? 本気です?」
「誰に渡さないかは知らないけど………、本気?」

ど、どういうことなの、二人とも。
何考えてるんだコイツ、みたいな顔で私を見ないでほしい。そんなに変なこと言ってないんだけどなぁ。

「ハルには約束取り付けるのに、あっちはしないんです?」
「いや、しないけど」
「静玖ちゃん、怒られないと良いですね」

え、本当に?
事情を詳しくは知らない花ちゃんも、心配そうな顔でこっちを見てきた。
え、なんかまずいの? やらかしてる? お手紙は書くよ? バレンタインらしさはてんでないけど、それぐらいは許してもらおう。
そもそも日本式バレンタイン知ってるか謎ではあるけれど、まぁ、うん、そこはね、うん。
後からやってきた京子ちゃんやくーちゃんも、ハルちゃんから話を聞いて、大丈夫? と心配してきたのが印象に残った。








二月某日、柚木家にて




「子晴、子晴、イタリア行く予定とかある?」
「ん? 姫君が望めは行くけれど」
「あー………、うぅんと、」

歯切れの悪い私に、どうしたの、と首を傾げた子晴に、なんて言っていいか迷いながら口を開く。
端的に言って良いのだろうか。いやでも、ちゃんと説明をしないといけないよなぁ。

「ティモへの贈り物をね」
「あぁ、バレンタイン」
「うん」
「良いよ。九代目に渡してきてあげる」
「あー、えぇと、それとね」
「うん?」
「所在がわからない人宛もあるけど大丈夫?」
「うん?」

京子ちゃんたちと買い物に行った日、そのままの勢いでルーズリーフに向かって下書きをして、本書きも終えて封をした後、アルコバレーノの皆にも書けば良いのでは、と今更ながらに閃いたので後日追加でレターセットを書いて、お手紙をしたためたのは良いのだけれど、渡し方を考えてなかった。
ので、結局護衛の誰かに頼もうか、という結論に至ったのだけれども。

(うーん、完全に我儘だ。しかも甘えてる。大丈夫かな、これ)

そこがとても懸念なのだ。
嫌がられても仕方ないのでアレなんだけれども、まぁ、ここまで言っちゃったのだから、今更引けないけれど。

「所在不明?」
「風さんとか、ルデとか?」
「元アルコバレーノ?」
「うん。スカル君とかマモ君は所属してる場所がわかってるけど、風さんとかルデとか、知らないから」

骸君のところにはいないんだよねぇ、ルデ。
後、風さんもイーピンちゃんのところには居ないので、ちょっとどこにいるのかわからない。
…………から、お手紙にしたんだけど。

「何を渡すのかな?」
「お手紙」
「お手紙?」
「さすがに食べ物はどうなのって思ったから、日頃の感謝をしたためた次第です」
「姫君からのお手紙とかご褒美では? え? それ、オレが配るの?」
「んん、やっぱり嫌だよねぇ」
「ん? 姫君が思ってるような『嫌』ではないけどね?」

ん? どういうこと?

「だってそれって、姫君からの『愛』を配るってことでしょ?」
「いや、そうではないよ?!」

なんで飛躍するの、子晴ッ。
って言うか、愛って、愛って………!

「イタリア的にはお手紙書くのまずかった?! やめる?!」
「わー、ストップ、ストップ、問題はないよ!」
「え、大丈夫? 本当に?」
「まぁ、日本式のチョコレートの代わりに、で全然イケると思う」

良かった。それならなんとかなるよね。なってほしい。

「九代目には何を渡すんだい?」
「ストール。お洒落と名高いイタリア人に渡すのはどうかなって思ったんだけど、まだ暖かかったり寒かったりするでしょ? あぁいうのってあると便利だからさ」
「なるほどね。九代目、喜ぶと思うよ」
「だと良いけどね」

ちょっと不安ではある。喜んでほしいなぁ。

「それで、手紙は誰に渡すのかな?」
「はい、これ」
「うーん、たくさんあるねぇ」
「うん、あるの」

はい、と封をした封筒を束で渡せば、子晴は困ったように笑いながら、しっかりと受け止めてくれた。

「宛先見ても?」
「どうぞどうぞ」
「元アルコバレーノとあー………」
「あー?」
「姫君、この二通………いや、三通は持ってた方が良いよ」

ぽいぽいと返されたのはスペルビ宛とディーノさん宛、後、スカル君宛である。
え、なんで?
やっぱり、同盟相手と言えどマフィアのボスにお手紙はまずかったかな。しかもスカル君に至っては同盟でもなんでもないマフィアの参謀だもんね。
いやあれ、でもスペルビはボンゴレ所属なのになんで駄目なのかな?

「子晴………」
「そんな心配そうな顔しないの、姫君。その三人はたぶん当日日本に来ると思うんだよね」
「日本に?」

来るの? 三人が? 本当に?

「騙されたと思いながら当日まで待っててみて」
「ん、うん」
「じゃあ、これはオレが責任持って届けるね」
「子晴、我儘言ってごめんね?」
「こんなの我儘でもなんでもないよ、姫君」

ぱちん、とウィンクしてきた子晴に困惑しつつ、ほっと安堵のため息を吐いた。








二月某日、柚木家にて




「いや、これ、足らなくない?」

チョコチップを散らしたマフィンを大量生産したは良いけれど、なんか足りない。数が足りない? なんだろう、なんか物足りない気がする。
チョコレート成分が足りない? まぁ、チョコチップだけじゃ少ないかな。
うぅん………。
ぱくり、とりあえず一個味見で食べてみる。味は大丈夫だし、食感だって平気だ。甘さもそんなに強くないし、甘いものが苦手な人でも大丈夫、だと思う。私は甘いの大丈夫だから勝手にそう思っちゃうけど。

「静玖?」
「なあんか、物足りない気がする?」
「マフィン?」
「チョコレート成分? 甘さ? なんだろう、わかんない。でもなあんか、物足りない」

ぐぅ、と唸っていると、すでにマーブルクッキーをラッピングし終えた深琴ちゃんがひょこりとキッチンを覗いてきた。
そうして私の目の前に置かれている大量のマフィンを見て、一緒に首を傾げる。

「もっと作りたかった、とか?」
「えぇ、それかなぁ」
「バレンタインだもんねぇ。チョコレート系のお菓子が作りたかった、とか?」
「んんん」
「ふふ、悩んでる悩んでる」

なんでか頭を撫でてきた深琴ちゃんのそれを甘受しつつ、うーん、と唸りながら答えを導こうとした。
………………はっ!!

「クラスメイトの分が欠片もないのでは?!」
「それは大変ッ」

予備が無いから物足りなかったんだ。
そうかそうか、納得。

「それって必要なの?」
「雲さん、わかってないですね」
「うーん、なんて説明したら良いかな。貰うだけ貰って、その日に返さないってことはつまり『友チョコ』を用意してなかったってことで、そうなると人間関係が円滑に立ち行かなくなるというか、まぁ、その辺は女の子は面倒くさいというか、心理戦というか」
「返さないと問題なの?」
「『私のこと友達って思ってないの?!』って思われると面倒でしょ。それに『友チョコ』はホワイトデーまで待たずにバレンタインデーで交換するものだしね」
「へぇ。その辺日本の文化っていうか、独自の発展で大変だねぇ」

ひょこりとこちらを覗いていた深琴ちゃんの隣に、ちょこりと雲が並んだ。
あれやこれや説明するけれど、よくよく考えるとこれって必要なのかなって思うけど、まぁ、やっておいて損はないからね。

「じゃあ、そういうわけだから追加の材料買ってくるね」
「雪ちゃん?!」
「待って待って、今何時かわかってる?」
「まだそんなに遅い時間じゃないよ」
「一人出歩き、駄目、絶対!」
「右に同じく!」

むふー、と鼻息荒くして言う雲に、はいはい、と挙手して言った深琴ちゃんに首を傾げる。
なんか最近過保護だね?
ちらっと視線を二人の奥に向けると、子霧が車のキーを片手に振っていた。

「子霧が付き合ってくれるって! だからちょっと買ってくるね」
「まぁ、それなら」
「そうね、一人じゃないのなら」
「行ってきます!」

子霧に続くように部屋を出ていった後、

「それは我儘カウントしないのね、姫さま」

なんて嵐ちゃんが言っていたのは知らないのだった。









二月十四日 朝



「ラッピング良し、クラスメイトの分も良し、あっちのやつは子晴がちゃんと渡してくれているはず」

綱吉たちの分は置いていって大丈夫かな。放課後集まるならそっちで渡したいよね。荷物重くなるのはいまいちだし。

「静玖ー、行くよー!」
「はあい!」

階下から深琴ちゃんの声が聞こえたので、慌てて学生鞄と、マフィンを入れた紙袋を持つ。
それなりな量になってしまったので重たい重たい。近年のバレンタインの中では最重量なのではないだろうか。

「行ってきます!」
「行ってきます」

なんか久々に一緒に登校するね。なんだでだろうか。
………いや、私が避けてただけかなぁ。だって、深琴ちゃんといると目立つんだよね。
私が目立つというか、深琴ちゃんが目立っているだけなんだけれど。

「あ、おはよう、静玖、深琴」
「おはよう、ツーちゃん」
「おはよう、綱吉」

珍しく玄関に立ってた綱吉は、そのまま困ったように指を指した。
なんぞや、と視線を巡らせると、何故かすでに疲れた顔の隼人君がいる。
ぜーぜー、と肩で呼吸をしていて、制服も少しだけ乱れている。………気がする。
どうしたんだろう。

「ビアンキがね」
「あぁ、ポイズンクッキング」
「??? お姉さんから弟に渡すの? 仲良しだね」
「いや待て、静玖、俺と姉貴はお前が思っているような仲じゃねぇ!」
「そうなの? ………そうなの?」

思わず同じ言葉を綱吉にぶつければ、綱吉はこくこくと頷いた。

「なんていうか、うん、静玖と深琴の様な仲ではないのは確かだよ」
「ふうん。…………あ、隼人君、今日の放課後沢田家寄る?」
「あ? あぁ、まぁ、」
「じゃあ、私からのバレンタインはその時ね」
「あ゛?」
「『あ』?」

ビクッと身体を震わせた隼人君に、思わず首を傾げる。
なんでそんなに過剰反応してるんだろう。僅かに頬の赤みも戻ってるみたいだし。
あぁ、もしかして、

「手作り駄目だった? やめようか?」
「い、いや、もらう」
「そう? じゃあ、後でね」

良かった。
去年は全然仲良くなかったから渡すことなかったけど、今年はあれだけお世話になったし、親しくなったからね。
でも、手作りが大丈夫かどうかはもっと早く聞いておくべきだったな、反省反省。

「うーん、清々しいまでのスルー」
「獄寺君の頬が赤くなってるの気付こうな、静玖」
「血色が良くなっただけでは?」
「あー………」
「血色、うん、血色は良くなっただろうけど………」
「えぇ、なんなの」

はっきりしてほしいのだけれど。
深琴ちゃんと綱吉のはっきりしない態度にむぅ、と口を尖らせる。
眺めの前髪をかき混ぜた隼人君は、はぁー、と少し長めのため息を吐いて、なんでもねぇ、とだけ言って黙ってしまった。
えぇと、私の反応がまずかったのかな、これは。

「あ、ねぇ、ツーちゃん、山本君は?」
「呼び出し。朝一番に学校に来て、だってさ」
「あー………」
「野球部の山本君はモテモテだもんねぇ」
「気になる?」
「わたしが? いや、全然」

すぱん、と言い切った深琴ちゃんに、思わず心の中でガッツポーズする。
良かった。まだ山本君に興味持ってなくて。
ちなみに、なんで深琴ちゃんが放課後に沢田家に行かないかというと、なんでも三年女子だけで集まるそうなのだ。なので昨日のうちから手渡し出来なかったらツーちゃんにお願いする、と聞いていたのである。
可哀想な山本君。でもライバルな私からしたらザマァ、なわけである。ごめんね、あんまり性格良くなくて。

「ツーちゃん、獄寺君。はい、これ。後、ツーちゃん、これは山本君に渡しておいて」
「ありがとう、深琴。ちょっと置いてくるね」
「ッス」
「荷物にしちゃってごめんね。でも、今じゃないと渡せないから」

はい、どうぞ、とクッキーの入った袋を渡した深琴ちゃんは、綱吉に手渡しできた事にホッとしたような顔をしていた。
深琴ちゃんから自分のと山本君宛とを受け取った綱吉は、ささっと家に入ってそれを置いてきて、それからすぐ戻ってきた。

「山本君来ないなら、もう良いかな」
「あ?」
「ん? 静玖?」
「え? いや、君たちとは登校しないけど」
「駄目です」
「?!」

何故か敬語の綱吉は紙袋を持っていない私の手を取って歩き出す。
引っ張られるままに歩き出した私の隣に深琴ちゃんがやって来て、三人の後ろを隼人君が歩くこととなった。
うぅん、目立つんだが。やめてほしいのだけれど。
ぷらぷらと繋いだ手を揺らすと、にこ、と綱吉から笑顔が送られた。むぅ、離す気ないな、君。
てこてこと通学路を歩いていく。ぞろぞろと連なって歩いているのは有りなのだろうか、無しなのだろうか。個人的には無し寄りの無しなのだけれど。

「む?」
「あっ、おはよう、ツナ君、静玖ちゃん」
「京子ちゃんとお兄さん!」
「おはよう」

笹川兄妹が向こうから歩いてきているのが見えた。了平先輩の手にはからの紙袋が握られている。
確かに了平先輩も最終学年だもんね、いっぱい貰う可能性あるし、了平先輩ってなんやかんや、好意には好意返す人だからね。

「出会い頭で申し訳ないのですが、はい、了平先輩。毎年のものです」
「ありがとうな、柚木妹」
「じゃあ、わたしからも」
「うむ」

いそいそと紙袋にしまう了平先輩にほっこりしていると、京子ちゃんが綱吉に、放課後沢田家に行く約束をしていた。
良かった、京子ちゃんの分も置いてきたのだ。後、くーちゃんの分とハルちゃんの分も。
たぶん沢田家に集まるだろうなぁ、と思っての判断だったけど、正解して良かった。

「京子ちゃん、沢田家でみんな集まった時に私も渡すね」
「うん、わたしも」

わあい、と二人できゃっきゃしていると、隣の深琴ちゃんがずびし、と了平先輩を指差した。

「毎ッ年言うけど、わたしは甘いもの食べないからね! お返しは甘いもの以外でお願いね!」
「そんなに毎年言わんでもわかってるぞ」
「そう言ってクッキー詰め合わせとかくれるのは誰?」
「俺だな!」
「これっぽっちも響いてないー!!!」

結局個別は大変だからと、姉妹合わせてのお返しを貰うのだけれど、まぁ、便利なまあるいクッキー詰め合わせ缶になるのだ。私は全然それで構わないのだけれど、まぁ、甘いものが得意ではない深琴ちゃんからしたら、お返しが合ってないようなものなので、怒ることだろう。
でもなぁ、

「了平先輩のお返しって、ハズレはないので個人的には有り難いです」
「ほら見ろ!」
「んぐっ」
「ほら見ろじゃないから、わたしの要望も受け取ってよ! ってか、静玖の首がもげるから加減して!」

ぐりぐりと力強く頭を撫でてくるのでグキ、と首が鳴った。
いたい………。了平先輩はこういうところ優しくない。

「む、すまんな、柚木妹」
「悪気がないのはわかるので………………」

そう、了平先輩に悪意はないのだ。だから怒るのもなんか違う気がする。
ただ、力加減はしてほしいところではあるけれど。
ぽんぽん、と最後に軽く頭を叩いた了平先輩たちを伴って六人で歩いていて、校門近くなって足が止まった。

「うっそでしょ」
「えぇー………」
「今日、風紀委員立つ日だったっけ?」
「風紀委員だけならまだしも、粛清委員もいる………」

上から、深琴ちゃん、綱吉、私、深琴ちゃんである。
雲雀先輩とハイジちゃんが二人して仁王立ちしているとか、怖い他ない。
なんなの、大なく小なく並が良いとは何だったの。どう見ても厄災二人がででんと立っているではないか。言い分最低だな、私。
あ、ちなみに私が年上であるハイジちゃんをハイジちゃんと呼ぶのには秘密があるのだけれど、それは本編を乞うご期待。本編ってなんだ。

「解散、解散しよ」
「解散って」
「もうっ、ばか、綱吉! こんな人数で行ったら問答無用で咬み殺されちゃうでしょ!」
「あッ………!」
「姉妹、兄妹、クラスメイトで分かれるのが自然だから、はい、解散ッ………!!」

思わず仕切ってしまったけれど、兎にも角にも咬み殺されるのだけは勘弁なのだ。
隼人君は一瞬む、としたけれど、彼だってわざわざ喧嘩を売ったり買ったりする必要もないと思ったのか、そのまま綱吉の隣に収まった。

「第一陣行ってきまーす」

と、ぎゅっと私の左腕に抱き着いた深琴ちゃんと連れ立って歩き出す。
………あっ、忘れてたけど、ハイジちゃんと深琴ちゃん、ちょっと相性悪いんだよね。大丈夫かな。

「おはよう、雲雀君、アーデルちゃん」
「アーデルちゃんは辞めて。おはよう」
「おはよう、柚木姉妹」
「おはようございます、雲雀先輩、ハイジちゃん」

何故かバチバチと火花を散らす深琴ちゃんとハイジちゃんを尻目に、そろっと深琴ちゃんの腕から自分の腕を抜いて、そそそ、と雲雀先輩に近付いた。

「なに?」
「今日のお昼休みって、応接室います?」
「いるよ」
「じゃあ、お昼休みに応接室に行きますね」
「うん」

残念ながら、今ここで雲雀先輩にマフィンを渡す勇気はない。なにせ他の風紀委員の目があるからね!
一方的ではあるけれど、ここでちゃんと約束できたのは良かったかも。
草壁先輩とも約束できたなら良かったのだけれど、それはちょっと望みすぎかな。

「静玖はわたしの妹なんだからね!」
「まだやってるの、深琴ちゃん。ほら、行こう」

後ろ詰まってる詰まってる。
深琴ちゃんの手を取って、二人にぺこりと頭を下げてから昇降口を目指して歩き出す。
深琴先輩、おはようございます、なんて、いろんな人から声を掛けられている姉の姿に、人気者って大変だなぁ、なんて思いながら。

「あの子、目立ちたくないとか言ってるわりには目立つことしかしてないよね」
「確かに」

なんて会話をしている雲雀先輩とハイジちゃんの声は聞こえないことにした。
目立つことは! してないよ!! ………たぶん。
下駄箱のところで深琴ちゃんと別れて、教室を目指す。
がらり、ドアを開ければ、何人かの目がこちらに向いた。
え?! なに、なんで?!

「静玖、おはよう」
「おはよう、宵ちゃん。………………えぇと、誰か待ってた?」
「静玖を待ってた。………この子がね」
「私を?」

なにかしたかな? してないと思うのだけれど。

「あの、静玖ちゃん」

声を掛けてきたのは、普段あまり話さない子だった。
栗毛色のゆるふわロングウェーブ髪の可愛い子なのだけれど、なかなか会話の機会がなくて、今日まで来てしまった子である。

「あ、あのね、これ、獄寺君に渡してくれないかな………?」

きれいにラッピングされた、四角い箱を私に差し出してきたので、にっこりと意識して笑顔を作る。

「やだ」
「ッ………」
「それはね、君の大切な想いが籠もったものだよ。そんなのを他人に預けちゃ駄目です。君の大切な想いなんだから、まず君が大切にしないと。………だから、私なんか間に挟んじゃ駄目」
「えっ………」
「せっかく準備したんだし、昨日までの頑張りを捨てちゃ駄目だよ。………ね?」
「うんっ………! がんばる!」

はぁー、恋する女の子は無条件で可愛い。ひぇ、可愛い。出来ればもう少し早くお話がしたかった。
ぎゅっと箱を抱きしめた子の赤く染まった頬を見ながらにこにこしていると、最初に話しかけてきた宵ちゃんがいやー、と声を上げた。

「やっぱ、本人通した方が楽だね」
「ん??」
「静玖に代わりに渡してもらうって言って聞かなくてさ。絶対静玖はやらないと思うよって言ってたんだけどね」
「あぁ、説得力の差」
「それそれ。更にいうとアンタは無条件で女の子の味方だから、絶対背中も押してくれると思ったし」

それはするけれども。
って言うか、

「隣のクラスに入るのって目立つんだよ。知ってた?」
「アンタがそういう奴であることは重々承知の上だよ。まぁ、一人やったら二人、三人って増えるの目に見えてるしね」
「それ」

可愛い女の子は好きだ。味方もする。けれどもじゃあ、目立つことを引き受けるかと言われると微妙なのだ。ましてやクラスメイト、なんていう間柄であるならば尚更。
これが京子ちゃんとかハルちゃん、くーちゃん、花ちゃんならまた話が変わってくるのだけれど、まぁ、彼女たちがこういうことを頼んでくることは少ないだろうから。
さっき、私にチョコレート配達を頼んだ子は、他の女の子たちといつ渡しに行くかなんてきゃっきゃしている。うん、可愛い。
にこにこしながら自分の席に座れば、目の前に急に手が伸びてきた。
………うん?
思わず顔をあげる。そこにいたのは、不機嫌そうな顔のクラスメイト(男)だった。
えぇ、なに。

「ん!」
「ん?」

ぐい、とまた手を差し出される。
なんなの、何したいの、君。クラスメイト(男)とは話したことがないと思うのだけれど。と、言うか、教室に入ってきた雲が怖い顔をしているからあまり絡まないでほしい。
思わず音を立てて椅子ごと引くと、後ろから宵ちゃんが私を抱きしめて、ことり、と透明の袋に入れられたブラウニーを机の上に置いた。

「はい、友チョコ」
「わあい。じゃあ、私も」

はい、どうぞ、と紙袋からクラスメイト用のそれを取り出して渡せば、宵ちゃんの顔は見えないけれど、たぶんにんまりと笑っていることだろう。
そんな私達のやり取りを見て、目の前のクラスメイト(男)は、更に眉を釣り上げた。
えっ、なんで不機嫌なの。って言うか、君は、何がしたいの。

「俺にはないのかよ」
「はぁ? 自分から催促とか恥ずかしくないの? ってか、静玖が用意してるわけないじゃん」
「は?!」
「まぁ、用意してないけれど」
「なンでだよ!」
「なんで、って聞かれても、」

なんで私が彼の分を用意するんだろうか。特に仲良くないぞ。
それに今年は用意する分が多かったから、それどころではなかったし。
うぅんと、素直に言って良いのかな。

「そもそもなんで私が君の分を用意しなくちゃいけないの?」
「は? だってお前、」
「?」

お前、なんだろうか。って言うか、ちょいちょい首が絞まってるからちょっと宵ちゃん、離れてほしい。

「お前、俺のこと好―――………」
「――――――静玖ちゃん」

クラスメイトの言葉を遮るように、違う人の声が重なった。
ハッとなってドアの方へと向けば、そこには戸惑った顔をした炎真君がいた。

「炎真君! どうしたの?」

宵ちゃんが抱き着いているから動けないので、ちょっとだけ声を大きくして話しかければ、炎真君はふわりと嬉しそうに笑って、とてとてと覚束ない足取りで傍へ寄ってきた。

「あの、これ、アーデルハイトからって言うか、シモンからって言うか、あの、みんなで作ったんだ」
「わぁ、本当に? ありがとう! じゃあ、私からもこれどうぞ」
「マフィン?」
「うん。ちょっとずつだけど全員分あるから、シモンのみんなで食べて」
「ありがとう」

はい、と炎真君から渡された紙袋を覗きこめば、アイシングクッキーが入っているのが見えた。シモンのみんなで楽しく作ったんだろうことが想像できて、自然と口角が上がってしまう。
あぁ、でも良かった。炎真君にも渡せた。安心安心。

「うれしい」
「私も嬉しい。大事に食べるね」
「うん」

にこ、と笑った炎真君は、未だに私に手を伸ばしたもままのクラスメイト(男)をちらりと見た後、そのまま教室を出ていった。
ヒッ、と引きつった声が響いて、なんだろう、と顔を向ければ、クラスメイト(男)は顔を真っ青にさせたままじりじりと後退する。
え、なに。

「っ、なんなんだよ!」

いや、それ、こっちの台詞………。
なんかよくわからないままに自分の席へと戻っていったクラスメイト(男)を見送って、その後に首を傾げると、未だに抱き着いたままの宵ちゃんに頭を撫でられた。
なんか今日、朝から頭を撫でられることが多いのだけれど、どういう日なのだろうか。





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