19

「はじめまして、雲隠、です」

夏休み明けにやってきた転入生に、違和感を感じなかったと言ったら嘘だ。
だってちらりと私を見ると、ふんわりと笑って、ある単語を口にしたから。
そう、彼は確かに『雪』と口にした。
見間違いではないと、思う。
保健室の中庭には行けなくなったので、こそこそと図書室に面している中庭へ走る。
内藤君とは今もたまにお昼を食べる仲だ。今日は居ないみたいだけれど。

「雪ちゃん?」
「はへ?」
「あぁ、やっぱり雪ちゃんだ」

にっこりと笑うのは、転入生だ。
正一くんに似たくるくるの髪に縁のある眼鏡、垂れ眉で眼鏡に隠された瞳は大きい。
それでもどこか悪戯っ子のような笑みを浮かべているから、弱い子ではないんだろう。
と、言うかそもそも、なんでこの子は私を『雪』と呼ぶんだろう。

「年甲斐もなく制服まで着ちゃった。僕のこと、軽蔑しない? ねぇ、雪の姫?」
「君は………?」
「雲だよ。貴方の雲」
「………は?!」
「ほら、校内に敵が居たら困るでしょ? だから僕が変装して、雪の姫の傍に居るの」

ねぇいい子? と聞きながら雲が隣に座った。
え、と。
私より年上なんだよね、この人………。
あ、頭撫でても良いのかなぁ。
そろりと手を伸ばしてその頭を撫でると、雲はにっこりと笑った。

「えへへ。嬉しいなぁ、雪ちゃんに撫でられちゃった」
「う、うん」
「うん、もう大丈夫。学校に居る間は僕が雪ちゃんを守るから」

にこにこ嬉しそうに笑う雲に、私もゆっくりと微笑みを作った。
刹那、肩を抱かれて体勢を崩す。
何、という前に背中に庇われた。

「雲………? って、雲雀先輩、」
「何群れてるの、柚木静玖」
「………『群れ』?」

私がさっきまで居た場所にはトンファーが深く深く刺さっている。
雲が居なかったらどこかの骨が粉砕していたかもしれない。
そう考えると、背筋が凍った。
わぁ、雲、万歳っ!

「ねぇ、雲隠。偽の書類まで作って僕の並盛に何か用?」
「この人の護衛だよ、雲雀恭弥。後継者の雲さん。あぁ、言っておくけど、僕は君に何か興味ないからさっさと立ち去ってくれる?」
「ふうん。………柚木静玖」
「はい?」
「僕の前で群れている者は何者であろうと、」

一度言葉を切った雲雀先輩に、恐怖を覚える。
いけない。
ここに居てはいけない………!

「咬み殺す!」
「だからさぁ、君に興味はないってば」

くるっと手のひらで回されたトンファーを振り下ろそうとした雲雀先輩に、雲がどこからか出した重たそうな銃の銃口をその眉間に突き付けた。
切れ長の瞳をほんの少しだけ見開いた雲雀先輩は、にぃ、と口端を緩めた。

「ワォ! ますます咬み殺したくなるねっ」
「五月蝿いなぁ。僕の至福の時を邪魔する権利、君にあると思うの?」
「雲………?」
「本当に不愉快。でも殺せないなんてさらに不愉快。雪ちゃん、教室帰ろう?」

銃口を雲雀先輩に突き付けたまま振り返ってにこりと笑う雲は怖い。
なんて言うか、うん、マフィアって感じ。
きゅう、とセーターの胸元を握りしめて固まる私に、雲はさらに笑う。

「だぁいじょうぶだよ、雪ちゃん。言ったでしょ? 彼は殺せないの」
「っ、」
「さ、帰ろう?」

雲雀先輩の腹に勢い良く蹴りを入れた雲は身体ごと振り返ったと同時に私を肩に担ぎ上げた。
ひぎゃ、と妙な悲鳴の後、浮遊感にぎゅうと目を瞑って雲のYシャツを握りしめる。
こ、怖い怖い怖い………!

「雲、お弁当………!」
「あ、」

きゅ、とブレーキをかけたように止まった雲は私を抱え上げたまま道を戻ってお弁当を拾い上げた。
そこには雲雀先輩が横たわっている。
え、嘘。気絶、してる……!?

「く、雲」
「鳩尾に一発入れれば大概は気絶するよ、雪ちゃん」
「そんな………」
「だぁいじょうぶ。骨が折れた感覚はなかったから、彼ならすぐ目を覚ますよ」

そういう問題じゃあないんだけど、とも言えずに押し黙る。
だって、言えるはずがない。
雲が居なかったら、間違いなく私はぼこぼこだったもの。
ぼこぼこは嫌だよ、ぼこぼこは。

「さ、帰ろうね、雪ちゃん」
「ねぇ、雲」
「なあに」
「………ううん、良いや。なんでもない」

結局、彼は私の『敵』ではないし。
だって彼は『雲』だもの。
───あ、

「雲、降ろして。この体勢苦しい」
「ん、」

言えば降ろしてくれるのだから、悪い子ではないのは確かだ。
いや、私より年上であるはずだから、悪い人、と言うのが正しいのかな。
雲の手からお弁当を受け取って、気絶している雲雀先輩にぺこりと頭を下げて教室に向かった。
うーん、お昼食べる時間余ってるかなぁ。

「今日、もう一人の雲が来るよ」
「はぁ、」
「ちょっと鬱陶しいけど我慢してあげてね?」
「うん」
「あぁ、それと」

数歩前を歩いていた雲が足を止める。
くるりと優雅に振り返って、にっこりと爽やかに笑った。

「僕、最年長だから」
「は?!」
「うんだから僕、雨達より年上なんだ」
「うそ、」
「ホント」

子雨はぎりぎり三十路前で、それより年上って……。
それで制服着てるってどういうこと?!

「雲っ、」
「うふふ。雪ちゃんかぁーわいい」
「………本当に、からかってない?」
「からかってないよ?」

開いた口が塞がらない。危うくお弁当を落としそうだ。
ぽかん、とした私に、雲は尚も笑う。

「だから言ったでしょ、『年甲斐もなく』って」
「………年甲斐もなくって年齢じゃあないんじゃない?」
「ふふ」
「午後の授業、身が入らなそうだよ」

あまりの衝撃に、いろいろ吹っ飛びそうだ。
また正一くんのお世話になるかもしれない。
ごめん、正一くん、と心の中で呟いて、私達は席に着いた。

何だか、嫌な予感しかしない。



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