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久しぶりの手紙になってしまって申し訳ないね、私の可愛い雪

長い長い休みを終えて、体調を崩していないか心配していたけれど、君から手紙をもらった限りは大丈夫そうで安心したよ
猛き夏は君を傷付けたりしなかったかそればかりが気がかりで、実は私の方が参ってしまったよ
本当は君に知らせるつもりはなかったのだけれど、雨や嵐にバラされる前に自分から記すことにした
あぁでも、もう大丈夫だから気にしないでおくれ

ここのところ仕事が多くて君との手紙を疎かにしてしまって申し訳ない
私の可愛い雪、どうかノンノを嫌わないでおくれ

ではまた
遠いイタリアから愛を込めて





なんか、変だ。
何が変だ? わからない。だけれど何か変だ。
文面的に間違いなくティモだとは思う。
だけど今までの手紙を考えると、こんな風に仕事を理由に手紙を書くのを辞めるような人じゃなかったはずだ。
手紙に書くほど忙しいのかな、ティモは。
人のベッドに我が物顔で寝転ぶ子晴も、少しばかり元気がないようにも見える。
手紙を折りたたんでベッドの縁に座り込めば、ゆっくりと子晴が目を開けた。

「なにかな、姫君」
「疲れてますか?」
「どーしてオレだけ敬語なのさ、姫君」
「………駄目、ですか?」
「ダメ」
「………わかった」

頷けば、彼は茶目っ気たっぷりにくすりと笑った。
オールバック撫で付けてあるはずの髪を解いて好き勝手に散らかしたままの髪をかきあげ、ようやく彼は身体を起こす。
身支度整えた彼に、うっすらと笑みを浮かべた。

「大丈夫?」
「うん。ありがとう、姫君」
「何か食べ物か飲み物か、持ってこようか?」
「冷たい水を頂けないかな」
「わかった」少し深いため息を吐く子晴から離れて部屋を出る。
一階に降りれば深琴ちゃんがぷうっと頬を膨らませて椅子に座っていた。
………触らぬナントカに祟りなし、と。

「静玖っ!」

あ、駄目ですか、そうですか。
冷蔵庫を開けてミネラルウォーターをコップに注ぎ終わってから深琴ちゃんを見れば、一つ上の姉は膨らませた頬をすままに私の名を呼んだらしく、未だに膨れていた。

「なに、深琴ちゃん」

二階で子晴を待たしているためか、思ったよりも低い声が出てしまって、深琴ちゃんがくるりと目を丸くしたのを見てから、小さくごめん、と呟いた。
深琴ちゃんに当たっても仕方ないのにね。
ふ、と小さく息を吐いて頭の中を冷やして改めて深琴ちゃんに向き直せば、深琴ちゃんはにっこり朗らかに笑った。
あぁ、可愛いなあ、私の姉は。
だけれど笑ったのはたったその一瞬だけで、すぐに顔を歪ませて私に手を伸ばした。

「静玖、ツーちゃんが」
「綱吉が、なに?」

くしゃくしゃに顔を歪めて、泣きそうになりながら私に抱き付いてくる。
ツーちゃんが、ツーちゃんが、と彼女だけが呼ぶ、彼女だけが許されたその呼び方を繰り返して、ぎゅっと背中に回していた腕に力を込めた。

「ツーちゃんが、遠くにいっちゃうよ」
「この間みたいにフェリー旅行?」
「違う、違うよ。そうじゃなくて………、ツーちゃんが、精神的に遠くにいっちゃう気がしてならないの」

どうしよう、怖いよ、怖いよ。
えぐえぐと泣きじゃくる深琴ちゃんの背をぽんぽんと叩いて、さぁて、と片目を瞑る。
こうなった深琴ちゃんを宥めるには時間が掛かる。まぁ、それは悪いことではないけれど、二階に人を待たせていることを考えるとあまり時間は掛けられない。

「………あのさ、深琴ちゃん」
「なあに」
「綱吉はどこにもいかないよ」
「どうして?」

身体を離して首を傾げて聞いてくる深琴ちゃんに、肩から力を抜いて笑えば、むっと口を尖らせられた。

「どうして自信満々の声と態度でそんなこと言うの! 静玖はツーちゃんじゃないのに………、そんな慰め要らないっ」
「だって綱吉がそう望んでると思うから」
「………………うん?」
「私に『幼なじみ』で居て欲しい綱吉が、私の姉である深琴ちゃんに『幼なじみ』で居て欲しくないと望むはずがない。なら逆に、もう誰にも侵入されることのない『幼なじみ』という繋がりは一生のものだ、ってことじゃないの?」

私に『幼なじみ』で居て欲しいと望んだのは綱吉だ。
私だって綱吉の『幼なじみ』がいたい。
たとえなにがあろうとも、それは変わらない。変わらせない。

「わたしは静玖のおまけじゃないっ」
「だったら柚木家(ここ)でうじうじ悩んだって仕方ないじゃん」
「それは、でもだって、沢田家侵入禁止令が………」
「───何したの、深琴ちゃん」
「えぇ、何もしてないよ?! してないってば!」

傍から離れてぶんぶん首を横に振る深琴ちゃんに目を細める。
ほら、愛が暴走した、とかあり得そうだし。
綱吉に関しては手を抜かないもの、深琴ちゃん。
綱吉を妨げる奴には容赦ないし、綱吉に愛を語るにも手を抜かず、綱吉が恥ずかしがっても語るばかりだ。

「とにかく。猪突猛進が深琴ちゃんの代名詞なんだから、当たって砕けてくれば?」
「砕けちゃうの?! やだよ、砕けるの!」
「………ファイト?」
「静玖っ………!」

うぇおぉー、と変な叫び声を残した深琴ちゃんをリビングに置いたまま階段を上がっていく。
もちろん、ミネラルウォーターが並々入ったコップを忘れずに。
子晴は起きてるかなぁ。
人がいる部屋に入るにはノックすべきだと思うけれど、自身の部屋にはいるのにノックをするわけにはいかないから、ため息を一つして部屋に入った。
相変わらず子晴は私のベッドに寝転んでいた。

「遅くなってごめんね、子晴」
「仲良し姉妹で羨ましいね、姫君」
「子晴は兄弟仲悪いの?」
「そもそも兄弟居ないし」
「それって話にならないけど」

寝そべったままの子晴にコップを渡せば、彼はさっと身体を起こして中身を飲み干した。
こくりと喉仏が動くのが見えて、ふっと笑ってしまった。

「ねぇ、なんでそんなお疲れなの?」
「──────脱獄」
「したの?」
「なんでよ! 姫君にはオレがそんなふうに見えるって事?! されたんだよ、厄介な男に、ね」
「ふぅ…ん?」

脱獄、ねぇ。
ぽすん、と子晴の隣に座って、一階の深琴ちゃんを思う。
なんで深琴ちゃんが『沢田家侵入禁止令』が?
綱吉はボンゴレ。お疲れな子晴もボンゴレ。ちょっと変わったティモもボンゴレ。
………。
いやいや。まさか、ねぇ?

「あ、そうだ、姫君」
「なに」
「俺達とは別の護衛を雇ったんだ、ノーノが」
「また?」
「そ、また」

ふふふ、と笑う子晴に、きゅうっと眉を寄せる。
なんだか良い予感はしない。

「姫君は架け橋にもなるけれど、籠の中の鳥で居なきゃいけないからね、今は、まだ」
「………よくわからないんだけど」
「そう。それで良いんだよ、姫君」

今はまだ、ね。

怪しく笑う子晴に、何事もなければ良いなと頭を抱えたのは、まだ熱い残夏(ざんか)の日だった。



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