138

転送システムを破壊出来たと思ったら、その姿が一瞬消えた。
えっ、と思った後、

「白蘭の元へ戻ったな。破壊出来ていなかったのか………」

なんてディーノさんが呟くから、ぞくり、と背筋が凍り、冷や汗が流れる。
本当に息つく暇もない。
破壊出来てないってことは、まだ使えるってことでしょ? それを白蘭が回収したってことだよね。ってことは、真六弔花の人たち来ない? 大丈夫? どうするのこれ、やっぱりまた後手に回ってるってことだよねぇ。大丈夫なのだろうか。
何か出来ることはあるかな。
ちかっと目の端に光が走る。転送システムのソレが帰ってきたと思ったら、四方に光が飛んでいった。眩さに目を細めて顔を背ければ、綱吉の悲鳴に近い声が響いた。
そっちへと顔を向けようとすれば、くらり、と何故か立ちくらみに近い喪失感と脱力感に襲われる。
平衡感覚を失った身体が傾いたと思ったら、耳元で聞き慣れた………コルクの抜ける、軽やかなポンッて音かしたと同時に、肩に重みを感じた。
………のだが、

「んぷっ!」

ぺしん、と、リコリスが、たくさんある尻尾のうちの一つを器用に使って私の顔を叩いた。
ふっかふかのもふもふな尻尾ではあるのだけれど、攻撃意図を持って叩かれれば当然痛いわけで。
痛いよ、と小さく呟けば、当たり前でしょ、と言わんばかりにリコリスはコンッと鳴いた。

「はは、何遊んでるんだよ、静玖」
「いや、遊んでないし」

遊んではない。遊んではないのだけれど、え、そう見えたのだろうか。山本君、酷くないかな。
思わずリコリスに触れる。そちらを見れば、くりくりとした瞳が、優秀でしょ、と物語っていた。
えぇと、つまり、

(リコリスは、私が倒れそうになったのを、遊んでいるかのように誤魔化した………………?)

そういうことだろうか。でもなんで。
いや、ここで倒れたらそれはそれで面倒なことになりそうではあるのだけれど。
ありがとう、とリコリスにだけ聞こえるように言えば、コンッ! と、今度はとても楽しそうに鳴き返してくれた。

「恭さん、どちらへ?!」

にょきっと地面にあるドア………アジトの入口から半身出していた草壁先輩の叫びから、階段へと足を伸ばしていた雲雀先輩の姿を追った。

「一つ並中の方へ落ちていった。見てくる」

あぁ、うん、雲雀先輩は通常運転でとても安心した。
いやでも、単独行動は駄目なのでは? あ、私が言えることではないかな?
………でも、雲雀先輩だしな。単独行動の方が良い………………?
なんて考えている私の頭を、ぽん、と大きな手が叩いた。
ディーノさんである。

「オレが追いかけるから、お前はツナの傍にいろよ」
「へ? え、あ、はい………?」

いや、別に雲雀先輩を追いかけるつもりはこれっぽっちもなかったのだけれど、まぁ、ディーノさんが行くなら心配ないかな?
既に階段を降り始めた雲雀先輩の背を追って、ディーノさんと草壁先輩が追いかけて行く。
そんなディーノさんに綱吉が助ける声を上げた。

「ディーノさん、俺はどうしたら?!」
「お前はまずユニを安全なアジトへ連れていけ! ………そしてあの感じじゃ必ず白蘭もくる。ここをうまく凌げば奴を倒すチャンスもきっとあるぜ」
「え!!」

だがまずはユニの安全の確保だ! って言ってディーノさんは走っていってしまった。
そっか、まだユニたちはベースに居るんだった。ベースよりはアジトの中だよね。
なんて思ってベースを見ていると、何故かディーノさんの悲鳴と重たいものが落ちる音かした。
え、えぇと? 何かあったかな。
階段の方へと視線を動かすと、ぽん、とスペルビに背を叩かれた。

「なに」
「先入ってろぉ」
「ん、うん」

背中を押されるようにして、誰よりも先に入る。
うーん、とりあえず手を洗いたい。もう何も残ってないけど、血が出たわけだし、綺麗にはしておこう。
それから、とりあえず出掛けられる準備かな。
深琴ちゃんが誘拐されたとき、アジトの近くだったわけだし、アジトの場所は知られてるんだから、襲撃されない可能性は低いだろう。
お手洗いへ直行、ささっと手を洗う。そうして宛がわれた部屋へと向かって、少し大き目のリュックを手に取った。
フェイスタオルを数枚、ハンドタオルも数枚リュックに入れて、リコリスが何故か結紐になってくれなかったのもあって、予備の髪ゴムで髪を纏めるのも忘れない。一番リュックを背負って、肩にリコリスを乗せて今度は食堂へ。
戸棚の下を漁れば、500ミリリットルのペットボトル発見。二つもらお。あっ、スポーツ飲料の粉発見。それから保存食の乾パンもあった。ラッキーなことだ。とにかく全部リュックに入れとこ。
あ、後、飴も見つけた。疲れた時は甘いもの。肉体にも精神にも甘いものは必要だろう。しかも開いてない大入り袋。これも拝借。こんっ、と嬉しそうにリコリスが鳴いたのでその頭をなでておく。
それから、えぇと、

「医務室かな」

絆創膏、包帯、包帯を止めるためのテープ、後、湿布に痛み止め、それから後は何が必要だろうか。あぁ、テーピング用のやつも持っておいて損はないよね。
消毒液とかも要る? 要るなぁ、必要だと思ったものは全部詰めておこう。消毒液入れるなら脱脂綿も入れておくか。
………………だいぶ重たくなってきたな。いやでも、これぐらいの準備は必要だよね。
とりあえずこれで良いかな。もう少し入れる………? いや、あんまり重いと背負ってられないな。これぐらいが限度かな。
ペットボトル二本の時点でそこそこ重いわけだしね。
よいしょ、と掛け声しつつリュックを背負う。少し重いけれど、まぁ、この重さなら通学かばんと大して変わらないものだろう。
綱吉たちと合流する前に、また何か必要なものでも思い付くかな。
そう思いながら廊下に出れば、鈍く重たい音が響いた。
なんだっけ、これ………………警告音じゃないかな?!
あちこち歩いている場合じゃなくない?! どうしよ、えっと、えぇと、

「合流! 綱吉たちととりあえず合流!」

行くよリコリス、と肩に乗っているリコリスに一声掛ける。そうして一歩踏み出した。
が、いや、待って。綱吉たちどこよ。誰よりも先に入っちゃったし、誰にもどこに行くって言ってないし、綱吉たちが何してるかわからない。
とりあえず歩いていれば合流出来るかな、なんて警告音が響いている中緊張感も何もないことを考えて歩き出す。
走らないの? なんて感じのコーン? なんて鳴き声が聞こえたけれどちょっと無視だ。リュックの重さに負けたわけでは決してない。決して。
なるべく早足で歩いていたら、後ろから誰かが迫ってくる気配を感じた。なんだろ、と振り返れば、眉間に皺を寄せたスペルビがいた。
目が合って、眉がつり上がって、それから視線も鋭くなる。のに彼は何も言わず、右手で私の腰あたりに腕をのばし、そのままくるりと反転させて肩に持ち上げた。

「ヴッ」
「うるせぇ、黙れ。テメェ、単独行動してんじゃねぇぞぉ!」

それはちょっとだけごめんなさい。でも先にアジト入ってろって言ったのスペルビだよ。
お腹にスペルビの肩が入る。ちょっと息がし辛い。が、運ばれている以上、何も言えない。
ディーノさんもそうだけど、どうして子供一人抱えて平然としてるの。それなりの重さはあるんだが。さらに言うなら今は荷物で重いよ。って、リコリスはどこ行ったの。
ぺしぺしとリュックを越しに背中を叩く感覚がする。リコリスはリュックの上かな。それかもしくはスペルビの頭の上から尻尾で叩いているか。
うーん、と悩んでいると、足音が一切しないことに気が付いた。うぇ、人一人抱えて足音忍ばせられるの。え、すごい。

「う゛おぉ゛いっ! 何事だぁ!!」
「スクアーロ! それに静玖も!!」
「あ、」

みしっと壁が軋んだ。それが確認出来たと思った瞬間、爆発音とともに壁が吹き飛んだ。
かすかに熱い風が頬を撫でる。
爆風の影に見えた人に、ぞっとした。
――――――いやだ。
あの人は、好きじゃない。正直、白蘭より怖い。
ぎゅ、とスペルビのコートを握ると、降ろす動作をしたのでコートから手を離した。
とん、と足が地に着く。けれども恐怖からすぐには動けなかった。

「バーローみっけたぜ、ユニ様、静玖」

私の名前まで口にされたけれど、彼の瞳はユニだけを見ていた。ユニは怯えてはいたけれど、だからといって、彼から視線を外すようなことはしていなかった。………狙われることも受け止めると、そう決めていたんだろう。
ちりちりと熱さが肌を撫でる。なんだこれ、なんの熱さだろう。
考え事を止めるかのように、彼が左手に持っていた機械の破片を手放した。
ボロボロのそれは、元の形を推測させるほどの原型を留めておらず、風に乗って地に落ちた。

「転送システムがぶっ壊れて外へ吹っ飛ばされ、無線もレーダーも粉々になったときはどうなるかと思ったが」

なんて言いつつ、欠伸を一つ。そうして、なんとかなるもんだな、なんて気ままにそう言った。
………………怖い。この人のこの余裕が、怖い。
身体が受け止める熱さが増した。思わずまたスペルビのコートを握れば、少しだけ熱さが引いていった。

「野郎、ふざけやがって!!!」
「変な奴だな」

炎の灯る音がする。隼人君と山本君だ。
そんな二人を遮るように、スペルビが右手を伸ばした。

「スペルビ………?」
「てめーらじゃ役に立たたねぇ。静玖とユニをつれてさっさとここから去れ!」
「ええ、去れって………、でも、一人で?!」
「わかんねーのかぁ! すでにお前らは攻撃されてんだぞぉ!!」
「!!!!」

なるほど、さっきの肌を撫でた熱さは彼の炎だったのか。
前方に飛ばされたスペルビの炎に安心感を覚えつつ、そっと彼から離れる。傍にいるのはただの邪魔になる。
ただ離れてからリコリスがまだスペルビの傍にいることに気が付いて、おいで、と手を伸ばした。
リコリスはするんと私の手の内に帰ってきて、そのまま腕を辿って肩へと登る。

「俺も残るぜ、スクアーロ!」
「うぜぇ!! まだオレのことがわかってねぇーなぁ………! そろそろ一人でゆっくり静かにひっそり暴れてぇーんだぁ!!!」

めっちゃ矛盾してるよ、スペルビー!!!
スペルビが静かにってなに?! ってか、ひっそり暴れるって暴れるのって、ひっそりは出来ないよね?!
こめかみに苛立ちを隠さないスペルビに、空気を読んでツッコミはしなかったけれど、山本君たちはそれを素直に受け入れていて、あれ、と首を傾げた。
違和感感じたの私だけ? そうなの?
綱吉の号令でみんなが走り出す。正一君や、ラルさんの姿はないけれど、彼彼女を迎えに行く人もいるみたい。そこは安心だ。
ほ、と静かにため息を吐けば、ぶわっと『嵐』の炎の勢いが強くなる。
………………なのに、

(あれ………?)

スペルビが自身の炎を使って、壁を作っているのはわかる。
わかっているけれど、頬を撫でるあの人の炎を心地良く感じてしまった。

(マーレの『嵐』の炎が、私を………『雪』を傷付けることはない。だってそうだ。マーレもボンゴレも、護るための『石』だ。それが私を傷付けるはずは―――――――――)

考えて愕然とした。私は何を考えているんだ。あれは、彼は、今の『マーレ』は敵だ。
こん! とリコリスの声で我に返る。私も行かなきゃ、スペルビの邪魔になる。アーロちゃんも出してるし、この狭い中でも戦うんだろう。
リュックを背負い直して、歩き出そうとして、静玖、とスペルビから声が掛かる。
え、今? なんだろ………。
傍に寄ると、

「へ?」

ぐい、と指輪の炎が私に当たらないよう気を付けながら右手を伸ばして、首の後ろあたりに腕が回って服に手が掛かった。
ぐんと引っ張られて、ひやりと『雨』の炎の冷たさを少し首筋で感じた瞬間、

「あ゛ッ?!」
「静玖っ!!!」

どうして彼は、私の首筋に牙を立てなければ気がすまないのだろうか、なんて呑気に考えてしまった。
ぐっと肉を喰む歯の感触に身体が震える。痛みに声が上げられず、先程考えていたそれすら頭から消えてしまった。

「―――殺す」
「ハッ、奇遇だなぁ。オレもテメェだけはこの手で殺すって決めてんだぁ゛」

ぽこぽこと出来上がった歯型を一舐めしたスペルビは、殺気を増した彼にそう告げる。
なんで噛まれたのかさっぱりわからず呆然としていた私の腕を、誰かが引いた。

「行くぞ!」
「隼人君………! っ、スペルビ!」
「余計なことに気ぃ取られんなぁ。さっさと行けぇ」

君が引き止めたんだよ?!
思わず叫びそうになったそれを告げることなく飲み込んで、隼人君に腕を引かれるがままに走る。

言葉ではない何かがせり上がってきた感覚がしたが、それすら飲み込んで、痛みと熱を持った首筋から意識をそらすようにただがむしゃらに足を動かした。



- 139 -

[] |main| []
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -