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「え? フィーが? えぇ?」

綱吉を抱き締めて返して、お互いに満足しただろう辺りで身体を離す。それから疑問だった、私が寝ていた間に何があったか聞けば、なんと、私の身体をフィーが操っていたと言うのだ。
雪月さんと会う前に感じた、身体が勝手に動いていたあの感覚はそのせいだったのかな。
………………ってことは、

「あの氷の惨劇は、フィーが?」
「そうそう」
「私の身体を使って?」
「うん」
「え?」
「いや、本当」

ね、と綱吉が隼人君を見れば、隼人君はこくん、と頷いて、その視線を山本君に投げた。
山本君もそうだな、って肯定してきたので、思わず頭を抱えそうになってしまった。
はっ! そうだった、瓜ちゃん!
そう、私はまだ瓜ちゃんを抱えたままだった。つまり、両手は瓜ちゃんのものなので、頭を抱えることも出来ない。
そっと瓜ちゃんを離すと、隼人君のところに帰るかと思えば、なぜか私の足元に留まった。
え?

「ほら、獄寺、これだって。これで自覚してねぇのヤバいだろ」
「うるせぇ!!」
「山本、煽らないで。………で? 静玖はなんで頭抱えようとしたの?」
「私、あんな事できないよ」

聳え立つビルを凍らせ、地面を凍らせ、凍らせたところから氷柱を作り出し、たぶんそれらでミルフィオーレの彼らを攻撃したんだろう。
そんなこと、私には出来ない。

「うん、出来ないでいて」
「フィーは『私』で何をしたの?」
「………………剣舞?」
「けんっ………え、剣舞?」

なにそれ。私の身体、大丈夫? 明日あたり、筋肉痛にならない?
そっと視線を身体へ落とす。今のところ、とくに辛いことはないのだけれど。

「格好良かったぜー。ルピナスを日本刀に姿を変えて、それから軽やかに舞うんだ」
「待って、ストップ。ルピナスを何だって?」
「だから、ルピナスを………へ? 知らないのか?」
「え? 何を?」

日本刀に姿を変えた? あれかな、雪月さんがくれたあの日本刀のことかな。ルピナスにって言ってたもんね。それのことかな。
そっかぁ、ルピナスが姿を変えるのか。
………………待って、姿を変えるって何なの??
あぁでも、わかる時が来るって言ってたなぁ。

「あー、あー、うん。良いです。たぶん、大丈夫」
「本当に?」
「ってか、大丈夫っつーと、お前、身体はどうなんだ?」
「うん?」

………………うん?
山本君の言葉に首を傾げる。身体、身体?
あ、

「えぇと、平気?」

ストールは血を吸ってしまったから使い物にはならないし、そもそも今は首に巻いていない。
けれど、息苦しさとかそういうのは全くないのだ。とても健康体。
あぁ、もう。身の回りのこととは言え、なんでこうも疑問ばかりが湧き出てくるんだ。
解決すること、出来ていることが少なすぎる。
でも、今それどころじゃないんだよね。ユニのこと、守らなきゃいけないんだった。
私に何が出来るかわからないけれど、出来ることはお手伝いしなきゃ。
………………いや、あれ?

「平気だけど、何か違和感がある」
「違和感?」
「そう。壁一枚隔てたところから、すぅっと力が抜けていくような、そんな感じはある。でもそれだけ。初めて未来に来たときのような、あの感覚は今はないよ」
「それ、大丈夫なの?」
「うん? うん、大丈夫だよ」

じぃっと私を見つめた綱吉は、一つため息を吐いて、嘘は言ってなさそう、と呟いた。
む、失礼な。
さすがに自分の身体のことだ。私が一番わかっている。

(だって、辛いのは私じゃない。フィーだ。だから『私』は大丈夫)

そこまで思って、ゾッとした。
私は何を考えているんだ。何を思っているんだ。どうして、そんなことがわかるんだ。
どうしてそんなことはわかるくせに、フィーが辛い思いをしているのかの原因はわからない。
わかりたいことがわからない。わからなくても良いことはわかる。
しゅるっと瓜ちゃんの尻尾が私の足を撫でる。
大丈夫? と、言わんばかりにこちらを見上げてきていた瓜ちゃんに癒やされ、少しだけ現状から現実逃避するのだった。








やっぱり変、と呟いたのはクロームだった。
きゅっと槍の柄を抱き締めて、その視線は静玖を見ていた。

「どうしたの?」
「ボス、静玖ちゃん、変………」
「変?」
「そう………」

じぃっと静玖を見つめて、何か言いたそうに唇を動かしていた。
焦らせたらクロームはきっと何も語らない。だから黙って待っていると、彼女はぱちりと瞬きを一つして、その視線を俺に向けてきた。

「ねぇ、ボス」
「うん?」
「静玖ちゃんて、あんなにテンション高かった………………?」
「ッ!!」

こてん、と可愛らしく小首を傾げたクロームの瞳は、不安で揺れていた。
骸が怪我をしていたこともあるし、さっき有幻覚とは言えど、大人の骸が白蘭に貫かれていたのを目の当たりにしてしまったのもあるし、そして、『雪の人』ではなく、ちゃんと名前で呼んでいる静玖がおかしいのだと感じてしまったことへの不安だろう。
静玖のテンション………確かにちょっと高めではあるけれど、そんなに注視することだろうか。
………うん。ちょっと高いかもしれない。
いつもはもっと、静かに待っていると思う。
クロームに倣って静玖を見れば、獄寺君の匣アニマルである瓜にめっちゃ懐かれていた。瓜がまるで借りてきた猫のようである。まぁ、猫だけど。

「静玖ちゃん、さっきはテンションが高いこと、自覚してた………。でも、今はどうなのかなって、」
「クローム………。って、待って。テンション高かったの?」
「うん。あの、睡眠薬に負けないようにって、無理矢理上げてて、本人も自覚してて、静玖ちゃんのお姉さんも指摘してた」
「深琴が? それ、よっぽどだね」

深琴は基本的にどんな静玖でも良いってタイプだから、わざわざそこを指摘するとは。………いや、そんな深琴ですら気にするほどだったってこと? でも、睡眠薬に負けないように………………待って、怪我ってそういうこと?
クロームは怪我をした、とだけ言っていたけど、つまり、睡眠薬に勝つために怪我―――自分を傷付けた、で良いのかな。
いやー、それはみんな怒るよ。俺も怒るよ。
うんうんと頷くように首を動かして、それからまた、じぃっと静玖を注視する。
身体の方は本当に大丈夫なのだろう。『今のところ』は。
なんでそれがわかるかは説明出来ない辺り、なんとも言えないんだけど。

「クロームは、今の静玖に違和感があるんだよな?」
「うん。………気のせいだったら良いけど」
「俺はあんまり感じないけど、だからってクロームの感じた違和感を無視するようなことはしたくない」
「うん」
「ただ、無理している自覚そのものがないのかなって気もしてきた」
「自覚………?」

今はそんなことを気にしている場合ではないから、とか。
自分のことよりユニのことを、とか。
さっき言ってた、力が抜ける感覚も大したことないと判断した、とか。
それぐらい、静玖の考えそうなことだ。
………………考えることを、放棄しているのかな。
それの方がしっくりくるな。だから無理をしている自覚も何もないのかも。 
―――あぁ、そっか。

「ボス、」
「余裕がないんだ。俺もなかった時があったから、だからわかる。あいつも余裕が………………―――」

あるはずない。あるはずがないんだ。
俺たちだって余裕なんて無かった。白蘭との戦いや、未来の現状、巻き込みたくなかった京子ちゃんたちの存在、ボンゴレリングの価値、そしてこれから、ユニを守っていくこと。
余裕なんて無かった。余裕なんて無い。それはきっと、あいつも一緒だ。
深琴の誘拐からずっと、あいつに余裕なんて無かったんだ。
それに、いつからかはわからないけれど、白蘭と交渉することを考えていたのなら、それだってストレスだったろうに。
ただ、次々にあれこれ起こるから、それらを認識する前に先に進まなきゃいけなかったんだ。

「どこかで心が休めたなら良いんだけど、」
「それは、」
「うん、それは無理だろうね」
『綱吉君、今大丈夫かい?! すぐに転送システムを破壊するんだ! そうすれば敵は追ってこれないはずだ!』

ベースから入江くんの声が響いた。
そうだった、転送システムあると誰か来ちゃうよね?!

「でしたら十代目、俺に任せてください!」
「獄寺君!」

ボゥッと音を立てて『嵐』の炎がリングに灯る。静玖の足元でうにゃんうにゃん鳴いていた瓜がぴょんと飛んで獄寺君の肩に収まった。

「炎が吸収されるんなら、新兵器の実弾を使います」

匣が開いて獄寺君の左腕に武器が装着される。
転送システムを見て、武器を構え、

「果てろ、赤炎の弾!!」

放たれた弾は真っ直ぐにとはいかないけれど、確かに転送システムに当たった。

「当たった!」
「マグレっす」
「隼人君、凄いなぁ」

ほわんとした静玖の声を聞きながら、クロームと一緒に彼女を見る。

この時、もっと静玖に声を掛けていたら、あんな事怒らなかったもしれないと、そう思う時が来るのだった。



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