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「ごめんなさい。貴方には、心身ともにご迷惑おかけします」

唇を離した後、こてん、と眠気に負けて首元に頭を預けてきた静玖さんの頭を撫でて、そう呟く。

「だからどうか、」

静玖さんの身体をきゅうと抱き締めて、そうして、

「だからどうか、私を許さないで下さいね」

アルコバレーノのおしゃぶりたちに聞こえるように、そう囁いた。














彼女は、颯爽と現れた。
大き目の帽子と、翻るマント。目元にあるタトゥーと胸元に輝くおしゃぶり、そうして、一番人目を引いたのが、きゅうと握りしめている、静玖の手だった。
彼女に引かれるがままに歩く静玖は、どこかぼんやりとしていて、視線が合わなかった。
ただ、さっきまで首に巻かれていたストールが、左手に巻かれていることに驚いた。
それがちょっとだけ赤く染まっていて、目の前が暗くなる。
チョイスの間、静玖と繋がっていた回線は、チョイス参加者は切られていた。だから、静玖に何があったかはわからない。
わからないけれど、あいつが怪我をしているのは駄目だ。
って言うか、

「あの娘がミルフィオーレのもう一人のボスーー?!」
「やっぱりお前のことだったんだな。でっかくなったな、ユニ」
「はい、リボーンおじさま」

ニコッと笑ったユニは、相変わらず静玖の手を離さないでいた。
赤ん坊に「おじさま」と言った彼女に驚く俺の指をリボーンがぎゅっと(そんな可愛らしい力ではなかった)握ったため、俺の言葉は悲鳴になってしまった。
けれど、静玖はそんな俺の悲鳴にも反応を示さなかった。
どうしちゃったんだろう。

「誰だよ、あの娘!」
「オレの知り合いの孫だ」
「ま、孫………?!」

改めて彼女を見る。柔らかそうな微笑みと、その胸元に輝くおしゃぶりが、どうしても噛み合わなかった。どうして、彼女のような娘が………?

「はじめまして、ボンゴレの皆さん」

小首を傾げながら微笑む彼女に、ぼわっと頬に熱が溜まる。
どうしてだろう、こんな感じ、初めてだ。

「ハハハッ、これは一本とられたよ。いやぁ、ビックリしたなー。すっかり顔色もよくなっちゃって、元気を取り戻したみたいだね、ユニちゃん♪」

………?

「病気でもしていたのか?」
「違うよ………。白蘭サンの手によって…、魂を壊されていたんだ」
「!!!」
「たっ、魂を?!」
「白蘭サンは、ブラックスペルの指揮権を手に入れるために、彼女を口利けぬ身体にしたんだ………」

お兄さんの言葉を否定した入江君の言葉に、ピクリ、と静玖の左手が動いたような、そんな気がした。

「人聞きの悪いことを言うなよ、正チャン。ユニちゃんは怖がりだから、精神安定剤をあげてただけだよ」
「いいや。貴方はブラックスペルの前身であるジッリョネロファミリーのボスだったユニとの会談で、無理矢理劇薬を投与して彼女を操り人形にしたんだ。そうだろ? ユニさん」
「そ、そんな………」
「でもその間、私の魂はずっと遠くに避難していたので無事でした」
「遠く………?」

そう言ったユニの手を引いた静玖は、そっとユニの顔色を伺うようにその顔を覗き込んだ。
そんな静玖と繋いでいる左手を胸元に掲げて、そっと右手で包みこんだユニは、また柔らかく笑う。

「ありがとう、私は大丈夫でしたよ。えぇ、大丈夫でした。…………………白蘭、私にも貴方と同じように世界を翔べるようです」
「!!!」

世界を、翔べる………?

「………話を戻します。私はミルフィオーレフォミリー、ブラックスペルのボスとして、ボンゴレとの再戦に賛成です。あの約束は………白蘭と入江さんとの再戦の約束は本当にあったからです」
「なんでそんなことわかんのよ!!」
「………元気一杯になってくれたのはとても嬉しいんだけど、ユニちゃん、僕の決断に君が口出しする権利はないな」
「!」

ユニの提案を一蹴した白蘭は、さっきまで浮かべていた笑みを消して、ユニを見ていた。
その視線を感じているにも関わらず、相変わらず静玖はぼんやりとしている。どうしちゃったんだろう、本当に。

「僕が迷った時は相談するけど、君はあくまでナンバー2だ。全ての最終決定権は僕にあるんだ」
「………………」
「この話は終わりだよ」
「………そうですよね、わかりました」

目を閉じて、一考。
そうして、

「では私は、ミルフィオーレファミリーを脱会します」

えっ?!

「沢田綱吉さん、お願いがあります」
「えっ?! お、お願い………?!」
「私を、守ってください」
「え゛ぇーーーー!!?!」

な、何を言っているんだ、この子は?!

「守るって、ブラックスペルのボスなんじゃ………?!」
「私だけじゃありません、この―――仲間のおしゃぶりと共に」

そう言って彼女が両手で取り出したのは、複数のおしゃぶりだった。
ようやく離れた静玖の手は、力無くだらんと下げられている。
え、待って。スカーフ、さっきより赤く染まってるんたけど、静玖、それ、止血の意味がないのでは?!
アルコバレーノのおしゃぶりにも、静玖の状態にも冷静に対応出来なくて、俺は単語に成らない言葉ばかりを吐き出していた。

「勝手に持ち出しちゃ駄目じゃない、ユニちゃん。それは僕のトゥリニセッテコレクションだ」
「違います。これは私が預かったものです。それに、貴方が持っていてもそれはトゥリニセッテとは言えません」
「ん?」

コォォ、と特殊な音がする。強い光が、ユニの胸元から迸る。

「おしゃぶりは魂なくして存在意義を示さないのです」
「あんなに………! あんなに輝くものなのか?!」
「どっ、どうなってんの?! なんであの子が光らせられるの?!」

あのおしゃぶりが光ったのを俺が見たことがあるのは、アルコバレーノ達が集まったときだった。リング戦のマーモンのとき、リボーンとコロネロのおしゃぶりが光っていたのを覚えている。
どうして、彼女だけで………?

「凄いよ、ユニちゃん!! やれば出来るじゃない! やはり僕には君が必要だ。さぁ、仲直りしよう、ユニちゃん」
「来ないで!」

光が弱まる。その際に見えた白蘭の顔は、拒絶されるとは思ってもなかったような顔だ。
こんな顔もするのかと、そう思ってしまった。

「もう、貴方には私達の魂を預けるわけにはいきません」
「なーに勝手なこと言ってんの? それ持って逃げるんなら世界の果てまで追いかけて奪うだけだよ」
「ッ………!!」
「さぁ、帰ろう。僕のところへ戻っておいで」

マーレリングの嵌った手がユニに伸びた。―――瞬間、

「!!!」

ズガン、と聞き慣れてしまった銃声と、それとは全く別なところからパキリと割れるような音を伴って、白蘭のリングが凍った。
待って、俺まだ何もしていない!!

「勝手なことを言っているのは君だよ、白蘭」
「………静玖ちゃん」
「ユニは駄目だ。アルコバレーノも駄目。当たり前でしょう? それは君のものではないのだから」

ゆっくり瞬いて、静玖がユニの前に出る。
氷に驚いてしまったけれど、静玖が喋っているのは…………………うん?
あれは、本当に、静玖?

「そうだな、図に乗るなよ、白蘭。オメーがどこの誰でどんな状況であろうと、アルコバレーノのボスに手を出すんなら、おれが黙っちゃいねーぞ」
「え?! あの子アルコバレーノのボスなの?!」
「ちょっと引っ込んでてくれないか、リボーン」

え………? あれ、え? 静玖………?

「静玖ちゃん?」
「はっ、まだ『俺』を静玖と呼ぶのか。案外察しが悪いんだな。それでマーレの王が務まるとは」
「君は、誰だい?」
「俺を知らないのか。………まぁ、知らないだろうな。そもそもソレが俺だ。俺を知らないのも当然だ。―――だがな、それでトゥリニセッテ所有を名乗るのは恥ずかしいことだぞ」
「誰だって聞いてるんだけど」

白蘭の語気が強くなる。けれど、静玖は………違う、あれは、あれがリボーンや静玖が言っていた、『フィー』なんだろう。彼はどこ吹く風だ。
静玖の身体で、気怠げに顔に掛かる髪を払った。

「………………俺はフィー。スノーフィリア。存在しないアルコバレーノ―――俺が、『雪』のアルコバレーノだ」

そう言って彼がポケットから取り出したおしゃぶりも、白く輝いていた。

「存在しないアルコバレーノだって?! 何を言っているんだい」
「見ればわかるだろう。俺にはもう肉体がない。故に存在しない。だから静玖に寄生している」
「………………あぁ、そう。この時代の静玖ちゃんが隠していたのは君か」
「ほぉ、頭は回ってきたようだな?」
「やめて、静玖の顔でそんな凶悪そうな顔をしないで!!


思わず、と、言った感じに深琴が言葉を発した。
いやわかる。わかるけど、それは今じゃない。今じゃないんだよ?!
そんな深琴に、フィーは少しだけ困ったような顔をした。
あ、それは静玖の表情に似てる。いや、静玖の身体なのだから、似てるも何もないけれど、やっぱりちょっと、違う気がするから。

「沢田綱吉」
「ひぇ、はい!」
「ユニを守る守らないは好きにしてくれて構わない」
「まぁ、フィー!」
「俺は………いや、静玖がそも『守ってもらうこと』を前提の作戦を好むとは思わないんでな。ましてや、初対面の人間に、だ」
「それはそうですけど………」
「だからそこは構わない。お前の思うままで良い。………が、決めるのはユニの決意と覚悟を見てからにしてくれ。………………それから、」

ゆら、と彼女の身体が揺れる。
煩わしそうに顔を顰めて頭に手を添え、ふるふると幼い動作で頭を振った。
白蘭もまた、顔をしかめたまま、静玖を………フィーを見つめていた。

「本来俺が、こうやって表に出てくることはないんだ。その俺が表に出てこれた理由は一つ」
「…………………」

ごくん、と息も唾も飲み込む。
一体、何を言うつもりだろうか。

「白蘭があの男に指示して睡眠薬を飲ませたこと」

あの男、とフィーが柘榴と呼ばれた人を指差した瞬間、ディーノさんとスクアーロから殺気が漏れた。

「あはは、人聞きの悪いことを言わないでくれる? 飲んだのは静玖ちゃんだよ」
「ま。本命として飲ませたかったのはアレじゃないからな、そこはどうでも良い」
「………………本命?」

いやな予感がする。
冷や汗が止まらない。でも、無視することは出来ない。

「静玖にも飲ませたかったんだろう? ―――ユニを壊した薬を」
「ッーーー?!」
「さぁ、なんのことかな♪」

目の前が真っ暗になる。
静玖の、静玖の精神が、魂が壊されていたかもしれないと、そう言うのか。

「静玖は無事なの?!」
「寝ているだけだ、問題はない。…………強制的に夢現に落とされたから俺が出てきただけだ。ユニに静玖の身体を運ばせるわけにはいかないからな」
「確かに私では静玖さんを運べないですからね」
「そう。だから俺が出てきた。………………………さて、」

赤く染まったストールを投げ捨て、白く輝くリングを挿頭していた。









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原作書き写しは良くないなって思った結果、没にしました。
フィーの活躍が書けなかったけれど、まぁ、主人公はそれを知らないので良いかな? と思いつつ。
本編没を載せるのは初ですね。



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