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そろうり、ゆっくり、いつもよりずっとずっと慎重にそれに手を伸ばす。
指先で触れて、しっかりと掴めば、スペルビの手が降ろされる。
恭しく持ち上げ、目線の高さまで持っていってまじまじとそれを見た。

「この子は、誰」
「balena della neve bianca」
「バレ……ん、バレーナ? んんと、あぁ………鯨かぁ」
「お、静玖、イタリア語わかるのか!」
「いや、いやいや、そこまで期待されても困る。私がわかるのは、ちょこっとだけだから」

ティモとの文通のおかげでわかるだけ。
って言ってもなぁ、まだまだ辞書が必要になることがあるけどね。
ただ、今までイタリア語に馴染んでない日本人よりはわかるってだけ。
ナデナデと匣を撫でると、スペルビが少しだけ嬉しそうにしてた。………いや、私がそう思っているだけかもしれないけど。
膝を付いていたスペルビはすくっと立つと膝の辺りについた土埃をパンパンと払った。

「戦わねぇお前のためにカスタマイズされたもんだぁ」
「カスタマイズ? わざわざ?」

戦わないのか、戦えないのかは、とても大きく違うのだけれど、そっちは一先ず置いておいて。
なんだかとっても、聞き逃してはいけないことを聞いたような。
匣を持ったままスペルビを見上げれば、彼はこくん、と頷いて、

「お前が戦わねぇなら匣アニマルに戦わせればいい。が、これだ」
「待って待って、え? 正しいけど、待って???」
「これはお前の盾であり剣であり足だぁ」
「あ、足………?」

盾であり剣であり、まではわかる。足ってなに、足って。
そわそわと身体が動く。開けてみたい。開けたら怒られるかな。『足』の意味が知りたい。
どういうことなの、と言う気持ちと、開けてもいいかな、と言う気持ち両方を混ぜてスペルビを見上げると、彼は器用に片眉を吊り上げて、それから未だに顔の前に掲げている匣を上から押して下げさせた。

「開けるなよぉ」
「駄目なの?」
「今はまだ駄目だろ。炎が探知されちゃ意味ねーし」

匣見せて、と言ってこちらへ歩いてきた山本君にそれを差し出して、そう言えば、と左手を見下ろした。
マモンチェーンを着けたのだった。だから、炎は禁止だ。
いやでも、『足』ってなんだろ。

「お前が走るより、レナに乗った方が早えぇって話だ」
「レナ?」
「ルッスーリアがそう付けた。それなら呼びやすいだろぉ゛?」
「バレーナの、レナ」
「あぁ」

私がカタカナ苦手なのバレてる! でも、呼びやすいです、ありがとう!
ひぇっと悲鳴を上げると、山本君からありがとう、という言葉とともに匣が返ってきた。
それをきゅうっと握りしめて、そう言えば、とまたスペルビを見上げる。

「あの、後で………、山本君との修行の後で良いから、ちょっと時間くれる?」
「あぁ゛?」
「相談したいことがあるんだけど、時間取れそう?」
「相談?」

そう、相談だ。
私が今、隠している匣についての。

「大人の私みたいにならないためには、ちゃんと相談する」

報、連、相を『敢えて』しなかったんだろう『私』には、ちょっと成りたくない。
いやでもなんか、しなかったんだろう『私』の気持ちもちょっとだけわかってきてしまったのだけれど。
…………………怒られるの、嫌だったんだろうなって。
だから敢えて、話をしなかった。
良い方向に転んでも、悪い方向に転んでも、たぶん、やってることは怒られることだろうから。
………………そこはなんとなくわかっちゃうんだよなぁ。

「それは俺抜き?」
「んー、スペルビの判断待ちかな。誰に話して良いかわかんないから相談するんだし」
「………………オレ以外に知っている奴はいるかぁ」
「くーちゃん………クロームちゃんだけ。綱吉も知らないし、リボ先生も知らない」

知っている、と言うか、一緒に知った、が正しいのだけれど。
隠されていたからこそ私も隠してしまっていたのだけれど、果たしてそれは正しい判断だったんだろうか。
あれ―――ルピナスの入った匣が唯一の『雪』の匣、って言っていたけれど、レナの入った匣があるなら、唯一ではないのだ。
それはつまり、この匣については『私』も知らなかったことってなる。
そうなってくると、どうしたら良いのかわからなくなってくる。

「それ、緊急?」
「いや。…………いや、どうだろう。そこもわかんない」

緊急、なんだろうか。たぶん、緊急性はないと思うのだけれど。
………うん、山本君の修行と天秤に掛けてみれば、当然、私のこれは後回しでいいはず。
身を守る術が増えるのはとても大事だけれど、なんでアジトから出たかって考えると、二人の修行が優先だもん。
一人でうんうん唸っていると、山本君が頭を撫でてきた。なんでだ。
そんな私達を見て、顎に手を当てて黙っていたスペルビが、そっと口を開く。

「………………お前の」
「うん?」
「お前の命には関係ねぇ話かぁ?」
「うん?!」

なんでそこで私の生死の話?!

「ちょ、え? 待って、スペルビ。話が飛んだ!」
「で?」
「関係ないよ?! 当たり前でしょ、それならもっと早くに相談してるって」

なんでそんなとこに話が飛んだの?!
私の頭を撫でていた山本君もぎょっとしたのかスペルビを凝視している。
私と山本君の視線を受けて、スペルビがはぁ、と深いため息を吐いた。
いや、ため息を吐きたいのはこっちな気がする。どうしてそんな話になっちゃったのか。

「変なの」
「ん?」
「私達は………………綱吉たちはちゃんと生きて、あの頃に帰るために頑張ってるのに」

生死に関わることを黙っている筈がないのに。

そう言って笑う私を、スペルビがなんとも言えない表情で見下ろしていた。



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