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ふわり、ふわり。
宙を飛ぶような感覚はいつになったって慣れない。
だけど、この浮遊感の着地点は、いつだってフィーだ。
でも、今回の目的はフィーに会うことじゃない。
フィーのいる空間の先の、扉。
未来の私の言葉を信じるなら、フィーのいる空間の先にあるはずなんだ。
とん、と見えない床に足を着けて歩く。
まるで水の上を歩いているみたい。………まぁ、歩いたことはないんだけどね。
ぽん、と後ろから誰かに頭を叩かれる。いや、この空間にいるのは彼しかいないから、誰か、も何もないのだけれど。
振り返るといたのはやっぱりフィーで、だけど何故かいつもより不機嫌な顔をしていた。

「フィー?」
「行くのか?」
「ん? うん」
「いや、でも」
「フィー?」
「あれに会いに行く、と言うことは、身体から心を抜くことなんだが」

え………?

「一体、誰に教わったんだ?」

俺が寝てる間に、と呟いたので、あぁ、寝起きだから不機嫌なのかな、と、私は妙な納得をして、フィーの問いに答えるために口を開いた。

「未来の私に、だよ。フィーの先に扉があることを教わったんだ」
「…………………………未来の君に、ね」

含みを混ぜたフィーの声に、びくりと身体を震わせた。
これから行くところは、フィーにとってはあまり良いところじゃないのかな。

「あれがどこまで詳しく話すかわからない。『雪』についてだって………………」
「フィー?」
「あぁ、でもそうか。そうだよな」
「何が?」
「もう、お前しか居ない。ならあいつだって」

ぶつぶつと呟くフィーは、なんだかいつもと違う。
えっと、どうかしたのかな?

「わかった。行っておいで」
「うん」

行ってきます、と言ってフィーから離れる。
ぶわっと風が起こって、きゅ、と目を閉じた。
顔に当たる風が痛い。腕を顔の前でクロスして当たる風を遮ろうとすると、すい、と左手を取られた。

「───!」

顔の前から左腕が離れ、それに倣うように右手も取られ、両手を誰かに下から握られた。

「良く来た。『雪』のアルコバレーノの後継者よ」

腰に響く重低音。
だけどどこかひやりとした、優しさの欠片も甘さも含まない、無機質な声。
暗い部屋の中、私たちがいるところだけがやけに明るくて、変な場時にいるんだな、とそれだけはわかった。
辺りを確認してから、私の手を引いた人を見る。
チェック柄の帽子と、顔の半分を覆う仮面。
存在事態が無機質なようで、暖かみも人の温もりも感じられない。
そこまで考えてから、自分が初対面の人と対峙しているのだと我に返った。

「あ、は、はじめまして、柚木静玖です」
「あぁ、勿論知っているとも。さぁ、おいで」

右手を引かれて、歩き出す。
するとぽつぽつと暗い宙に火が灯り、廊下らしきところが見える。
その先にあるのは、白いテーブル。
………まるでこれからお茶会でもするかのような準備がされた、白いテーブル、だ。

「するかのよう、ではなくて、するんだよ。雪の子よ」
「!!」
「さて、何から話そうか。『雪』の成り立ち、『雪』の関係から、トゥリニセッテとの関係からか」
「………後、出来れば『雪』の使い方も」

我が儘ついでにそう言えば、その人は仮面の下でからからと笑った。

「あぁ、その向上心は宜しい。もう君しかいないのだから、そうでなくては」
「………?」
「さぁ、どうぞ」

椅子を引かれ、手を引かれ、促される。
ぽすり、と座った椅子は家にあるようなものではなくて、クッションの感触が心地好い、なんていうか、お高そうなものだ。

「私のことは、チェッカーフェイス、と」
「チェッカーさん?」
「そう、それで良い。尾道」
「はい、なんでしょう!」
「彼女にお茶を」
「はい」

ぴょこ、と急に現れたその人は、何故だろう、『存在が薄い』。
確かにそこにいるのに、いないような、そんな不思議な感覚に陥らされる。

「尾道、と申します、雪の方。紅茶で宜しいですね?」
「あ、はい」

ありがとうございます、と声を掛けると、チェッカーさんがこつん、と靴の踵で床を叩いた。

「さて、雪の子。話は長くなる。ゆっくりと、だけれど確実に、そして正確に理解するように」
「………はい」

ちょっとだけ、怖い。
だけどもう、引き返せないし、引き返さない。

『雪』とて生きるのは、もう決めているのだから。



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