「十年前の雪さんこんばんはー」
「………………ええと、君はどちら様?」
ぼんっと何かが破裂した音の後に現れたのは、カエルさんを被った人だった。
え、えぇ? って『十年前の』ってどういう意味?
「ミーは未来のヴァリアー幹部ですー」
「へ、はぁ、未来の?」
「もう、相変わらず反応良くないですねー。ミーはがっかりですよ、雪さん」
「いや、そんなこと私に言われても、」
寝る前なのでパジャマ姿の私に、目の前のカエルさんは無表情のままにコートを脱いだ。
そしてそのコートを私の肩に掛けると、膝の裏と肩に腕を回して持ち上げる。
ひわ、と妙な声を漏らした私を無視して、カエルさんはベランダから屋根へと跳んだ。
「ちょ、えぇええ!」
「雪さん、五月蠅いですよー」
「いやいやいや、君が問題なんだと思うんですけど!」
「わぁ、敬語の雪さんなんてレアですねー」
えぇええ。
突っ込みどころが違うと思うんですけど!
「あの、君は、誰………?」
「ミーは師匠の弟子のフランですー」
「フランさん」
たんっ、と屋根を蹴る。
ぶおっと頬を風が撫でた。う、浮いてるっ、違う、跳んでる!
「フ、フランさん、フランさんっ!」
「違いますよー、雪さん。『君』です、く・ん」
「え、わ、フ、フラン君?」
ばさばさと掛けられたコートの裾がフラン君が跳ねる度に風を煽る。
夜空の中、他人様のお家の屋根をとんとんと軽く跳んでいくフラン君に、きゅうっと眉が寄った。
怖い、と聞かれれば確かに怖い。
だけど、私を支える腕はしっかりしているから、怖くない。
「ふぇっくしゅ、」
「ん。大丈夫ですか、雪さん。弱っちぃですねー」
「大丈夫ですよ、フラン君。それよりも、どこへ?」
「ちょっとした『お散歩』ですよー」
たんっ、と最後に勢いを付けて地に足を着けたフラン君は相変わらず無表情だ。
よっ、と小さな掛け声とともに抱え直される。
フラン君は何事もなかったようにかつかつと歩き出した。
「ボスも作戦隊長も先輩もずるいですよね」
「フラン君………?」
「こんなちっさい雪さんを知ってるだなんて、苛立ちますー」
「ちっさい、って、」
「一番気に食わないのは師匠ですけどー」
すたすたと歩いていくフラン君の顔を、体勢的にどうしても見上げる状態であったので下からじぃ、と見れば、無表情のままに淡々と言葉を続けているのかわかる。
コートが落ちないよう気を付けながら彼へ手を伸ばせば、彼の視線が私に移った。
「フラン君、根本的な話なんだけれども」
「なんですか?」
「君の『師匠』って、誰?」
「ミーの師匠は雪さんのお友達ですよー」
伸ばした手を彼の首の後ろに回す。
すると支えられている腕にさらに力が込められて、フラン君と身体が近くなった。
結局師匠の名を言わないんだね、フラン君………。
「まぁ、いいや。フラン君」
「なんですか?」
「待ってますから、未来の私とも散歩してあげて下さい」
「こうやって?」
「いや、手を繋いで」
散歩で抱き上げる必要はどこにもない。
「未来の私なら、こう言うと思うんです。『今更、過去は見せてあげられないから、現在(いま)を少しあげる』って」
「………」
「だから、フラン君がもし良かったら未来の私とも散歩してあげて下さい」
カエルの被り物の向こうに、月が見える。
あぁ、夜の散歩も悪くない。
「雪さんがどうしても、っていうなら、誘ってあげますよー」
「うん、じゃあ、『どうしても』ですよ、フラン君」
「仕方ありませんねー。今も未来も、雪さんは寂しがり屋なんですから」
そう言ったフラン君は、ようやく穏やかな笑みを見せた。
未来の私がフラン君と散歩に行ったかどうかは、未来の私とフラン君だけが知る。
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『フランと散歩』
フライング10年後キャラ!
と言うわけで楽しく書かせて頂きました。
しかし散歩というネタなのに私が最初に思い付いたのは冒頭の部分………。フラン君がどうやって過去に来たかはヒミツ───と言うより考えていません。とりあえず、どうにかこうにか過去にやってきたんです。そんな感じ。
しっかし主人公抱えられたままでお散歩と言えるのかしら………。ちょっと不安です。
アンケ投票、ありがとうございました!