子供はオカルト雑誌を読みに来たという。ラコステは知らなかったが、毎月発行される本というのは古いものから処分されているようで、子供はそれが目当てだったのだ。どうせ捨てるものなら貰ってしまおうということらしい。たまに普通の本も貰ってるけど、と漏らされた言葉は聞かなかったことにした。
「……ここに絵本はあるか?」
「え? ないと思うよ」
「そうだろうな」
「どうして絵本を?」
 ラコステは返事を言いよどむ。“例の生き物”をどう説明したらいいか分からなかった。
「アー……言葉を、教えたいんだ。無知なやつに」
「ふうん。友達?」
「友達? 違う。友達はいない。そうじゃあなくて……アー……とにかく、困ってるんだ。読む本がなくて」
「あなたの好きな本にしたら? 僕だったらそうするよ」
 ちなみに自分の好きな本はこれだと言って、子供はダンボール箱の中から月刊誌のバックナンバーを引っ張り出した。タイトルは「ザ・クリプティッド(未確認生物)」。そのままだ。いつかあいつも載る日が来るかもしれないなとラコステはひそかに考える。
「あなたがさっきからずっと持ってる本は? それでいいんじゃあない?」
「……宇宙と生命の話だぞ。相手は赤ん坊並みに物を知らないやつなんだ。こんな本が使えるか?」
「さあ。でも、この図書室に大した本はないよ。僕がいつもいる部屋だって、面白いやつは面白いけど、興味のないやつは本当につまらない。でも、ウェ……あー……他の人は、面白いって言って読んでる。どこの本もそうなんだろうな。みんなにとって面白い本なんてないよ。自分が面白いかどうかなんだ。それに相手が赤ん坊みたいな人なら、何読んだって同じさ」
「なら、自分が好きなのを読んだらいいって?」
「うん。そう思うよ」
 確かに、そうかもしれない。
 どうせ実験なのだ。相手が言葉を覚えるかは分からない。喋れるようにはならないかもしれない。もしかしたらなるかもしれないから試しにやってみる、というだけのこと。暇つぶしの延長だ。ならば自分の読書を兼ねてしまったって、何も困ることはない。
 ラコステは子供に「そうする」と頷いた。それから腕時計を見る。もうそろそろ囚人の起床時間だ。看守も位置につく。
「僕はもう行く。檻を閉めるから、お前も帰れ。ドラムは置いていっていい。どうせ囚人の仕業になる」
「うん……あっ、ねえ、ひとつ聞きたいことがあるんだけど」
 刑務所内の電気が点いた。今まで窓からのわずかな光と非常灯だけで薄暗かったのが、途端に明るくなる。看守が仕事をし始めたのだろう。
 ラコステは入り口へ急ぐ。子供も後に続きながら早口で喋った。
「お兄さん、ホワイトスネイクを知ってる?」
「……なんだ? お前、何者なんだ? なぜそいつを知ってる?」
「え! お兄さん、知ってるの!? あいつの仲間なんかじゃあないよね!?」
「違う。あいつは……よく知らないんだ」
 ビーッと耳をつんざくような音が鳴った。起床の合図だ。早くこの場を去らなくてはならない。
「ホワイトスネイクってやつがいることは知ってる。ただ、彼の顔や人種は知らないし、囚人なのか看守なのかも分からない。知っていることはないよ。何が知りたいんだ? 時間がないぞ」
「……そう……いや、なんでもないんだ。僕の問題だから、自分でなんとかするよ」
 遠くから、誰かの足音が聞こえてきた。近づいてきている。大方看守だろう。ラコステは急いで檻を閉めると、早く行けと子供を追い払った。
「今日はありがとう。じゃあ、これで」
 子供が曲がり角に消える。ラコステもその場を後にした。

 ラコステは嘘をついていない。知らなかったのだ。ホワイトスネイクの正体も、エンポリオがスタンド使いだということも。
 知っていれば何か喋ったかもしれない。ホワイトスネイクの能力のことや、自分が能力を与えられたこと、そしてフー・ファイターズのこと。本についてささやかなアドバイスをくれた少年に、お礼代わりの情報を与えたかもしれない。ラコステは人間が嫌いだが、親切にしてもらったことを蔑ろにするほど憎んでもいない。多少のお返しはする。
 ホワイトスネイクにもスタンドを貰ったという恩はあったが、所詮その程度。他の善きサマリア人を無下にするほどのことでもないのだ。ラコステは彼の仲間ではない。
 もしも、エンポリオのスタンドが人型だったら。ラコステがそれを目撃して、子供がスタンド使いだと知ることができたら。もしも、出会うのがもう少し後だったら。DISCというホワイトスネイクの能力を知った後に邂逅していたら。
 何かが変わっていたかもしれない。しかし、二人が出会ったのはこのタイミングだったのだ。スタンド使いは惹かれ合うが、必ずしもその出会いが意味を成すとは限らない。これが運命だった。


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